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序 章
第4話 小瓶に封印された従魔4
しおりを挟む肩で息をしながら虚空を見つめるアイムを、ルツはそっと抱き締めた。
「大丈夫か、アイム」
「……いいから、どいて」
情事の余韻もあったもんじゃない。やっぱり、可愛げがない。
改めて思いながら、ルツは身体を離した。寝台から下り、クローゼットから新しい下着や衣服を取り出して着替える。
一方のアイムは裸体のまま、寝台に寝転がってルツに背を向けていた。だから、どんな表情を浮かべているのか、ルツには分からない。
「満腹になったのか?」
「……それなりに」
ほっとした。そうでなければ、抱いた意味がない。
でも。
(……男相手に欲情して抱いたのか、俺)
同性愛に偏見があるわけではないものの、いざ我が身に降りかかると話が違うというか、なんというか。なんとなく、陰鬱な気分だ。
そこへ、自室の扉がコンコンとノックされた。
「ルツ、起きた?」
ザカライアスの声だ。寝たふりをしようかと思ったが、あろうことか勝手に扉を開けられそうになったので、ルツは慌てて戸口へ向かい、少しだけ扉を開けた。
「起きてるよ。おはよう」
「おはよう。……どうして扉が半開きなんだい」
「ちょ、ちょっと、部屋が散らかっててさ」
「……ふーん。ところで、腕の傷はもう大丈夫?」
ルツは目を瞬かせた。え、なんで知っているんだ。
そんな疑問が顔に出ていたらしい。ザカライアスは気遣わしげな表情をした。
「昨日の夕方、空き地でルツが気絶していたところに居合わせたんだ。そこに例の従魔の彼もいるんだろう?」
「え、あ、……おう」
まさか、ついさっきまで交合していたとは言えないが。
それにしても、ザカライアスがあの後、居合わせていたのか。となると、学生寮のこの部屋まで案内したのはザカライアスだろう。言われてみると、アイムが学生寮の自室の場所を知っているはずがない。
「居合わせたって、俺に用でもあったのか?」
「ああうん。実はシモンさんが顔を出したから、ルツを呼びに行ったんだ」
「へぇ、シモンさんがきてたのか」
シモンは元祓魔騎士で孤児院を経営している老人だ。ルツたちの地元で剣術道場も開いており、ルツたちはそこで剣術の腕を磨いた。つまりは師匠だ。
「昨夜、帰っちゃったけどね。それよりも、ルツが無事でよかったよ。一体、誰が使い魔を放ったのか……学校で調査中だ」
――悪魔。従魔。使い魔。
これらはどれも根本的には同一の存在だ。ただ、悪魔は人々に害をなす存在、従魔は祓魔騎士に力を貸す存在、使い魔は魔の契約を結んだ人間が生み出した存在、という風に呼び分けられている。
「そうなのか……っていうか、なんで使い魔だって分かるんだ? 悪魔かもしれないじゃん」
怪訝な顔をするルツに、ザカライアスは苦笑いだ。
「ルツ、座学で習ったはずだろう。悪魔は……従魔もだけど、単体では人間に危害を加えられないんだよ。あくまで人間に力を与えるだけで。その点、使い魔は魔術によって具現化した存在だから人間に攻撃できる。だから、ルツの腕に怪我をさせられたということは、使い魔だっていうことだ」
「――君、そんなことも知らなかったの?」
背後からアイムの声が上がって、ルツはぎくっとした。まさか、裸体のままなんてことはないだろうな、とちらりと視線を向けると……よかった。きちんと衣服を着ている。
「う、うるさい。俺は悪魔を倒せたらそれでいいんだ」
「何その脳筋の言い訳。祓魔の基本知識くらい身に付けなよ」
「彼の言う通りだよ。ルツはもう祓魔騎士なんだから。あ、そうだ。ルツ、卒業おめでとう」
にこやかに笑うザカライアスに、ルツは硬直した。……卒業おめでとう?
ダラダラと冷や汗が背中を流れた。
(バ、バレてる!? アイムを抱いたこと!)
え、え、なんでだ。どうしてバレた。
「ち、違う! あれは不可抗力だったんだ!」
慌てふためくルツに対し、ザカライアスはきょとんとした。
「え? 不可抗力って?」
「いやだから、こいつを抱いたのは、腹が減ったっていうから仕方なく……!」
必死に釈明すると、ザカライアスは「ぷっ」と吹き出した。声を立てて笑う。
「ふっ、あっはっは! ルツ、違うよ。そういう意味じゃない。僕が言ったのは、『神学校の卒業おめでとう』だ」
「え……?」
「ルツは従魔と契約を結んだんだろう? これからは祓魔科じゃなく、滅魔隊で直接指導を受けることになるから、だから卒業おめでとう、だよ。でもまぁ、そういうことならそっちも卒業おめでとう。ふははっ」
可笑しそうに笑う幼馴染を、ルツは顔を真っ赤にして睨みつけた。
「ややこしいんだよ、お前は――――っっ!」
魔の契約を結ぶと、悪魔や従魔は契約者からあまり遠くに離れられない、らしい。
というわけで。
「可愛い……」
「あんなに可愛いんなら、男でもいけるかも」
「っていうか、あいつら、もうヤったみたいだぞ。隣室に声が聞こえてきたって」
「マジ!?」
ひそひそと話す学友たち。
アイムを連れて食堂にきたルツは、平静を装って朝食を食べているが……なんだこれ。公開処刑にでもあっている気分だ。
(バレてるんじゃねえか……!)
よくよく考えたら、学生寮は壁が薄い。最中のアイムの喘ぎ声が、隣室には筒抜けだったようだ。
そのアイムは、といえば。ひそひそ話などどうでもよさそうな表情で、窓からヒースの花が咲く花壇をぼんやりと見つめている。その手の羞恥心はないんだろうか。
(やっぱり、可愛げがないな、こいつ)
アイムの場合、隣室の神学生たちに喘ぎ声が聞かれたっていうのに。少しは恥ずかしがるとかしろよ、と心中で突っ込みつつ、ルツはさっさと朝食を食べ終えた。
「おい、行くぞ」
「うん」
食器をカウンターに返して、食堂を出てすぐのことだ。四十路の担任教師ノアムが、穏やかな笑みを浮かべて声をかけてきた。
「ルツ君、おはようございます。お怪我は大丈夫ですか」
「おはようございます。はい、平気ですよ、この程度の怪我」
「はは、そうですか。ザカライアス君から事情は聞きました。ルツ君を襲った使い魔については現在調査中ですが……ルツ君も従魔の彼と契約を結んだそうですね」
ノアムの優しげな目が、アイムを見下ろす。
「アイム君、といいましたか。ルツ君のことをよろしくお願いしますね」
「……僕の力を使いこなせるかどうかは、こいつ次第だから」
「ふむ。なるほど、確かに。では、そのように導いてあげて下さい。――それでルツ君、今後のことですが」
ノアムは表情を引き締め、真っ直ぐルツを見た。
「従魔の扱いは祓魔科では教えられませんので。滅魔隊に所属して、直接指導してもらうことになります。今週中に荷物をまとめて下さい。来週には、馬車でゼブルン地方へ行ってもらいます」
ザカライアスが言っていた通りだ。しかし、一つ気になっていたことがある。
「あの、ノアム先生。その滅魔隊って……祓魔騎士の隊とは違うんですか」
「いえ、違いませんよ。祓魔騎士が所属する隊の一つです。――ただ」
ノアムはそこで一旦言葉を区切ってから、言った。
「滅魔隊は魔の契約を結んだ祓魔騎士、別名――『滅魔騎士』が所属する隊のことです」
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