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終 章
第28話 滅魔騎士としての道1
しおりを挟むそれから一週間後。
晴れた昼下がり、ルツは花束を持って、アイムとともにシモンの墓を訪れていた。
シモンの葬儀はひっそりと行われた。だが、シモンがこれまで築いた人脈は広く、多くの住民が嘆き悲しんだ。養育した子供たちも訃報を聞きつけ、次々とやってくる。
「人望があったんだね、あのおじいさん」
「そうだな」
ルツは墓前に花束を供える。そこには大量の花束が供えられていた。シモンが生きた六十年間という歳月。その価値が目の前の墓に現れている。たくさんの孤児を養育したシモンの人生は、あんな末路を迎えてもなお、尊敬に値するものだった。
「なんでこんなことになっちまったんだろうな……」
シモンがしたことは決して許されないことではあるが、あの悪魔にそそのかされてのことだとしたら、シモンもまた人生を狂わされた被害者になる。そう考えるとやるせないものがある。
「人間は弱い生き物だから。時には間違うこともある。それでも、あのおじいさんは最期に自分の間違いに気付いた。憎しみからも解放された。ルツも見たでしょ。あの安らかな顔。不幸な最期ではなかったと思うよ」
「そう、かな……」
「ルツの言葉が最期にあのおじいさんを救った。それで十分だと僕は思う」
「……だと、いいけど」
亡き両親とシモンは、もっと腹を割って話すべきだったのかもしれない。わだかまりがあると分かっていながら、どちらも向き合おうとしなかった。それがこのような悲劇を招いた。
神に祈りを捧げれば、平穏な暮らしができる。
亡き両親の信心深さは、どこか他力本願だったんじゃないかと今なら思う。救いを求めることと、誰かがどうにかしてくれると思考を放棄することは違う。
「……『神に祈りを捧げよ。さすれば、汝に大いなる加護と祝福がもたらされるだろう』、か」
「ん? 何、その文言」
「教団の教えだよ。俺は信じてなかったけど。家族が亡くなってからはなおさら。……でも、今は極端な考え方をしてたな、って思う」
「っていうと?」
ルツはシモンの墓から立ち上がり、青空を見上げた。まだ冬だというのに、澄んだ青空だ。きっと、春がすぐそこまできているんだろう。
「前にさ、アイムが言ってたじゃん。俺は白か黒かでしか物事を考えてないって」
「あー、うん。そんなことも言ったね」
「俺、ずっと、神の加護と祝福が『ある』か『ない』かで考えてた。でも、違うんだよな。何を神の加護と祝福だと捉えるのかは、その人自身で、それが宗教の自由だってことにようやく気付いたよ」
気付けたのは、大切な人が、この手で守りたい人が、ルツにもできたからだ。
アイムを守れた時、ルツは神の加護だとも祝福だとも思わなかった。だが、人によっては神の加護と祝福だと捉えるんだろう。
別にどちらの考えが間違っているというものじゃない。単に考え方の違いだ。
「俺は俺自身の手で人生を切り開く。守りたいものは自分の手で守る。それだけだ。自分の人生の責任は自分でとる」
「うん。ルツがそう思うのならそれでいいと思うよ」
珍しく優しげに微笑むアイムに、ルツはおずおずと口を開いた。
「……あのさ、アイム」
「何?」
「俺と家族になってくれないか」
意を決して口にしたものの、アイムはきょとんとしていた。
「それ、前にも聞いたけど?」
「えっ! あ、いや……そういう意味じゃなくて! その……――俺と結婚してくれ!」
アイムは目を丸くした。かと思えば、その可愛らしい顔が少しずつ赤らんでいく。
「け、結婚? どうしたの、急に」
「この前の戦いで、アイムが誰よりも大切だって気付いたんだ。これからも俺が傍で守るから。だから……俺と結婚してほしい」
「ええと、でも……」
「俺じゃ嫌か?」
