滅魔騎士の剣

深凪雪花

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第2章

第14話 いざ、新たな任務へ

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 灰色の空からちらちらと雪が舞う。
 グロサリオでは冬を迎えていた。黙って立っていれば、手がかじかむ寒さだ。風は肌に突き刺さるように冷たく、吐息も白い。
 ルツが修行を始めてから、早いもので二ヶ月。今日も今日とて、ルツは『キタエアゲル君』と戦っていたのだが――。

「うおぉぉい! 一体、いつになったら会得できるんだ!?」

 滅魔隊支部の前で声を荒げるのは、ジェフサだ。これまで気を長くしてルツの修行を見守ってきたジェフサも、二ヶ月も過ぎればさすがに痺れを切らした。

「二ヶ月も修行してるのに、中級どころか下級も会得できないってどういうこと!? デキが悪い子にもほどがあるだろ!?」
「う……デ、デキが悪くて悪かったな!」

 会得できなくて、困っているのはルツだって一緒だ。
 ジェフサは「はぁ……」と大きくため息をついた。

「お前の同期は十日で会得したのに。なんなんだ、この差は」
「俺の同期? え、いるのか?」

 目をぱちくりさせるルツに、ジェフサは言われて思い出したような顔をした。

「そういや、言ってなかったな。一人いるよ。今は副隊長と実技訓練中だ。春には定例報告会でみんなここに集まるから、会えるぞ」
「へぇ、どんな人?」
「男とだけ言っておく。まぁ、会うまでの楽しみにとっておけ。――それよりも」

 ジェフサの手が、ガシッとルツの頭を鷲掴みにし、揺さぶった。

「お前の脳みそは飾り物なのか!? なんで自分の中の欲望が見つけられないんだよ!?」
「じ、じっくりと向き合えって言ったの、隊長じゃん!」
「時間をかけすぎだ、このバカ!」
「いててててっ!」

 握力が強すぎてこめかみが痛い。
 言い合う二人へ仲裁に入ったのは、苦笑いのクロセルだった。

「まぁ、まぁ、ジェフ。成長速度は人それぞれですよ」
「いやでもね、クーちゃん!」
「娼館に行けないからって八つ当たりはやめなさい。大の大人がみっともない」

 またも、ルツは目をぱちくりとさせた。……娼館に行けない?

「え、なんで?」
「それが三ヶ月間、減給処分になっていまして」
「減給処分? 何か悪いことでもしたのかよ、隊長」

 心底不思議そうなルツの声に、ジェフサはくわっと目を見開いた。

「お・ま・え・のせいだろうが――っっ!」

 眦をつり上げたジェフサの揺さぶりが、より一層激しくなる。

「うわわっ、や、やめろって!」
「二ヶ月前の指令でお前がとっとと祓魔しないから、俺が責任取ったんだよ! 子供みたいに駄々こねるわ、頑固だわ、挙げ句デキが悪いわ、なんなんだお前!」

 二ヶ月前の指令、というと。漁村の……エノクとブエルの件だろう。そうか、ジェフサが責任を取ってくれていたのか。

「わ、悪い……」
「悪いと思うんなら、さっさと中級まで会得しろ! 早く戦力になれ! ウチは万年人手不足なんだ!」
「……分かった」

 素直に頷いたところで、ようやくジェフサは手を離した。鬱憤をぶちまけたことで、気が済んだらしい。

「じゃ、俺たちは任務に行ってくるから。しばらくここを離れる。留守は頼んだ」
「任務!?」

 ジェフサが任務に赴くなんて初めてだ。ルツも二回目の任務はまだない。
 ルツははやる気持ちを抑えられず、せがんだ。

「お、俺も行く! 連れて行ってくれ!」
「……はぁ? 初級魔術しか使えないくせに何言ってるんだ」
「実戦に出たら会得できるかもしれないじゃん! 俺、実戦向きだから!」
「まーた、バカなことを……」

 呆れた顔をするジェフサだったが。

「ジェフ。いいじゃないですか。連れて行ってあげなさい」

 援護射撃をしてくれたのはクロセルだ。
 ジェフサは眉尻を下げた。

「クーちゃん……でも」
「このまま、ここで修行しているだけで会得できるとは正直思えません。本人もやる気のようですし、また実戦に出してみては」
「うーん……まぁ、試してみる価値はあるか……?」

 ルツの顔がぱっと明るくなる。――連れて行ってもらえるのか。
 しばし考え込んだジェフサは、決断したようで「よし」と腕を組んだ。

「じゃあ、ルツ。アイムと先に向かえ。俺たちも後から合流するから」
「分かった!」
「場所はこの指令書に書いてある。いいか、無茶だけはするなよ。相手はC級悪魔だ。戦闘になっても、無理だと思ったら逃げろ」

 ジェフサから折り畳まれた指令書を受け取ったルツは、雪が降るさまをぼんやりと眺めているアイムに声をかけた。

「おい、アイム! 任務だ、行くぞ!」
「……はぁい」

 意気揚々と歩き出すルツの後を、アイムはのんびりと追った。
 小さくなっていく二人の背中を見送ったジェフサは、片目をすがめて傍らに立つクロセルを見やる。

「クーちゃんって天使みたいな顔をして、実は鬼だよね」
「おや、なんのことでしょう。それに私は鬼ではなく従魔ですよ」

 すっとぼけるクロセルにジェフサは苦笑いをし、ふいと雪を降らせる曇天を見上げた。
 ルツがC級悪魔を祓魔できるとは思っていない。しかし、今回の悪魔の能力は、ルツの精神面を鍛え上げるのにはうってつけだ。
 ――悪魔の力に惑わされずにいられるか、それとも魅了されるか。
 ジェフサは息をついた。なんにせよ、何かあったら責任を取るのはまた自分だ。

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