4 / 9
本 編
第4話 新たな生活1
しおりを挟むその後、一緒に寝台で眠りについた僕たち。
ぴいぴいと聞こえる鳥のさえずりの音で、翌朝、僕は目を覚ました。寝台にはもうローワン様の姿はなくて、ローワン様を探し求めて家中を歩き回った。
やがて一階に下りると、シチューのいい香りが食堂から漂ってきた。そうか、朝食を作ってくれていたんだな、と納得して、僕は食堂に顔を出す。
「おはようございます。ローワン様」
「おはよう、ジュード。よく眠れたか」
台所に立っているローワン様。ピンクのエプロン姿というのが、細マッチョな体格とギャップがあってなんだか面白い。
「はい。ぐっすり眠れました」
とことことローワン様に近付くと、器に盛られた熱々のシチューを渡された。
「朝食だ。テーブルに運んでくれ」
「はい」
公爵令息という立場上、家事のお手伝いなんてしたことがなかったけど、別に不快だとは思わない。だいたい、『元』公爵令息だし。それに僕は新しい人生を生きるって決めたから。
とはいえ、不慣れな手際で朝食をテーブルに並べる。早く慣れなきゃ。
「ありがとう、ジュード。さぁ、朝食をいただこうか」
僕たちは、向かい合うように席に着く。ローワン様が作ったシチューは男料理というのか、具材がゴロゴロ大きい。食べ応えがある。
でも、味はローワン様のようにすごく優しい味だ。
「おいしいです」
「ははっ、そうか。それならよかった」
笑うと、くしゃっとシワだらけになる表情には、ほっとするというか、癒しを感じるというか。むむ、僕はまさか本当に『枯れ専』なんだろうか。
「それにしても、ジュード。お前、着替えも持たずに家を追い出されたのか」
「え、あ、……はい」
昨日と同じ衣服を見かねたんだろう。ローワン様は眉根を寄せてから、今日は買い物に行こう、と提案してくれた。
お仕事なのではないかと聞き返したが、今日はたまたま休日とのこと。だからこそ、昨日は深夜まで飲み歩いていたそうなんだけども。
「いつまでも、一着だけでは困るだろう。支度をしたら、専門店街に出かけよう」
「分かりました。ありがとうございます」
確かにしばらく身を寄せる当てがない以上、衣服が他にないと困る。
そうして、朝食を終えて身支度を整えたあと、僕たちはソラーズ男爵邸を出た。はぐれぬように手を繋いで、王都の街を歩く。
空は、晴天だ。昨夜の悪天候が嘘のよう。
「初めてのデートだな」
隣を歩くローワン様は、嬉しげに笑う。
うーん、本気で言っているのか、冗談で言っているのか、やっぱり分からない。まさか、本気で僕の求婚を受け入れたとは思えないけどなぁ。なにせ、この年の差だ。
僕は曖昧に笑い返して、紅葉した街路樹の並木道をローワン様と進む。綺麗だ。ひらひらと枯れ葉が落ちて、地面に積もるさまが儚げで美しい。
「あれ、ローワンじゃないか」
街路の向こう側から、初老の男性が片手を上げて近付いてきた。ローワン様の知り合いみたいだ。ローワン様も片手を上げて応じた。
「おお、オリヴァー」
「その子はもしや……昨日、話していた子か?」
うん? もしかして、僕がローワン様に求婚したことを知っている人?
な、なんだか、恥ずかしいな……。
ついローワン様の背後に隠れる僕に対し、ローワン様は堂々としたものだ。
「ああ、そうだ。ジュードという。お前こそ、その子は孫か?」
「そう。孫のマックスだよ。ジュード君と同年代じゃないかな。それにしても、孫のような年齢の子から求婚されるとはなぁ。お前も隅に置けないじゃないか」
「そうだろう。私の心はいつまでも若いからな」
求婚したのは、たまたま近くにいたからなんだけど……。それをバカ正直に言えるわけもない。ローワン様なら、それはそれで「運命だな」とでも言いそうだけどさ。
ふと、オリヴァーさんの隣にいるマックス君と目が合う。マックス君は爽やかに笑いかけてきたから、僕もぎこちなくはにかんで笑い返した。感じ悪くはないよね?
ローワン様たちはしばし雑談に興じてから、「じゃあまた」「ああ」と別れた。多分、ローワン様と同じ職場の人なんだと思う。
という僕の予測は当たった。オリヴァーさんは職場の同僚なんだという。マックス君と仲良くしたらいい、と言ってくれた。これも何かの縁だろうから、と。
「あ、でも、浮気はダメだぞ」
……本気で言っているんだろうか。
「ボクは浮気なんてしませんよ」
あの『色ボケ王太子』と同じことをしてたまるものか。
そうか、とローワン様は安堵したように笑った。
王都の専門店街には、多くの店がずらりと並んでいる。その一つ、大きな服飾店に僕たちは入った。来客を告げる呼び鈴が、チリーンと店内に鳴る。
「いらっしゃいませ」
にこやかな営業スマイルを浮かべた女性店員さんがやってきた。
「本日はどのような物をお探しですか」
「この子に合う服をいくつか見繕ってもらいたい」
ローワン様がそう言うと、女性店員さんの目が僕に向く。その表情は、微笑ましそうだ。
「可愛いお孫様ですね」
ああ、うん。普通はそう思うよね。
だから、僕は何も言わなかった。ローワン様もわざわざ否定しないだろう、と思っていたら。
「いえ、婚約者です」
「え……」
ぴしりと、女性店員さんは固まる。その美しい目は大きく見開き、ただただ信じられないことを聞いたといった顔だ。
「ふ、ふふふ。面白いご冗談ですね。子供服コーナーはこちらです。ささっ、どうぞ」
結局、ユニークなご老人の冗談だと受け取ったらしい。女性店員さんは先導して歩き出した。
ローワン様は「本当だというのに」と不服そうだったけど、僕は「そう思われても仕方ありませんよ」と宥めて、ローワン様の手を引いて女性店員さんのあとをついていく。
子供服コーナーには、たくさんの服が置かれていた。ローワン様は、女性店員さんに見繕ってもらいたいと頼んでおきながら、自分でも服を物色し始めて僕にあれこれ試着させた。僕は着せ替え人形じゃないんだから、もう。
辟易としつつも、楽しそうなローワン様の様子に悪い気はしない。僕のために選んでくれている、って分かるのもあるからかも。
結局、ほとんどローワン様が決めた服やズボンを十着ほど買ってもらい、うち一着にその場で着替えた。僕の銀髪に映える、鮮やかな赤いチェック柄の秋服だ。
「よくお似合いですよ」
優しげに笑む女性店員さんに、僕は「ありがとうございます」とはにかむ。
そこへ、会計を終えたローワン様がやってきた。
「世話になった。ジュード、行こう」
「はい」
ローワン様に手を引かれて、僕は服飾店をあとにした。
188
お気に入りに追加
558
あなたにおすすめの小説

