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第1章
第6話 滅魔隊の隊長とその従魔
しおりを挟む「ここが滅魔隊支部、か……」
目の前にあるこじんまりした古びた建物を、ルツは見上げた。
王都を発ってから約半月。ゼブルン地方に入り、滅魔隊支部がある街へと、ルツとアイムは到着していた。
「思っていたよりも、小さいな」
「魔の契約を結んだ祓魔騎士はそう多くないだろうから」
それもそうか。
ルツは納得して、扉に手をかけた。
「よし。入るぞ」
扉を押すと、ギィィと音を立てて開く。あまり陽光が差し込まないのか、中は薄暗い。ひんやりとした空気が漂ってくる。
「失礼しまーす」
声を張り上げ、中に足を踏み入れた。と、奥から男同士の言い争う声……いや、片方が一方的に怒鳴って、片方は飄々と答える声が聞こえてきた。
「あなた、バカですか!? こんなもの、経費で落とせるわけがないでしょう!」
「え~? クーちゃんがお腹を満たすためのことなんだから、経費で落とせるでしょ」
「こんなバカバカしいことに、教団の財源を圧迫させるべきではありません!」
「バカバカしくないよ。クーちゃんに必要なことじゃん」
「ただ、あなたが行きたかっただけでしょう!?」
一体、なんの話をしているんだろう。
ルツがひょいと顔を出すと、そこには窓辺の文机にふんぞり返った白茶色の髪の若い男性と、その目の前に立つ銀髪の若い男性がいた。どちらも二十代半ば頃に見える。
(あ、銀髪の方は悪魔じゃん)
いや、正しくは従魔か。おそらく、白茶色の髪の男性の従魔だろう。
なんだか、口を挟みにくかったが、黙って突っ立ったままでいるわけにもいかない。ルツはおずおずと二人に声をかけた。
「あのー、すみません。俺、滅魔隊に所属することになったルツです」
若い男性二人が、ルツを見やる。驚いた様子はなかったので、ルツが入室したことには気付いてはいたようだ。
白茶色の髪の男性が、唐突に大量の紙束をルツに投げて寄越した。なんだと思って、ぱらぱらとめくっていくと――なんと、すべて娼館の領収書の束だった。
「ルツ、お前はどう思う? これ、経費で落とせるよな?」
「え? えーっと……」
「もちろん、落とせるわけがないですよね? ルツ君」
横から銀髪の男性にも同意を求められ、ルツは返答に窮した。二人が話し合っていたのは、このことだったのか。
(どっちに味方すればいいんだ、これ……)
従魔の空腹を満たすための行動なのであれば、確かに経費で落とせるかもしれないが、心情的には銀髪の男性の意見に賛同したい。
「……仮に経費で落とせたとして、恥ずかしくありませんか」
なにせ、一枚や二枚じゃない。こんなに何度も娼館に行きました、と申告するなんて、普通なら嫌だろう。
ルツの返しに、けれど白茶色の髪の男性は意に介した様子はなかった。
「別にどうも思わないな。俺の二つ名からして、当然の行動だし」
「二つ名、というと?」
「『歩く陰部』」
ルツは一瞬、思考停止した。
(歩く陰部、って……)
数々の浮名を流している人、という解釈でいいのか。それにしたって、露骨な二つ名だ。
「……本人が気にしないんなら、申請させたらいいんじゃないの。通るかは知らないけど」
ずっと黙っていたアイムが、話をまとめにかかった。だが、完全に他人事のような口ぶりに、銀髪の男性は猛反発だ。
「この人が気にしなくても、私が嫌ですよ!」
「どうして? 行って致したのはこの人なんでしょ?」
「こんな色魔が私の契約者だなんて思われたくないです!」
「でももう、色魔として立派な二つ名がついてるじゃん」
「それでも、嫌なものは嫌なんです!」
一歩も引かない銀髪の男性に、アイムは嘆息した。
「相変わらず、潔癖だねえ、クロセルは」
「アイムが気にしなさすぎなんですよ!」
ああうん、それは確かに。
思わず頷きかけてから、ルツは目を瞬かせた。
(あれ? なんで、お互いに名前を知ってるんだ?)
