死に戻り悪役令息が老騎士に求婚したら

深凪雪花

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第6話 新たな生活3

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 そうして、家の中に入ろうとした時のことだ。

「坊ちゃま!」

 聞き慣れた声が響き渡った。
 地面に下ろされた僕が振り返ると、なんとそこには息を切らしたデイジーが立っていた。僕の顔を見るなり、その目はうるうると潤んでいき、やがて涙を流す。

「ご無事でよかった…っ……」

 口元を手で押さえ、安堵した様子を見せるデイジーに、ローワン様は目を瞬かせた。

「ジュード。こちらの方は?」
「あ、えっと……母親代わりのような人です。デイジーって言います」

 スマイス公爵家のことを持ち出していいものか、なおも分からず、そう言葉を濁す。
 ローワン様には、心から僕の身を案じていただろうデイジーの様子が伝わったのかな。少なくとも、僕を家から追い出した人物たちだとは思っていないみたいだ。懐からハンカチを取り出して、デイジーに差し出した。

「デイジーさん。こちら、お使い下さい」
「す、すみません。どうも、ご親切に」

 素直にハンカチを受け取ったデイジーもまた、ローワン様が僕を連れ去ったわけではないと分かっているようだった。多分、僕が王宮舞踏会で求婚した老騎士であり、僕を保護してくれた人なのだと理解しているんだろう。
 ハンカチで涙を拭ったデイジーは、地面に膝をついたかと思うと、僕を抱き締めた。

「わっ」
「本当にご無事で何よりです、ジュード様。坊ちゃんが家から追い出されたことなど知りもせず、お助けできなかったことをお許し下さい」

 デイジー……それで、僕を必死に探し回ってくれていたのか。この広い王都中を、ずっと。
 僕は、本当にデイジーから愛されているんだな。

「気にしないで。ローワン様のおかげで、僕は元気にやっているから」

 って、まだ二日目だけど。
 デイジーは、しばし僕を力強く抱き締めた後、ローワン様を見上げた。深々と頭を下げる。

「ローワン殿。ジュード様を保護して下さって、ありがとうございます。なんとお礼を申し上げたらよいか……」
「お気になさらず。私は婚約者として、当然のことをしたまでです」

 デイジーの目が、点になった。戸惑った顔で僕を見る。そりゃあそうだ。いくら僕が求婚したといっても、本気で相手にするわけがないだろうと思っていただろうから。
 僕は、肩を竦めるしかなかった。

「優しいけど、面白い人なんだ」
「そ、そうなんですか。ま、まぁ、ひとまず婚約に関しては置いておきまして」

 デイジーは腰を屈め、僕と目線を合わせた。その目は、真剣な色だ。

「坊ちゃん。わたくしと帰りましょう」
「え? ボクは父上からもう勘当されて……」
「そちらの家ではありません。わたくしの家に、です」

 デイジーの家? デイジーのお子さんたちはもう独立しているはずだけど、旦那さんはいるんじゃなかったっけ。
 僕がそれを口にするより先に、デイジーが先に言った。

「夫の了承は得ています。これからは、わたくしどもと暮らしましょう。これまでのような暮らしはさせてあげられませんが、ジュード様一人を養うことはできます」
「デイジー……」

 デイジーたちと三人で暮らす、か。
 ははっ、それいいな。きっと、これまで憧れていた『温かくて優しい両親』の下で暮らせるんだろうから。想像するだけで幸せだ。
 ――でも。

「ごめん、デイジー。気持ちだけありがたく受け取っておくよ」

 今は子供の姿だけど、でも僕はもう精神年齢は二十歳なんだ。いつまでも『母親』に甘えていちゃいけない。

「ボクは、これからローワン様と一緒に生きていく。今までありがとう」

 デイジーは感極まった表情になりながらも、同時に不安そうな顔をした。出会って数日の相手と同居して上手くやっていけるか、きっと心配なんだろう。

「で、ですが、ジュード様……」
「ボクなら、大丈夫だよ。心配しないで」

 はにかむ僕の決意が固いことを察したんだろう。デイジーはそれ以上食い下がらなかった。

「……分かりました。どうぞ、お健やかに暮らして下さいませ。ですが」

 デイジーの柔らかい両手が、僕の両頬を包み込む。そして優しく笑んだ。

「何かあったら、いつでもわたくしどもの家に帰ってきていいのですからね」

 本当に僕の『母親』みたいだ。ううん、きっと『母親』なんだろう。
 デイジー。ありがとう。

「では、ローワン殿。どうか、ジュード様のことをよろしくお願いします」

 再び頭を下げるデイジーに、ローワン様は「もちろんですとも」と穏やかに笑った。その優しい笑みにデイジーはほっとした顔をして、その場を立ち去っていく。
 その背中を見送る僕の隣に、ローワン様が立った。

「……本当によかったのか?」
「ボクがいないと、ローワン様が寂しいでしょう」

 茶目っぽく笑うと、ローワン様も可笑しそうに笑う。「確かにな」と、僕の頭を優しく撫でた。

「随分と明るくなったものだ」

 ん? 昨日の今日で、急激にキャラ変したとは思えないけど。
 はて。昨日の夜、途方に暮れていた時の僕の顔がよっぽど暗かったのかな……?




 それから家の中に入ってほどなく、僕たちは三時のティータイムを楽しんだ。
 ローワン様は紅茶の良し悪しには疎いと言いつつ、紅茶自体は嫌いではなく、何よりも甘いお菓子に目がないんだそうな。買いだめしていたクッキーとともに、また紅茶をいただいた。

「そういえば、ジュード。私が仕事の間は、学童保育所に行ってもらえるか」

 チョコチップクッキーを食べながら、僕は目を瞬かせた。
 学童保育所。日中に保護者が仕事などで家を不在にしている間、十二歳以下の子供を預けられる施設のことだ。
 保育士さんが代わりに面倒を見てくれて、文字の読み書きや簡単な計算なんかも教えてもらえるという。この国では、裕福な家を除けば、貴族平民問わず共働きが主流だから、学童保育所はあちこちにある。
 そっか。僕は一応まだ十歳だから、ローワン様が働きに出ている間は、学童保育所に通わないといけないんだ。他に面倒を見てくれる人もいないし。

「分かりました」

 僕はあっさりと了承した。生まれて初めて行くところだからドキドキするけど、同時にワクワク感もある。どんなところなんだろう、学童保育所って。
 学級のみんなと仲良くできるかな。精神年齢が二十歳だからこそ、学級の中で浮いてしまわないかが心配だ。いや、問題なく馴染めたら、それはそれでどうなんだって感じもするけど。

「たくさん、友達を作るといい」
「はい!」

 目尻を和ませるローワン様と僕は笑い合い、そのあとはまったりと二人で過ごした。

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