名前のない脇役で異世界召喚~頼む、脇役の僕を巻き込まないでくれ~
沖田さくら
BL
仕事帰り、ラノベでよく見る異世界召喚に遭遇。
巻き込まれない様、召喚される予定?らしき青年とそんな青年の救出を試みる高校生を傍観していた八乙女昌斗だが。
予想だにしない事態が起きてしまう
巻き込まれ召喚に巻き込まれ、ラノベでも登場しないポジションで異世界転移。
”召喚された美青年リーマン”
”人助けをしようとして召喚に巻き込まれた高校生”
じゃあ、何もせず巻き込まれた僕は”なに”?
名前のない脇役にも居場所はあるのか。
捻くれ主人公が異世界転移をきっかけに様々な”経験”と”感情”を知っていく物語。
「頼むから脇役の僕を巻き込まないでくれ!」
ーーーーーー・ーーーーーー
小説家になろう!でも更新中!
早めにお話を読みたい方は、是非其方に見に来て下さい!

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています
八神紫音
BL
魔道士はひ弱そうだからいらない。
そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。
そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、
ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

悪役令息に転生したので、断罪後の生活のために研究を頑張ったら、旦那様に溺愛されました
犬派だんぜん
BL
【完結】
私は、7歳の時に前世の理系女子として生きた記憶を取り戻した。その時気付いたのだ。ここが姉が好きだったBLゲーム『きみこい』の舞台で、自分が主人公をいじめたと断罪される悪役令息だということに。
話の内容を知らないので、断罪を回避する方法が分からない。ならば、断罪後に平穏な生活が送れるように、追放された時に誰か領地にこっそり住まわせてくれるように、得意分野で領に貢献しよう。
そしてストーリーの通り、卒業パーティーで王子から「婚約を破棄する!」と宣言された。さあ、ここからが勝負だ。
元理系が理屈っぽく頑張ります。ハッピーエンドです。(※全26話。視点が入れ代わります)
他サイトにも掲載。



6回殺された第二王子がさらにループして報われるための話
あめ
BL
何度も殺されては人生のやり直しをする第二王子がボロボロの状態で今までと大きく変わった7回目の人生を過ごす話
基本シリアス多めで第二王子(受け)が可哀想
からの周りに愛されまくってのハッピーエンド予定

イケメンチート王子に転生した俺に待ち受けていたのは予想もしない試練でした
和泉臨音
BL
文武両道、容姿端麗な大国の第二皇子に転生したヴェルダードには黒髪黒目の婚約者エルレがいる。黒髪黒目は魔王になりやすいためこの世界では要注意人物として国家で保護する存在だが、元日本人のヴェルダードからすれば黒色など気にならない。努力家で真面目なエルレを幼い頃から純粋に愛しているのだが、最近ではなぜか二人の関係に壁を感じるようになった。
そんなある日、エルレの弟レイリーからエルレの不貞を告げられる。不安を感じたヴェルダードがエルレの屋敷に赴くと、屋敷から火の手があがっており……。
* 金髪青目イケメンチート転生者皇子 × 黒髪黒目平凡の魔力チート伯爵
* 一部流血シーンがあるので苦手な方はご注意ください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる