滅魔騎士の剣

深凪雪花

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第1章

第5話 家族

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 西大陸の大国グロサリオは、王都と十二の地方から成り立っている。ゼブルン地方というのは王都から南東にあり、海に接する海運業で栄えている地方だ。

「ふぅ、馬車って尻が痛くなるよな。お前の力でぱぱっと移動できないのかよ」
「そんな都合のいい魔術はないよ。飛空能力がある悪魔は存在するけど」

 ガタゴトと揺れる箱型馬車の中、ルツとアイムは向かい合うように座って、のんびりと過ごしていた。ちなみにアイムの服装は、王都で現代の服を調達したので、外見の違和感はない。
 歴史書を読んでいるアイムを、ルツはちらりと見た。

「……なぁ、お前さ。よく封印の件を受け入れたな」

 アイムの自己申告によれば、封印されてから五百年は経っているとのこと。そんなに長い間、封印されたままなんて、普通は断らないだろうか。

「もしかしたら、永遠に解放してもらえない可能性だってあっただろ。俺だったら嫌だよ。なんか怖くないか?」

 アイムは歴史書から顔を上げ、不思議そうな顔でルツを見た。

「怖い? どうして?」
「だって、目を覚ましたら知り合いは誰もいなくて、独りぼっちになるわけだろ? 家族と別れて違う時代に一人放り出されるなんて、俺だったら嫌だ」
「君は孤独が怖いんだ」

 核心を突かれた気がして、ルツはどきりとした。しかし、取り繕おうにももう遅い。紫色の双眸は間違いなく動揺を見抜いている。
 逡巡したのち、素直に答えることにした。

「……俺の家族、悪魔に殺されたんだ。ちょうど、この街道で」

 馬車を襲撃したのは、一体の悪魔……いや、正しくは誰かの使い魔。全身が闇のように真っ黒で巨大な狼のような姿をしていた。
 父はすぐに護身用の剣を抜いた。剣術の心得がある父なら、獣の一匹や二匹、難なく撃退できるはずだった。けれど、何故か攻撃は全く通じず――結果的に使い魔であったから――、瞬く間に食い殺されてしまった。
 ルツと兄は、母が庇ってくれたその隙に馬に乗って、その場を逃げ出した。……のだが、使い魔に追いつかれそうになって兄が馬から降り、足止めしてくれたおかげで、ルツだけは命からがら逃げ延びることができた。
 その間の記憶はあまりない。無我夢中で馬を走らせ、気付けば地元に帰ってきていて、ザカライアスの父が使い魔を退治してくれた。事情を聞いたザカライアスの父はすぐに兄の下へ向かったが、そこにはもう……当然ながら、兄の死体しかなかったという。
 その後、未成年だったルツは、保護者となった義姉に引き取られた。

「あの日のことは忘れられねえよ。家族に置いて行かれるのは嫌だ。もう誰も失いたくない」
「だから、祓魔騎士を志したわけだ」
「悪魔は単なる武術じゃ太刀打ちできないだろ。……家族の仇を討つためにも、俺には力が必要なんだよ」

 平穏な日常はある日突然、終わってしまう。
 それが寿命や災害によるものならまだ諦めもつく。だが、家族の件はそれとは違う。個人の力で抗えないほどの理不尽なものでは決してなかった。
 アイムは小首を傾げた。

「っていうか、その時、小瓶は解放できなかったの?」
「多分、俺がずっと持ってたんだと思う。血で解放できるんだろ、あの小瓶。だったら、家族のうち誰かが持っていたら、お前を解放できていたはずだろ」

 ――もしもあの時、小瓶からアイムを解放できていたら。
 今も義姉を含めた家族五人で笑い合う幸せな未来を想像しようとして、けれどルツはすぐにやめた。こんなことを考えても仕方ない。過去は変えられない。
 大切なのは今、そして未来だ。

「……って、急に重い話をして悪い」
「別に。僕からしたら、そういう話は珍しくないし」
「そっか。でもまぁ、ありがとう」

 同情するでもなく、憐れむでもなく、かといって無関心でもない。ああそういうことがあったのか、とただ話を受け止める姿勢が不思議と心の荷を軽くしてくれる。
 不幸自慢したいわけじゃないのだ。労わってもらいたいわけでもない。ただ、話を聞いてほしい。そんな思いを汲んだアイムの反応はありがたいものだった。

「それでさっきの話は? 封印されること、怖くなかったのか」
「封印されてもされてなくても、君の先祖を含めて一緒にいた人間たちとは、いずれ別れる運命だったから。今いる時代だって、封印されていなくても多分、僕は存在していた。僕にとってはただ人生を短縮されただけだ。怖いも何もない」
「短縮、って……」

 さすがにルツは返答に窮した。
 理屈は分からなくもない。悪魔は思念さえあれば、半永久的に生きることができる。寿命がないのだから、アイムにとってはちょっと休眠していた程度のことなんだろう。
 だが、人間であるルツにその感情を理解するのは難しい。どう返すべきか迷っていると、アイムは窓の外を見た。

「僕には……僕たちには、家族なんて概念もない。生まれた時から一人だった。きっと、死ぬ時も一人なんだろうねえ。っていうか、死ぬ時がくるのかさえも分からない。だから、一生封印が解けなくてもそれはそれで構わなかった」

 そう呟く横顔は、どこか寂しげで。
 ルツは胸の辺りが苦しくなった。悪魔の心情なんて、これまで一度も考えたことがなかったから。人間に害をなす悪しき存在か、祓魔騎士に力を貸す善い存在、そのどちらかの認識しかなく、個としての心があることを忘れていた。
 すべてを理解することはできない。それでも、分かち合うことはできるはずだ。

「それなら、俺と家族になろう」
「え?」

 突拍子のない言葉に面食らうアイムに構わず、ルツは真剣な顔で続けた。

「お前は一人じゃない。つらい時は励ますし、悩みがあったらいつでも相談に乗る。困ったことがあったら力を貸すから、だから一人で抱え込むなよ」
「………」

 アイムは毛先を指で弄りながら、俯いた。なんと返したらいいのか分からない……というよりは、なんだろう。反応がおかしい。うっすらと頬が赤い。

(俺、何か変なこと言ったか……?)

 アイムは一人じゃない、家族がいないのなら家族になろう、と言っただけで――。
 そこまで考え、ルツははっとした。

(って、プロポーズの言葉みたいじゃん!)

 しまった。言い方を間違えた。俺と義姉が家族になる、と言うべきだった。
 ルツは慌てて付け加えた。

「ち、違うぞ! そういう意味じゃないから! 俺はただ、俺と義姉さんがお前の家族になるって言いたかっただけで…っ……」

 その釈明を聞いて、アイムもまた勘違いしたと気付いたようだ。顔を真っ赤にして、ほとんど睨みつけるようにルツを見た。

「う、うるさいな! 分かってるよ、そんなこと!」

 嘘つけよ。絶対、勘違いして意識してただろ。
 なんてことは、喧嘩になりそうなので口にはしない。だけどまぁ、少しは可愛げがあるじゃないか。
 アイムはふんと鼻を鳴らして、再び歴史書に視線を落とす。平静を装っているが、まだ僅かに頬が赤い。
 対して、ルツも頬が熱くなっているのを感じながら、視線を窓の外に向けた。
 馬車の中が、なんとも形容し難い雰囲気に包まれる。
 とはいえ、ほんの少しだけ、アイムとの仲が近くなった気がした。

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