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本 編

第3話 死に戻り2

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 スマイス公爵別邸から締め出された僕は、ふらふらと王都の街をさまよい歩いた。深夜だから、街灯の明かりだけが頼りだ。
 あーあ……あんな家は願い下げだとはいえ、これからどうしよう。まだ十歳の僕が一人で生きていく道なんて、そう簡単には思いつかないよ。
 ぼんやりと輝く街灯の下、歩き疲れた僕は、しゃがみ込んだ。
 とりあえず、デクスター殿下と婚約するルートからは、外れた。だから、ミアを虐めていたという濡れ衣であの田舎町に飛ばされることもない。つまり、処刑されることはないんだ。
 そう考えると、肩の力が抜けたけど……本当にこれからどうしようかな。うーん、いざ自由の身になると、どうしたいのかが分からない。自分のことなのに。
 っていうか、肌寒いな。もうすぐ、冬だもんなぁ。
 自身の体を抱き締めるようにして両腕を擦り、寒さに耐えていた時のことだ。

「おや。お前は、王宮舞踏会にいた子じゃないか」

 温かみのあるこの声は、僕も聞き覚えがある。
 顔を上げると、そこには老騎士の姿があった。王宮舞踏会の後に、街で飲み会でもしていたのか、その頬はうっすら赤い。

「どうしたんだ。こんなところで」

 腰を屈めて目線を合わせてくる老騎士に、僕は俯いて答えた。

「その、おうちから追い出されてしまって」
「追い出された? なんだ、何か悪いことでもしたのか」

 悪いことなんて何一つしていない。ただ、実父の思う通りに動かなかっただけだ。だから、あっさりと切り捨てられた。
 デクスター殿下の求婚を断って老騎士に求婚したから、と答えてしまうと、老騎士に罪悪感を抱かせてしまう。よって何も言えずにいると、老騎士は着ていた上着を脱いで、僕の肩にかぶせてくれた。

「このままでは、風邪を引いてしまう。ひとまず、私の家にきなさい」
「……いいんですか?」
「知らんぷりで放置はできんよ」

 老騎士から差し出された手を掴む。立ち上がって、そのまま手を繋いだ状態で、老騎士の家にお邪魔することになった。

「そういえば、私の名を教えていなかったな。私は、ローワン。ローワン・ソラーズ男爵だ」
「ボクは……ジュード、です」

 スマイス公爵令息だと伝えるべきか迷ったが、実父から縁を切られたのだろうし、スマイス公爵別邸に連れ戻されても困るので、教えなかった。老騎士――ローワン様も、無理に聞き出そうとはしなかったし。

「そうか、ジュードか。年はいくつだ」
「十歳です」
「ほう、私より四十歳も年下か」

 ということは、ローワン様は五十路なんだな。改めて思うけど、『枯れ専』設定を盛りすぎてしまった。本当に祖父と孫じゃん、この年齢差だと。

「若いなぁ」

 ……ローワン様から見たら、若いというよりも幼い、の間違いでは。




 ソラーズ男爵邸は、煉瓦造りの小さな一軒家だった。
 多分、男爵といっても、騎士だけに授けられる一代限りの爵位なんだろう。生活は、質素なものなのだろうと察せられた。

「ほら、一緒に風呂に入ろう」

 暖炉の前で暖まっていると、ローワン様から誘われて僕は慌てた。

「え? あ、いや、ボク一人で……」
「遠慮するな。さっ、行くぞ」

 ほとんど、引きずられるようにして、浴室に連行される僕。脱衣所で衣服を脱いで、隣接している浴室に二人で移動した。
 熱々の湯船に二人で浸かる。二人分の重みで、お湯が湯船からタイルへと溢れていく。
 温かい。凍えていた体にお湯がよく沁みる。
 つい「ふぅ」と吐息をこぼすと、ローワン様は笑った。

「ははっ、気持ちいいだろう」
「はい」

 密着しているこの状態は、ちょっと気恥ずかしいけど。いくら、相手がご老人でも。っていいうか、大事なところは隠して下さいよ、ローワン様。見えるんですよ。
 なるべく、開けっ広げな局部を見ないようにしながら、僕は口を開いた。

「あの、ローワン様。ありがとうございます。助かりました」

 あのまま、道端で凍えていたら、風邪を引いていたこと間違いなし、だ。今、外は雨が降っているようだし、ローワン様が声をかけてくれてありがたい。

「気にしなくていい。婚約した仲だろう、私たちは」

 ローワン様は、茶目っぽく笑う。本気で言っているのか、ふざけて言っているのか、いまいいち判別がつかない。

「家に帰りづらいというのなら、好きなだけここにいるといい。私は寂しい独り身だからな、傍にいてくれるというのなら嬉しいことだ」
「……ありがとうございます」

 本当に優しい人だ。よくひとの顏にはその人の性格が滲み出ると言うけど、その言葉通りローワン様のお顔もやっぱり優しい。
 一方で、騎士をしているからだろう。長身の肉体は鍛え上げられていて、ムキムキ細マッチョだ。五十路とは思えない体つき。
 僕の視線に気付いたのか、ローワン様は悪戯っぽく笑った。

「私の筋肉を触ってみるか?」
「え!」
「遠慮することはないぞ。惚れ惚れする筋肉だろう」

 自分で言うことか。
 内心、突っ込みを入れつつも、興味を引かれた僕は、ローワン様の腕に手を伸ばした。
 ローワン様が腕を折り曲げたら、こんもりと力こぶができて、触ってみるとカチコチに硬くて驚いた。わぁ、すごいな。

「すごいですね……って、わっ!」

 急にローワン様が立ち上がったものだから、僕は咄嗟に腕にしがみついた。そのまま、ぶら下がった状態になって、足が宙に浮く。
 が、ローワン様に対して腕力のない僕だ。すぐに力尽きて湯船にドボン。頭からお湯をかぶったし、お尻をしたたかに打ちつけて痛かったけど、経験のないことだったから、思わず笑い声が口から飛び出した。

「ふっ、あはは!」

 なんだこれ。バカバカしいことにも程がある。
 声を立てて笑った僕を見たローワン様は、悪戯成功といった感じで、子供のような表情を浮かべていた。

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