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本 編

第1話 ジュード・スマイスの人生

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 ――どうして、こんなことになったんだろう。
 僕ことジュード・スマイスは、後ろ手に拘束されて処刑台に立っていた。すぐ目の前にあるのは、断頭台だ。僕はこれから民衆の前で処刑されるんだ。

「これより、悪徳領主ジュード・スマイスの処刑を執り行う!」

 執行者の言葉に、「わあああっ」と沸き立つ民衆。
 僕は、体を震わせた。怖い。怖いよ。こんなにも大勢から死を望まれるなんて、怖いというほかない。
 本当にどうしてこうなった。僕は……王太子殿下の婚約者としてお傍でお支えして、ゆくゆくは婿入りするはずだったのに。
 その華々しい予定が崩れ落ちたのは――そう、二年前のことだ。


     ◇


「ジュード。お前、異母妹を虐めているそうだな?」

 貴族学園を卒業する間近の冬、王太子殿下に呼び出されたと思ったら、険しい顔でそう言われた。全く身に覚えのない、寝耳に水の話だった。
 ――異母妹。同い年のミアのことだ。
 僕は公爵令息なんだけど、五歳の頃に生みの父が亡くなってすぐ、ミアを連れた義母と実父が再婚した。元々、実父は義母とずっと愛し合っていたらしい。僕の生みの父とは、政略結婚にすぎず、そこに愛はなかったと。
 それを知って、当時の僕は腑に落ちた。ああ、どうりで実父も生みの父も、僕に関心を持たずに放置していたわけだ。仮面夫夫だから、二人とも僕のことを愛していなかったんだ。
 と、まぁそれはともかく。今は、ミアを虐めているという濡れ衣のことだ。濡れ衣は晴らさなくては。

「ち、違います。僕はそのようなことはしていませんよ」

 慌てて否定したけど、王太子殿下の目は疑わしげ……というよりも、僕の言葉を信じる気はないといった感じだった。実際、王太子殿下は耳を貸さずに、一方的に吐き捨てた。

「ふん、罪深い者はみなそう言うものだ。まさか、お前がそのような性悪男だったとはな。そのような男に、次期王婿の地位は任せられん。――お前との婚約は、破棄する」
「え……」

 言葉を失う僕を、王太子殿下は冷徹な目で見下ろす。

「僕の愛するミアに対する非道な仕打ちについては、追って沙汰を申し渡す。それまでせいぜい、残りの学園生活を楽しむといい」

 王太子殿下は身を翻し、さっさと立ち去っていた。うっすら雪が積もった裏庭に取り残された僕は、ただただ茫然とその背中を見送るほかなかった。
 身に覚えのない罪にも、一方的な婚約破棄にも呆気に取られたけど、『僕の愛するミア』って……ミアに心変わりしていたの? いつの間に?
 笑うしかない。はは……僕って、どうしようもない愚鈍なバカだ。婚約者の心が離れていたことにも気付かずに、一生懸命お支えしているつもりでいてさ。
 ふと空を見上げると、僕の心と同じように、今にも泣き出しそうな曇天だった。




 その後、貴族学園を卒業するのと同時に、くだんのお達しがきた。長ったらしく説明が書かれてあったけど、要約すると『ここから遠く離れた地方の田舎町の領主として赴任して、国王陛下のために働け』ということだった。

「あんまりでございます! 坊ちゃんは、何もなされていないのに!」

 スマイス公爵別邸にある僕の自室で、涙目でそう怒るのは老女のデイジーだ。デイジーは、長くスマイス公爵邸に仕えるメイドで、両親から愛されなかった僕の母親代わりといってもいい存在。
 僕は荷造りをしながら、「仕方ないよ」とデイジーを宥めた。

「ミアを虐めた証拠なんてないけど、虐めていないっていう証拠もない。デクスター殿下が僕のことを信じる気がない以上、濡れ衣を晴らすのは無理だ」
「ですが…っ……」
「処刑されないだけ、マシというものだよ。心機一転して、新しい土地で頑張る。デイジーも元気で暮らすんだよ」

 デイジーは、「わたくしもついていきます!」と言ってくれたけど、もうかなりご高齢だ。長旅は肉体の負担が大きいだろうということで、僕は嬉しかったけど固辞した。
 そう、失恋を乗り越えて、頑張ろうと思っていた。本当にそう思っていたんだよ。
 それなのに。
 田舎町に到着して早々、僕は勝手に僕の代理領主を名乗る中年男に軟禁されることになり、――二年後、その代理領主が起こした悪事のすべての責任を、とらされることになった。


     ◇


 そうして、現在に至る。

「早くしろ」

 執行者に促されるまま、僕は断頭台に首を置く。
 ああ……僕は、本当にこのまま処刑されるんだな。死ぬってことだ。
 死後の世界なんて考えたことがなかったけど。この地獄のような現実世界よりはマシかな。
 思えば、この二十年……僕は何をしていたんだろう。
 両親からは愛されず、義母と異母妹からは嫌がらせを受ける毎日。一人で新しい土地に行ったと思ったら、罠にハマって軟禁され、実質的な投獄生活。
 そしてその末路が、これだ。
 神様がいるのなら、恨んでもバチは当たらないよね。悲劇のヒロインぶるのはあんまり好きじゃないんだけど、それにしたって僕の人生って悲惨すぎないか。
 ……やり直したい、な。
 もし、もう一度、この人生をやり直せるのなら、僕は次こそはもう少しマシな人生を送りたい。少しでもいいから、幸せを掴みたい。
 そんなことは、無理だと分かっているけど……。
 ガコン、と断頭台が動いた。僕はそっと目を閉じ、黙ってその時がくるのを待った。

「下ろすぞ」

 執行者の言葉とともに、断頭台の刃が僕の首に落とされた――。

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