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第五話 目指せ、婚約ルート5
しおりを挟む「よくやったぞ、ハル」
「クゥン!」
よしよしと頭を撫でてやると、飼い犬は地べたに寝転がってお腹を出す。野生の本能なんて微塵もない。俺は内心苦笑いしつつも、さらけ出されたお腹を存分に撫で回してやった。
でも、本当にお手柄だ。おかげであの氷の彫像を笑わせることができたんだから。お友達スタートだけど、好感度を上げていけばいずれ婚約者になれるかもしれない。
しばらくそうして飼い犬に構っていると、やがて花畑へ出かけていたミラーシュとナドルが馬車で戻ってきた。軽やかに馬車から降りて、俺の下へ駆け寄ってくる。
「兄上、タクトス殿下とはどうだった?」
ずっと気になっていたんだろう。開口一番にそう訊ねてきたミラーシュに、俺は親指を立てて突き出す。
「とりあえず、お友達から始めることになったよ」
「へえ! よかったね」
我がことのように嬉々としているミラーシュの顏。やっぱり可愛いなぁ。
「サンドイッチ、気に入ってもらえたんだ」
「あ……それは効果なかったけど。ハルが大手柄をあげたんだよ。な、ハル」
飼い犬に声をかけると、むくりと起き上がって「ワン!」と応えるように鳴く。不思議そうな顔をする弟二人に顛末を話すと、どちらともくすりと笑った。
「あはは、それは確かにハルの手柄だ」
「そういえば、それでセラフィル様のお召し物が汚れているんですね」
ナドルがポケットからハンカチを取り出す。俺の前までやってきたナドルは、その小綺麗なハンカチで俺のうっすら汚れた顏を拭こうとする。
俺は慌てて「大丈夫だって」と固辞した。だって、せっかく綺麗なハンカチが汚れちゃうじゃん。こんな土埃の汚れ、お湯で洗顔すればすぐに落ちるだろうし。
だけど。
「ハンカチは使わなければ、意味がありません」
ナドルは珍しく一歩も引かず、俺の顔の汚れをハンカチで拭う。いや、正しくは土埃を払い落としていく感じ。あらかた土埃を払い落としたら終わりかと思いきや、水場の蛇口でハンカチを濡らしてきて、今度はしっかりと拭き上げてくれる。
ううっ、俺がおにいちゃんなのに。弟に世話を焼かれてしまっている。
もうここまできたら満足するまで好きにさせよう、と直立してされるままの俺。
「……はい。汚れが取れましたよ」
はにかむナドルの顏もまた、本当に可愛い。元大学生だった前世の記憶を取り戻した立場からすると、子どもの笑顔にはほっこりとするものがある。
「ありがとう。じゃあそろそろ、家の中に戻るか」
空はどっぷりと日が暮れている。まだ春先だから、夜風もひんやりと冷たい。体を冷やして風邪を引いたら大変だ。
飼い犬のことはメイドに任せ、俺たち三人は賑やかに屋敷の中へと入った。
――というわけで、その日からタクトスとのお友達としての付き合いがスタート。
っていっても、基本的にガドー侯爵領にいる俺と、王都の後宮で暮らすタクトスだ。気軽に会える距離じゃないので、連絡手段はもっぱら手紙。月に一度は文通をする形で、少しずつ親睦を深めていく。
そしてお友達になってから数ヶ月過ぎた――初夏。
タクトスから、避暑地の別荘へ一緒に行かないかというお誘いがきた。国王陛下はお忙しいから静養せず、タクトスの生みの父――王婿殿下も体調を崩したために行かれず、ということでせっかくだから友人の俺を誘ってみたという感じのようだ。
「どうするの、兄上」
「もちろん、同行するよ」
久しぶりにタクトスと顔を合わせるチャンス。あまり長居はしないみたいだけど、この機会を逃してなるものか。今度こそ、婚約者にクラスアップするぞ。
両親の許可も得て、誘いを受ける手紙を送り、俺はいそいそと荷造り。王都から馬車で避暑地に向かうタクトスが、ガドー侯爵領に立ち寄って俺を拾っていってくれるというから、わくわくしながらやってくる日を待った。
「じゃ、みんな。ちょっと行ってくる」
タクトスが護衛騎士たちを連れて、ガドー侯爵邸に迎えに現れたのはおよそ半月後のこと。俺は上機嫌で屋敷をあとにした。家族四人ともちょっぴり寂しそうだったけど、快く見送ってくれたからありがたい。
馬車に乗り込むと……おお。王族が乗る馬車ともなれば、乗り心地が格段にいい。代々のガドー侯爵家は税収をあまり無駄遣いしてはいけないという理念から、馬車を使う際もグレードを落とすから新鮮。
「久しぶりだな、セラフィル」
「はい。ご無沙汰しております、タクトス殿下」
俺が座ったのは、タクトスの向かい側。久しぶりに対面したタクトスの表情は、もう氷の彫像じゃない。表情豊かとまではいかないけど、それでもタクトスなりに柔らかいものだ。
なんていうんだろうな。氷像王太子から、雪解け王太子に変化した感じ?
「このたびは、避暑地へのお誘いをいただき、ありがとうございます。お会いできることを楽しみにおりました」
「一人で静養してもつまらないからな。それに俺も会えるのを楽しみにしていたよ」
小さく揺れる馬車の中、俺たちは微笑み合う。いい雰囲気だ。俺の方はほぼ作り笑いだけど、タクトスと笑い合える日がくるなんて、初対面の時には考えられなかったかも。
……BL小説のバカ王太子、か。したたかな悪役令息に篭絡するキャラであり、でも結局は悪役令息の本性を知り、『ミラーシュ・ガドー』を捨てたことを心底後悔するというざまぁ末路を迎えるキャラでもある。
その『ミラーシュ・ガドー』の立ち位置に、俺が身代わりで入るという計画なわけだけど……こうして接していると、ちょっと情がわくよな。ざまぁされるのが可哀想というか。
っていっても、ひとの心配をしている余裕なんて俺にはないんだ。ひとまず、どうにか婚約ルートに入らないことには、ミラーシュのことを守れない。
くだらない感傷なんて不要。俺はただ、俺の計画を遂行するだけだ。
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