「だ、誰も嫌だなんて言ってない!」
アイムは慌てて否定してから、しかし自信なさげに俯いた。
「ただ、僕は人間じゃないから……」
「そんなの関係ない。別に百歳年上だって、気にしないから」
「ひゃ、百歳?」
ぎょっとしたアイムは、即座に否定した。
「そんなわけないでしょ! 昔の人の寿命を何歳だと思ってるの! 僕はまだ生み出されてから二十年くらいだよ!」
「え、そ、そうなのか?」
なんだか達観しているから、てっきり百歳越えだと思っていた。でも、そうなのか。大してルツと年は変わらないのか。
まぁ、年の差なんてルツにはどうでもいいことだ。
「じゃあ、俺と結婚してくれる?」
「ど、どうしてもっていうんなら……してあげてもいいよ」
毛先を弄りながらもじもじとするアイムの肩を、ルツは掴んだ。
「よし! 俺たちは今から夫夫だ!」
「う、うん」
ルツはアイムと向き合い、小さく笑った。
「幸せにするよ。俺の一生をかけて」
そっとアイムに口付けをする。
アイムも拒否はせず、二人はキスをしながら抱き合った。
「巻き込んでしまってすみませんでした」
病室にて。
頭を下げるルツに、ザカライアスの父は「謝らなくていい」と穏やかな顔で言った。
「悪いのはシモンさんだ。理由はよく分からないが、たとえどんな理由があったとしても、人として超えてはならない一線を越えてしまったのだから」
「……はい」
「それよりも、ルツ君が無事でよかった。愚息も少しは役に立ったようだね」
「少しはなんてとんでもないです。ザックには本当に助けられましたよ」
ルツの予想通り。ルツの家族を殺した真犯人がシモンではないかと勘付いたザカライアスの父は、そのことを察したシモンに口封じされそうになったとのことだ。
そしてザカライアスがあの場に駆けつけられたのは――、まず王都でルツと再会した数日後にザカライアスの母から手紙が届き、馬で急ぎ帰省したのだという。馬車よりも馬で駆ける方が早いため、ルツたちが帰省してすぐこの街に着き、急いで病院に行ったところ、ザカライアスの父が目を覚ましており、ルツを狙っているのがシモンだと聞いて、心配したザカライアスはルツの下へ向かったそうだ。それが、あの時の参戦という形になったらしい。
ちなみに、だが。シモンが悪魔の存在を隠せていたのは、正の思念を操って気配を打ち消していたからだろう、とアイムは言っている。ジェフサが『キタエアゲル君』を生み出したのと同じ原理で、神を生み出す二歩手前くらいの技術だろうと。
『あんなことをした人が、そんなことできるのかよ』
『素行は関係ない。こればかりは才能だよ』
同じことをできる人はそうそういないだろう、とのことだ。そりゃあ、魔の契約を結んだ人全員に同じことをされたら、祓魔騎士としては困る。
「よくあの悪魔を祓魔してくれた。シモンさんのことは……残念ではあるが、あの人の自業自得だ。ルツ君が気に病む必要はないからね」
「ありがとうございます」
「ふぅ、さて。少し疲れた。悪いが、休ませてくれ」
「あ、はい。無理をさせてしまってすみません。早く体調が回復することを祈ってます。じゃあ、俺たちはこれで」
ルツはアイムを連れて病室を後にした。
だが、それからすぐ、ザカライアスが後を追ってきた。
「ルツ、アイムさん」
病院の廊下で、呼び止められた二人は足を止めた。
「どうした、ザック」
「二人は明日の朝早くに滅魔隊支部に発つんだろう。だけど、俺は見送りに行けそうにないから。二人とも、道中気を付けて」
「そういうザックも気を付けて神学校に戻れよ」
「ありがとう。……ルツ。同じ祓魔騎士として、これからお互い頑張ろうね」
すっと拳が突き出される。ルツはふっと笑い、こつんと拳をぶつけた。
「おう」
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