滅魔騎士の剣

深凪雪花

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第2章

第17話 悪魔ムルムル3

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「ダメだ。今ここで祓魔する」
「そんな…っ……!」

 ダニエルの目が絶望に染まる。それはきっと、まっとうな方法では稼げないほどの大金が必要だからなんだろう。
 息子のことは諦めろ。ルツはそう言っているのも同然だった。

(くそっ、なんで現実はこんなに非情なんだよ)

 己の無力さが歯がゆい。
 だが、それでも。これ以上、ダニエルに悪魔――ムルムルの力を使わせるわけにはいかない。摂理を曲げることは許されない、から。

「ダニエル。こいつを殺そう」

 ずっと、押し黙っていたムルムルが口を開いた。
 ダニエルは、何を言っているんだ、と呆けた顔でムルムルを振り返る。

「え……? で、でも」
「こいつを殺せば、次に祓魔騎士が派遣されるまで時間稼ぎができる。息子を助けたいんだろう? 俺の力を使え」
「人殺しなんてできるわけ……」
「お前の覚悟はその程度か。ここまでもう手を汚したんだ。今さら、人を一人殺したってお前の手は変わらねえよ」

 ダニエルはごくり、と喉を鳴らした。顔を真っ青にして額から冷や汗を流し、震える己の両手を見つめる。

《ルツ! 力を使わせたらダメだよ!》

 アイムに一喝され、はっとしたルツは動く。まず、ダニエルを気絶させようと走ったが、ダニエルとの間にムルムルが滑り込む。

「させねえよ!」
「はっ、のこのこと出てきやがって! そんなに祓魔されたいのかよ!」

 ルツの剣と、ムルムルが所持していた剣が、激しくぶつかり合う。力が拮抗し、互いに押し切れないと分かると、二人とも一旦後ろに飛び退けた。

「祓魔されたいのか、だと……?」

 ムルムルは憎々しげな目でルツを睥睨した。

「そんなわけないだろうが! 俺は生き延びるためにこいつと契約を結んだんだ!」
「生き延びたいだけなら、教団に保護してもらえばよかっただろ!」
「はん、分かってねえな! 俺の能力じゃ、従魔にはなれない! 滅されるのがオチだ!」
「そんなこと……」
「現に俺は、何もしてなくても祓魔騎士に滅されそうになった!」
「!」

 ムルムルが地を蹴り、斬りかかってきた。

「生きようとして何が悪い!」

 ルツは咄嗟に何も言えなかった。かろうじて剣を受け止めたが、それでも動揺して平静には対処できなかった。
 ――生きようとして何が悪い。
 そうか。ムルムルはただ、生きたいだけなのだ。この世に生を受けた以上、もっと生きたいと思うのは当然の感情だろう。

『死に抗おうとして何が悪いんだ!』

 かつて、ルツがジェフサに言った言葉を思い出す。
 ルツは歯噛みした。

(なんなんだよ、どいつもこいつも)

 どうして、もっと悪役らしい悪魔じゃないんだ。
 どうして、もっと――祓魔してよかったと思える悪魔じゃないんだよ。
 己の無力さに怒りを覚えながら、ルツはムルムルの剣を弾き返した。

「……生きようとすることが悪いわけじゃない。でも、お前がやっていることは許されないことなんだ。どんな理由があろうとも。だから、俺はお前を祓魔する」

 ムルムルの剣撃をかいくぐり、懐に飛び込む。
 滅せられると察知したんだろう。ムルムルの顔が恐怖で引き攣った。

「炎魔の中剣……【】」

 ――ガキィン!
 ムルムルの胴体を斬ろうとしたルツの剣は、しかし刃が入らず押し返された。

(くそっ、ダメか!)

 後ろに飛び退き、反撃に備えようとしたルツを、ムルムルは呆けた顔で見た。そして、可笑しそうに笑う。

「ふっ、あっはっは! そうか! お前、まだ俺を祓魔する力がないんだな!? 若いし、祓魔騎士になりたてってところか!」
「…っ……!」

 図星を突かれた。
 そう、今のルツにはC級悪魔を祓魔する力がない。というのも、魔術の使用段階と悪魔の階級は呼応しており、C級悪魔は中級魔術以上でないと滅することができないのだ。
 ジェフサが、無理だと思ったら逃げろ、とルツに言ったのはそういうことだった。

「ダニエル! 早くしろ! こいつなら殺せる!」
「う…ぁ……」

 両手を震わせ、顔を伏せていたダニエルだったが、やがて腹をくくったように力強く顔を上げた。右手を掲げ、魔術を発動する。
 ルツははっとして背後を振り返った。そこには、黒い光に包まれた人影が現れていた。
 しまった。力を使わせてしまった。だが――誰を蘇生させたんだ。
 ジェフサの講義によれば、使い魔というのは大本の悪魔より低い階級しか生み出せないのだという。だから、C級悪魔のムルムルの力から生み出す場合は、D級かE級になる。
 E級ならいいが、D級でも今のルツには祓魔できない。ムルムルにはルツを殺せなくても、使い魔ならルツを殺すことが可能なのだから、圧倒的に不利な状況になる。
 少しして、黒い光が収束した。身構えるルツだったが、蘇生された使い魔を見た瞬間、

「え……」

 呆けた声が、出た。
 それもそのはずだ。蘇生された使い魔は――亡き兄の姿をしていたのだ。

「あ、にき……」

 亡き兄が蘇生した。
 心に動揺のさざ波が立つ。だが、必死に己に言い聞かせた。……いや、違う。あれは兄じゃない。体も魂も違う、まったくの別人だ。だから、心乱されるな。
 摂理に反した存在は、滅しなくては。
 ルツが動くよりも先に、ムルムルから剣を受け取った亡き兄……いや、使い魔が素早い動作で斬りかかってきた。
 咄嗟に剣で刀身を受け止めようとしたが、使い魔は寸前で剣ではなく、足でルツの体を蹴り飛ばした。脇腹に思いっきり蹴りが入り、ミシミシとあばら骨が軋む音を聞きながら、ルツは自身の体で窓ガラスを割って外に投げ出された。

「い、てぇ……」

 幸いガラスの破片は背中に突き刺さらなかったものの、庭に転がって全身をしたたかに打ちつけ、顔を歪める。
 なんて蹴りだ。これが人外の身体能力か。

《ルツ! くるよ!》

 アイムの声ではっとし、ルツは眼前に迫った使い魔が繰り出した剣の切っ先を、なんとか反射的に避けた。しかし、頬を掠ってつっと赤い筋が入る。
 剣を構えて使い魔と対峙すると、使い魔は歪な笑いを浮かべ唐突に言った。

「なーんだ。その顔、見覚えがあると思ったら、半年前に俺が殺した一家のガキじゃねえか」
「……え?」

 半年前に俺が殺した一家のガキ?
 身に覚えは当然ながらある。すでに半年以上前のことだが、家族を使い魔に襲われたあの日の出来事は今もはっきりと覚えている。

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