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本 編
第2話 死に戻り1
しおりを挟む「坊ちゃん」
優しい声に、僕ははっとする。
姿見越しに映っているデイジーは、最期に見た時よりも一回り近く若い。まだ背中が曲がっておらず、シャキッとしている。笑った時の目尻のシワも少ない。
「よくお似合いですよ。やはり、坊ちゃんには鮮やかなお色が似合いますね」
「デイジー……?」
あれ、と思う。おかしい。僕はあの時、断頭台で処刑されたはずなのに。夢でも見ているんだろうか。それに姿見に映っている自分が、子供の姿だというのも気になる。
だいたい、十歳頃かな。見覚えのある夜会服だ。確か……誕生日にオメガだと判明して半年後の、王宮舞踏会に参加する日の夕方だろう。
初めての王宮舞踏会。――デクスター殿下に一目惚れされて、婚約する日だ。
「舞踏会、楽しんできて下さいませ」
僕の身支度を整えたデイジーは、いそいそと自室を出て行った。一人残された僕は、姿見とにらめっこしながら頬をつねってみる。が、痛い。夢じゃない、のかな。
もしかして、人生をやり直したいっていう僕の望みが叶った……?
信じられないことだけど、時間が経つにつれてその可能性は高く感じた。というのも、僕の記憶通りに話が進んでいくんだ。
たとえば、ミアは仕立ててもらったドレスが気に入らなくて癇癪を起こす、とか。
たとえば、実父から「お前は顔だけはいいんだから、我がスマイス公爵家のためになるようなお相手を見つけなさい」と無機質な顔で言われる、とか。
極めつけに、舞踏会の会場に到着すると、早々にデクスター殿下と出会い、求婚された。
「ボクと将来、結婚してもらえませんか」
王太子殿下から求婚されて、断れるようなバカがいるはずがない。当時の僕は、実父に言われた言葉も加味して、だから求婚を受け入れた。
だけど、もう同じ轍は踏まない。僕はバカだけど、学習能力はあるんだ。
僕は、にこっと笑った。
「お気持ちは嬉しいのですが……ボクは、『枯れ専』でして」
「え? か、かれせん?」
デクスター殿下は、何を言っているんだと目をぱちくりとさせた。その間に、僕は辺りをキョロキョロと見渡して、――あ、いた。年の離れた男の人。
「ボクは、あの方と婚約したいと思います!」
その人物を手の平で指し示しながら、大声で宣言する。
周囲はざわつき、その人物も気付いてこっちを振り向いた。その人物とは――騎士服に身を包んだ、白髪の高齢男性だった。
あ……ちょ、ちょっと、『枯れ専』設定にしすぎたかな。もはや、祖父と孫といっても差し支えないくらいの年齢差だ。
老騎士は状況を把握したらしく、朗らかに笑った。
「おやおや、これは大変光栄なことだ」
ゆっくりと僕の下までやってきた老騎士は、腰を屈めて僕と目線を合わせた。
「私と婚約してくれるのですか。謹んでお引き受けいたしますよ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
ほっ。優しそうな人でよかった。
多分、本気で受け取ってはいないだろうけど、ひとまずこの場を切り抜けられるのならそれでいい。デクスター殿下と婚約するルートだけは、避けないと。
デクスター殿下をちらりと見やる。デクスター殿下はぽかんとしつつも、僕に振られて涙目になっていた。でも、そんなのは知ったことじゃない。
さようなら。『色ボケ王太子』。
――で、それを実父が容認するわけがない。
デクスター殿下からの求婚を断ったと聞いた実父は、王宮舞踏会を終えてスマイス公爵別邸に帰るなり、それはもう烈火のごとく怒り狂った。
「お前はなんてことをしたんだ! 王族と縁を持てる機会だったのだぞ! せっかく、デクスター殿下が見初めてくれたのに、しがない老騎士なんぞに婚約を申し込みおって!」
怒りの鉄拳が飛んできた。僕の反射神経じゃ避けられなくて、頬にクリティカルヒット。ううっ、痛いよ。いくら愛していないからって、実の息子相手に容赦なさすぎだろう。
子供の体だからか、涙がこぼれ落ちそうになったけど、必死に堪えた。
「いいか、お前はスマイス公爵家の血を引いているんだ! その自覚を持て! まったく、これまで育ててやった恩を仇で返しおって!」
「まぁまぁ、落ち着いて。あなた」
懇々と説教をする実父を制止したのは、意外にも義母だった。
「私たちには、ミアがいるじゃないの。ミアをデクスター殿下に嫁がせたらいいわ」
まだ三十路の美しい義母は、だけど蔑むような冷たい目で僕を見下ろす。
「ふふ、身の程をわきまえているじゃないの。あの『泥棒猫』の息子にしては、上出来ね。そうよ、あんたなんかに王族なんて務まるわけがないの。よく分かっているじゃない」
「そうだね。あんたにしては、ナイス判断だよ。デクスター殿下のことはわたしに任せて。お・に・い・さ・ま」
わざとらしく兄と呼ぶのは、無論ミアだ。母譲りの美しい容姿を持つ異母妹だけど、僕には毒蜘蛛のように見える。口が裂けても言えないけど。
妻と娘の言葉を聞いて、実父はそれもそうだと思ったらしい。今、義母は二人目を妊娠中だから、ミアをデクスター殿下に嫁がせても、スマイス公爵家の跡取りはいる。
よってこの家に、僕の存在はもう必要ない。
と、いうことで。
「出ていけ。お前はもう用済みだ。そのしがない老騎士にでも、引き取ってもらえ」
冷酷無慈悲な実父に、僕はスマイス公爵別邸から追い出された。深夜だっていうのに。せめて、荷造りする時間くらい欲しかったんだけど……まぁ、仕方がない。
こんな家、僕から願い下げだよ。
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