アイムも、銀髪の男性も、まだ名乗っていないのに。それになんだか、どちらも顔見知りのような物言いだ。
「おい、二人とも知り合いなのか?」
アイムに声をかけると、アイムは「うん」とあっさり頷く。
「そういえば、言ってなかったっけ。君の先祖が生み出した従魔は、僕一人じゃないんだよ。クロセルもその一人」
「え!? そうなのか!?」
ルツはつい白茶色の髪の男性を見た。ということは、この男性も同じ先祖を持つ人なのか。
ルツの視線を受けて、白茶色の髪の男性はへらっと笑う。
「俺たちは遠い親戚ってことだ。よろしくな、ルツ」
「よろしくお願いします。……ええと」
「あ、悪い。俺はジェフサ。滅魔隊の隊長だ」
白茶色の髪の男性――ジェフサは椅子から立ち上がって、ぽんと銀髪の男性の肩に手を置いた。
「で、改めて。こっちが俺の従魔のクロセル」
「よろしくお願いします、ルツ君。アイムがお世話になっているようで」
柔和に笑う銀髪の男性――クロセルに返答するより先に、アイムが口を開いた。
「別に僕はこいつのお世話になんてなってないよ」
つっけんどんな物言いに、クロセルは片眉を上げた。
「こいつ呼ばわりとはなんですか。契約者でしょう」
「クロセルだって、ジェフサのことをこの人呼ばわりしてたじゃん」
「私たちは付き合いが長いからです。ですが、あなた方はまだ出会ったばかりでしょうに。それに先ほどから、お互いに一度も名前を呼んでいないように思いますが?」
「……名前なんて呼ばなくても、戦えるし」
ぷいとそっぽ向くアイム。今度は、クロセルが嘆息した。
「はぁ……何があったのか知りませんが、名前を呼ぶのは仲を深める第一歩ですよ」
真面目に諭すクロセルに、ジェフサは可笑しそうに笑いながら口を挟む。
「いやいや、クーちゃん。多分だけど、この二人はすっ飛ばして第十歩くらい進んでるよ」
「……第十歩、ですか? どういうことです」
「もうヤってるってこと」
「!」
クロセルはぎょっとした顔をし、即座にアイムを振り向いた。その表情は嘘だろう、と言いたげに引き攣ったものだった。
「ア、アイム? 違います……よね?」
「………」
アイムは答えない。けれど、沈黙こそが是だとクロセルは察したらしかった。しばし呆気の取られていたものの、わざとらしく咳払い一つする。
「コホン。ま、まぁ、それよりも」
つかつかとルツの下へ近付いてきて、大量の紙束を奪い取った。まるで八つ当たりするかのように、ビリビリと引き裂く。ジェフサが「ああっ」と声を上げたが、お構いなしだ。
「こんなふざけたものを経費では落とさせません。自腹を切りなさい」
「ええー、安月給できついのに」
「だったら、行く頻度を控えることですね」
冷ややかな目をジェフサに向けてから、クロセルはルツたちには穏やかに笑いかけた。
「何はともあれ、滅魔隊へようこそ。二人とも」
歓迎の言葉にルツは頬を緩めた。
「はい。ありがとうございます」
クロセルは満足げに頷き、ジェフサを振り向く。
「さぁ、ジェフ。仕事をして下さい。ルツ君に指導するんでしょう」
「あー、うん。それなんだけど」
ジェフサは後頭部を掻きながら、一通の封筒をルツに差し出した。受け取ったルツは開けてもいいものか迷ったが、「開けろ」と促されたので開封した。
折りたたまれた手紙を開くと、そこには、『E級悪魔を確認、祓魔せよ』と書かれてあった。
「いきなりの実戦で悪いが、お前にはこの任務を受けてもらう。すぐ、指定の場所へアイムと一緒に向かえ」
「…っ、はい!」
滅魔隊に所属して初めての実戦。緊張よりも高揚感が上回る。
指令書をぎゅっと握りしめ、ルツは表情を引き締めた。
――人々に害をなす悪魔は、この手で滅する。
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