滅魔騎士の剣

深凪雪花

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第1章

第8話 悪魔ブエル2

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「――はぁ!? 祓魔せずに戻ってきたぁ!?」

 ゼブルン地方、滅魔隊支部にて。
 あれから五日後、アイムを連れて漁村から戻ってきたルツに、ジェフサは理解できないといった表情で一喝した。

「祓魔しろ、って指示だったろ! 従えよ!」
「いやだって、善い悪魔だったんです。契約者もその力で、患者の病や怪我を治してるって話で……祓う必要ないじゃないですか」

 訴えるルツの頭を、ジェフサは丸めた筒状の書類で、ぱぁん、と叩いた。

「バカか、お前は! 治癒するのだって、立派な力の悪用だ!」
「どうしてですか。別に金儲けしていそうな雰囲気じゃなかったですよ」
「そういう意味じゃない!」

 はぁ、とジェフサはため息を吐き、椅子にどかっと腰かけた。

「いいか、治癒能力は死を反転させる魔術だ。下手をしたら、殺戮能力よりもたちが悪い」
「死を覆すことの何が悪いんですか」
「大いに悪い。ひとには天寿というものがある。それを覆したら、この世界の魂の帳尻が合わなくなる」

 天寿。それは、ルツが嫌いな言葉だった。
 拳をぎゅっと握りしめる。絞り出した声が、掠れた。

「……じゃあ、死ぬ運命なら黙って受け入れろってことですか」

 頭に浮かぶのは、使い魔に襲われて亡くなった家族。家族の天寿も、あの時だったということなのか。あの時、死ぬ運命だったというのか。
 そんなの……絶対に認めない。

「死に抗おうとして何が悪いんだ! 誰だって、長生きした方がいいに決まってる!」

 声を荒げるルツに、ジェフサは言い聞かせるように説明した。

「……抗うことが悪いわけじゃない。ただ、治癒能力であろうと魔術は本来、手を出してはいけない力なんだ。自然の法則から外れた力だからな」
「でも!」
「子供みたいに駄々をこねるな! 悪魔を滅する目的以外で魔術を使うことも、使わせることも、許されないことなんだ! いいから、祓魔してこい!」
「嫌だ! 俺が祓魔したいのは悪い悪魔だけだ!」

 睨み合う、ルツとジェフサ。しばし沈黙が下りたが、やがてジェフサの方がバカバカしいと言わんばかりに視線を外した。大きなため息とともに。

「……だったら、そこで一緒に人助けしてろ、このバカが。何があっても、俺は知らん」
「はっ、そうさせてもらうよ! じゃあな!」

 売り言葉に買い言葉で、ルツはアイムを連れて身を翻した。
 二人が建物を出て行った後で、それまで事の成り行きを見守っていたクロセルが口を開く。

「いいんですか、ジェフ。本当に何かあったら……」
「ああいうバカには現実を見せた方が手っ取り早いの。責任は俺がとる。それに、その医者はどうせもう……」

 ジェフサは何か言いかけたが、きゅっと口を引き結び、言葉になることはなかった。




「いいの? 上官にあんな態度をとって」
「ふん、いいんだよ! あんな薄情な理屈屋!」

 滅魔隊支部を出てすぐ、ルツは憤慨しながら紐で繋いでおいた馬に騎乗した。その後ろにアイムも跨り、ルツの腰に腕を回す。
 背後から感じるアイムの温もり。体を密着させているという状態が、身体を重ねた日のことを思い出させて、なんだか居心地悪い。
 どぎまぎする心を悟られぬよう、ルツは必死に平静を装った。

「じゃ、行くぞ。振り落とされるなよ」
「大丈夫。僕が振り落とされたら、君も強制的に落馬するから」
「それのどこが大丈夫なんだ!?」

 だったら、なおのこと振り落とされるなよ。
 要するにあれか。落馬したくなかったら、お前が振り落とさないように注意して馬を走らせろ、そういうことか。
 わがままというのか、ふてぶてしいというのか。

(……やっぱり、可愛くない)

 もう何度目か分からないことを思いながら、ルツは馬を走らせ。
 また五日ほどかけて、エノクたちがいる漁村に戻った。早速、診療所へ向かう。ちょうど正午だったので午前の診療時間は終了しており、エノクは休憩中だった。

「え、この診療所の手伝いがしたい、ですか?」
「おう。忙しいだろ。他の街や村からも患者がくるって話だし」

 エノクは困惑した顔だ。

「お手伝いしていただけるのならありがたいですが……その、君はお仕事をしなくていいんですか。祓魔騎士なんでしょう」
「いいから、いいから。上官の許可も出てる」
「……いやあれは、別に許可を出したわけじゃ……いてっ」

 突っ込みを入れようとしたアイムの脇腹を肘で小突く。アイムはむっとした顔をして、「もう勝手にしなよ」とそっぽ向いた。
 ルツはエノクの膝の上に乗っているブエルの頭に、ぽんと手を置いた。くりくりとした大きな目でルツを見上げるブエルに、ふっと笑いかける。

「お前のことは俺が守るから。一緒に人助けしていこうぜ」
「……本当に僕のことを祓わなくていいんですか」
「俺は悪い悪魔しか祓わないんだよ。お前は善い悪魔だからいいんだ」
「そう、ですか……」

 ブエルの表情が何故か曇るより先に、ルツの視線がエノクの食べている弁当に向く。木の籠に入った、色鮮やかなサンドイッチだ。

「それより、うまそうな弁当だな。奥さんに作ってもらったのか?」
「いえ、私が自分で。妻は数ヶ月前に事故で亡くなりましたので」
「え……わ、悪い。――いてぇっ!」

 どすっ、と今度はアイムにルツが脇腹を小突かれた。いや、小突かれたというレベルじゃない。ほとんどストレートパンチだった。
 先程の意趣返しもあるのだろうが、迂闊に他人の家庭事情に踏み込むなという忠告だろう。それはその通りなので、ルツはアイムを軽く睨むだけにとどめた。
 どつき合う様子が仲睦まじく見えたらしい。エノクは微笑ましそうな顔をした。

「そういう君たちは新婚ですか? いいですね」

 またも勘違いされて、ルツは脱力してしまった。

「……だから、なんで夫夫に見えるんだよ。違うっつーの」
「おや、違いましたか。これは失敬。では、他に伴侶がいらっしゃるんですか?」
「いや、いないけど。だいたい、俺はまだ十八歳だ」
「若いですねえ。では、元既婚者の先輩として一つアドバイスしておきましょう。もし、伴侶ができたら。その時は、想いを毎日伝えることが家庭円満の秘訣ですよ」
「へぇ……覚えておくよ」

 いつ、自分が所帯を持つ日がくるのかは分からないが。

「では、これからよろしくお願いしますね。ええと……すみません、お名前をお聞きしてもいいでしょうか」
「俺はルツだ。こっちは従魔のアイム」

 アイムにじろりと睨まれた。

「勝手に紹介しないで。僕は手伝う気なんてないんだから」
「はぁ? お前もあの理屈屋の味方なのかよ」

 思わず眉尻を上げると、アイムは首を横に振り、

「そういうことじゃないよ。ただ、僕はのんびりすることが好きなんだ」
「……つまり?」
「せかせかと動くのは嫌い」

 堂々と言い切った。見事なまでの怠け者申告だった。
 家事を手伝うことが当たり前の貧乏家庭で育ったルツは呆気に取られ、「そ、そうか」としか言えず――医務室になんとも微妙な空気が流れたのだった。

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