死に戻り悪役令息が老騎士に求婚したら

深凪雪花

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本 編

第4話 新たな生活1

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 その後、一緒に寝台で眠りについた僕たち。
 ぴいぴいと聞こえる鳥のさえずりの音で、翌朝、僕は目を覚ました。寝台にはもうローワン様の姿はなくて、ローワン様を探し求めて家中を歩き回った。
 やがて一階に下りると、シチューのいい香りが食堂から漂ってきた。そうか、朝食を作ってくれていたんだな、と納得して、僕は食堂に顔を出す。

「おはようございます。ローワン様」
「おはよう、ジュード。よく眠れたか」

 台所に立っているローワン様。ピンクのエプロン姿というのが、細マッチョな体格とギャップがあってなんだか面白い。

「はい。ぐっすり眠れました」

 とことことローワン様に近付くと、器に盛られた熱々のシチューを渡された。

「朝食だ。テーブルに運んでくれ」
「はい」

 公爵令息という立場上、家事のお手伝いなんてしたことがなかったけど、別に不快だとは思わない。だいたい、『元』公爵令息だし。それに僕は新しい人生を生きるって決めたから。
 とはいえ、不慣れな手際で朝食をテーブルに並べる。早く慣れなきゃ。

「ありがとう、ジュード。さぁ、朝食をいただこうか」

 僕たちは、向かい合うように席に着く。ローワン様が作ったシチューは男料理というのか、具材がゴロゴロ大きい。食べ応えがある。
 でも、味はローワン様のようにすごく優しい味だ。

「おいしいです」
「ははっ、そうか。それならよかった」

 笑うと、くしゃっとシワだらけになる表情には、ほっとするというか、癒しを感じるというか。むむ、僕はまさか本当に『枯れ専』なんだろうか。

「それにしても、ジュード。お前、着替えも持たずに家を追い出されたのか」
「え、あ、……はい」

 昨日と同じ衣服を見かねたんだろう。ローワン様は眉根を寄せてから、今日は買い物に行こう、と提案してくれた。
 お仕事なのではないかと聞き返したが、今日はたまたま休日とのこと。だからこそ、昨日は深夜まで飲み歩いていたそうなんだけども。

「いつまでも、一着だけでは困るだろう。支度をしたら、専門店街に出かけよう」
「分かりました。ありがとうございます」

 確かにしばらく身を寄せる当てがない以上、衣服が他にないと困る。
 そうして、朝食を終えて身支度を整えたあと、僕たちはソラーズ男爵邸を出た。はぐれぬように手を繋いで、王都の街を歩く。
 空は、晴天だ。昨夜の悪天候が嘘のよう。

「初めてのデートだな」

 隣を歩くローワン様は、嬉しげに笑う。
 うーん、本気で言っているのか、冗談で言っているのか、やっぱり分からない。まさか、本気で僕の求婚を受け入れたとは思えないけどなぁ。なにせ、この年の差だ。
 僕は曖昧に笑い返して、紅葉した街路樹の並木道をローワン様と進む。綺麗だ。ひらひらと枯れ葉が落ちて、地面に積もるさまが儚げで美しい。

「あれ、ローワンじゃないか」

 街路の向こう側から、初老の男性が片手を上げて近付いてきた。ローワン様の知り合いみたいだ。ローワン様も片手を上げて応じた。

「おお、オリヴァー」
「その子はもしや……昨日、話していた子か?」

 うん? もしかして、僕がローワン様に求婚したことを知っている人?
 な、なんだか、恥ずかしいな……。
 ついローワン様の背後に隠れる僕に対し、ローワン様は堂々としたものだ。

「ああ、そうだ。ジュードという。お前こそ、その子は孫か?」
「そう。孫のマックスだよ。ジュード君と同年代じゃないかな。それにしても、孫のような年齢の子から求婚されるとはなぁ。お前も隅に置けないじゃないか」
「そうだろう。私の心はいつまでも若いからな」

 求婚したのは、たまたま近くにいたからなんだけど……。それをバカ正直に言えるわけもない。ローワン様なら、それはそれで「運命だな」とでも言いそうだけどさ。
 ふと、オリヴァーさんの隣にいるマックス君と目が合う。マックス君は爽やかに笑いかけてきたから、僕もぎこちなくはにかんで笑い返した。感じ悪くはないよね?
 ローワン様たちはしばし雑談に興じてから、「じゃあまた」「ああ」と別れた。多分、ローワン様と同じ職場の人なんだと思う。
 という僕の予測は当たった。オリヴァーさんは職場の同僚なんだという。マックス君と仲良くしたらいい、と言ってくれた。これも何かの縁だろうから、と。

「あ、でも、浮気はダメだぞ」

 ……本気で言っているんだろうか。

「ボクは浮気なんてしませんよ」

 あの『色ボケ王太子』と同じことをしてたまるものか。
 そうか、とローワン様は安堵したように笑った。




 王都の専門店街には、多くの店がずらりと並んでいる。その一つ、大きな服飾店に僕たちは入った。来客を告げる呼び鈴が、チリーンと店内に鳴る。

「いらっしゃいませ」

 にこやかな営業スマイルを浮かべた女性店員さんがやってきた。

「本日はどのような物をお探しですか」
「この子に合う服をいくつか見繕ってもらいたい」

 ローワン様がそう言うと、女性店員さんの目が僕に向く。その表情は、微笑ましそうだ。

「可愛いお孫様ですね」

 ああ、うん。普通はそう思うよね。
 だから、僕は何も言わなかった。ローワン様もわざわざ否定しないだろう、と思っていたら。

「いえ、婚約者です」
「え……」

 ぴしりと、女性店員さんは固まる。その美しい目は大きく見開き、ただただ信じられないことを聞いたといった顔だ。

「ふ、ふふふ。面白いご冗談ですね。子供服コーナーはこちらです。ささっ、どうぞ」

 結局、ユニークなご老人の冗談だと受け取ったらしい。女性店員さんは先導して歩き出した。
 ローワン様は「本当だというのに」と不服そうだったけど、僕は「そう思われても仕方ありませんよ」と宥めて、ローワン様の手を引いて女性店員さんのあとをついていく。
 子供服コーナーには、たくさんの服が置かれていた。ローワン様は、女性店員さんに見繕ってもらいたいと頼んでおきながら、自分でも服を物色し始めて僕にあれこれ試着させた。僕は着せ替え人形じゃないんだから、もう。
 辟易としつつも、楽しそうなローワン様の様子に悪い気はしない。僕のために選んでくれている、って分かるのもあるからかも。
 結局、ほとんどローワン様が決めた服やズボンを十着ほど買ってもらい、うち一着にその場で着替えた。僕の銀髪に映える、鮮やかな赤いチェック柄の秋服だ。

「よくお似合いですよ」

 優しげに笑む女性店員さんに、僕は「ありがとうございます」とはにかむ。
 そこへ、会計を終えたローワン様がやってきた。

「世話になった。ジュード、行こう」
「はい」

 ローワン様に手を引かれて、僕は服飾店をあとにした。

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