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第3章
第22話 冬休み1
しおりを挟む「――え、冬休み?」
「そう。お前、本来ならまだ神学生だろ? 特別に二ヶ月、冬休みをやるよ」
山村の一件から一週間ほど過ぎたある日のこと。
今日も『キタエアゲル君』と修行に打ち込もうとしたルツだが、ジェフサから思わぬ配慮を受けてその顔は喜色に染まった。
「マジ!? よっしゃ!」
「まっ、地元に帰って羽を伸ばしてこい。しばらく家に帰ってないだろ。ただし、七欲に関してはしっかり考えて……」
「じゃ、行ってくる!」
ジェフサの言葉を最後まで聞かず、ルツはアイムを連れて上機嫌で退出した。やや遅れて「ひとの話は最後まで聞け――っっ!」というジェフサの怒号が聞こえたが、ルツは構わずに滅魔隊支部の二階に上がる。そこでささっと荷物をまとめてから、滅魔隊支部を出た。
久しぶりの帰省。心が弾むというのは、こういうことだろう。
(義姉さん、元気にしてるかな)
手紙ではやりとりしているものの、手紙と直接会うのとではやはり違う。
早速、街で馬車を捕まえ――支払いは教団にツケるつもり――、アイムと乗り込んで向かう先は、ひとまず王都だ。ここからルツの地元へは王都を経由する必要があるのと、あとは神学校にいるだろう幼馴染みのザカライアスとも会いたいからだ。
「嬉しそうだねえ、ルツ」
「そりゃあ、家族と親友に会えるからな。アイムだって、クロセルさんと再会した時は嬉しかっただろ?」
「んー、まぁそうだね」
答えるアイムはのほほんとした口調で、つんけんしたところはない。可愛げがないことを言うのは、ルツに関してだけのようだ。
だが、それも慣れた。憎まれ口を叩くのも元気な証だ。相棒としては、元気でいてさえくれたらそれでいい。山村の一件から不思議とそう思うようになった。
ともかく、そうしてガタゴトと馬車に揺られること、半月――。
「やあ、ルツ。久しぶりだね」
神学校の学生寮にて、ルツたちはザカライアスと再会した。久しぶりに会うザカライアスだが、その様子は変わりなさそうだ。
「久しぶり。元気そうだな」
「ルツもね。あ、えっと……アイムさんもお変わりなく?」
「うん」
ザカライアスは柔和に笑った。
「そうか、それならよかった。ルツが何か迷惑をかけていないかな?」
「強いて言えば、デキが悪いところ」
「だから、デキが悪くて悪かったなっ!」
むすっとするルツと、つーんとした顔のアイム。一見、仲が悪そうに見えるが、その雰囲気は険悪なものではないとザカライアスは察したようだ。可笑しそうに笑った。
「あはは、仲良くしているみたいで安心したよ。それにしても……今さらだけど、あの小瓶にまさか本当に従魔が封印されていたとはね。ずっとラザラスさんが管理していて正解だったわけだ」
ラザラスとは、ルツの亡き兄のことだ。
ルツは目を瞬かせた。
「え、あの小瓶って兄貴が管理してたんだっけ」
「そうだよ。だって昔、面白半分で封印を解除しようと小瓶を割ろうとして、ラザラスさんに大目玉を食らったんだろう。それからずっとラザラスさんが厳重に保管してるって、不満そうに言っていたじゃないか」
ルツは記憶を掘り起こした。……言われてみると、そんなこともあったような気がする。
「……じゃあ、いつ兄貴から小瓶を受け取ったんだ、俺」
「え? ええと……その、ルツのご家族が使い魔に襲われた日に、気付いたらポケットに小瓶が入っていたって、言っていたと思うけど……?」
隣に立つアイムが変な顔をした。それはルツも同様だ。
家族が使い魔に襲われたあの日。気付いたらポケットに入っていたということは、亡き兄がルツを庇うために馬から降りた時に、ルツのポケットに入れたのだろうと思われる。
でも、それはどうしてだ。どうして、亡き兄は小瓶を解放しなかったんだ。
――亡き兄は小瓶の言い伝えを信じてはいなかったが、家宝だからルツに託した。
そう考えれば、一応は辻褄が合う。だが……なんとなく、しっくりとこない。あんな状況だったら、言い伝えを信じていなくても、ダメ元で試してみようとは思わないだろうか。
ルツは自然と、アイムと顔を見合わせた。
「なぁ、どう思う」
「どう思うって……ルツも同じことを思ってるんじゃないの」
ダメ元でも試そうとすらしない理由、それは。
――自分では小瓶を解放できないと知っていたから、じゃないか。
では、どうして亡き兄では小瓶を解放できないのか。それが指し示す答えは一つしかない。
(兄貴はアイムたちを生み出した先祖の子孫じゃない……?)
しかし、ルツは解放できた。ということは――。
「ルツ? どうしたんだい、顔色が悪いけど」
「あ、いや。なんでもねえよ」
気遣わしげなザカライアスにルツは気丈に笑い、「じゃあ、俺たちは地元に戻るから」と話を切り上げて、その場を後にした。
再びアイムとともに馬車に乗り、地元へ向かいながら、ルツは思考の海に沈む。
ルツは父親似だ。正確には父方の亡き叔母に似ているのだという。母親似の亡き兄とはよく似ていないと言われて育ったが、その関係を疑ったことは一度だってない。
しかし今――亡き家族との血縁について疑うしかなかった。
(兄貴が養子だったのか? それとも――)
先祖代々伝わってきた小瓶。普通に考えたら、亡き兄が実は養子だったという可能性の方が高い。それなのにどうしてだろう。胸がざわつく。
これまでの家族との思い出に、ヒビが入るような音が聞こえた気がした。
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