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序 章
第2話 小瓶に封印された従魔2
しおりを挟む家族が殺された日のことは、はっきりと覚えている。両親と七つ年上の兄と、旅行に出かける道中のことだった。
『姿が見えなくとも、神様は俺たちのことを見守っているんだよ』
『そうね。だから日頃の行いがよければ、たくさんの加護と祝福を与えて下さるわ』
二言目には「神様」「加護」「祝福」を口にしてばかりだった両親。
両親の信心深さは、好きでも嫌いでもなかった。そんな心優しく頼もしい神が存在するのなら、ありがたいなぁと思うくらいで。
(神の加護も祝福もない。俺は信じない)
己に言い聞かせるように、ルツは何度も心の中で繰り返す。
あれだけ祈りを捧げていた家族が死に、ろくに敬っていないルツだけが生き残ったことが何よりの証拠じゃないか。
家族は教団の教えに裏切られたのだ。そうでなければ、納得できない。
決して、神に見捨てられたのだとは思いたくなかった。
「……帰るか」
小瓶を開封できない以上、もう退学を免れる手立てはない。兄の嫁である義姉の反対を押し切ってまで王都にきたのに、一ヶ月で退学になったと地元に帰ったら、どんな顔をするだろう。
……きっと、呆れたような、でも少し嬉しそうな顔をして、温かく出迎えてくれるに違いない。そう思ったら、なんだか気持ちが軽くなった。
短い学生生活だったけど悪くなかったな、と小瓶を拾って空き地から出ようとした時だ。
ふと視線を感じた気がして、ルツは足を止めた。何気なく右方を振り向くと、
「っ!?」
咄嗟に体を仰け反らせたルツの目の前を、黒い何かが横切る。離れた場所に軽やかに着地したのは、狼のような黒い獣だった。
(悪魔!? なんでこんなところにいるんだ!?)
多くの人々が集まる王都には、確かに悪魔を生む負の思念が絶えず渦巻いている。しかしそれゆえ、悪魔の発生を防ぐために祓魔騎士が定期的に空気を浄化しているのだ。
清らかな思念は悪魔の力を削ぐ。そのため、祓魔騎士は外部から悪魔の侵入を阻む役割も併せ持っていた。
とはいえ、それも絶対ではない、ということか。
「くるんじゃねえよ!」
鋭い牙を覗かせ飛びかかってきた悪魔を、ルツは剣を抜いて応戦する。しかし、悪魔に通常の物理攻撃は効かない。斬り伏せようとしても、刃が悪魔の体に入らず弾かれる。
「ぐあ…っ……!」
弾き飛ばされたルツの腕に悪魔の牙が突き刺さった。すぐに振り払ったが、傷口からどくどくと血が流れて手首を伝い、地面に赤黒い雫が滴り落ちる。
痛い。焼けるような痛みだ。
――と、ポケットからするりと小瓶が落ちた。
ぽちゃん、と小瓶が血だまりに落下して、血に触れた瞬間。
強烈な閃光が視界を明るく染めた。咄嗟に腕をかざし、目を庇う。
(な、なんだ!?)
数十秒して光は収まった。そろそろと腕を下ろすと、目の前に立っていたのは――可愛らしい顔をした小柄な青年だった。肩まで伸びた桜色の髪を風に揺らし、鮮やかな紫色の瞳をすっと背後の悪魔に向ける。
「誰かの使い魔に襲われているようだね」
ルツは目をぱちくりとさせた。……誰かの使い魔? え、俺は誰かに殺されそうになってるのか?
青年は再びルツを振り向いた。
「君が望むのなら、力を与えるよ」
力を与える。
この青年は姿こそ人間だが、先祖が生み出した従魔、なのだろうか。
青年に聞きたいことはたくさんあった。だが、まずはこの窮地を脱することが先決だ。ルツは迷わず即答した。
「俺に力をくれ!」
「了解。君と魔の契約を結ぼう」
青年の人差し指が、とん、とルツの額を小突く。その瞬間、ぶわっと黒い粒子が足元から巻き起こって、かと思うと、目の前から青年の姿が消えた。
「え? お、おい、どこに行ったんだ!?」
剣を握ったまま、慌てて声を張り上げると、脳内に直接声が響いた。
《君の剣に宿ってる。――それより、くるよ》
はっとして顔を上げると、眼前に使い魔の鋭い牙が迫っていた。
険を構えたものの、ふと思う。……契約を結んだのはいいけど、どうやって戦うんだ?
頭に疑問符を浮かべるルツに、青年の声が導く。
《欲望をたぎらせて》
「欲望?」
《そう。君は悪魔が憎いんだろう?》
悪魔が憎い?
それはそうだ。だって、悪魔に大切な家族を奪われた。
(家族の仇を討つために、俺は)
ぎゅっと、剣の柄を握る手に力を込める。『憤怒』という名の悪魔への怒りが全身を支配した時、体が自然と動いていた。
「炎魔の初剣【焔斬り】!」
剣が緋炎を纏う。燃える剣を振り下ろし、使い魔の胴体を真っ二つに斬り伏せる。
使い魔は断末魔を上げ、黒い粒子となってその原型を崩した。悪魔は負の思念の塊だ。実体があるようで実体はない。滅せられたら、後には何も残らない。
黒い粒子は、風に紛れて消えていった。
「怪我、大丈夫?」
気付いたら、青年がまたひょっこり姿を現していた。気遣わしげなその表情に、ルツは「このくらい平気だ」と顔をしかめつつ、強がって返した。
青年は「そう」と相槌を打ちながらも、自身の衣服を切り裂いて、その布切れでルツの流血した腕を締め上げた。苦痛に顔が歪んだが、止血されたことでほっと安堵する。
使い魔は消え、青年も敵ではない。
安心した途端に、全身から力が抜けた。
「え、あ、ちょっと……」
耳元に響く高い声が心地いい。
傾いだ体を受け止めた青年の温もりを感じながら、ルツの意識は遠ざかっていった。
差し込む朝日と小鳥のさえずり。
ゆるゆると目を開けると、見慣れた天井が視界に映る。寝ぼけまなこで寝台の端にある置き時計を見やれば、まだ朝の五時だった。
朝食は七時からだ。もう一眠りしよう、とルツは再び布団に潜りこむ。
「ちょっと。二度寝しないでよ」
険のある声が空から降ってきて、ルツはぎょっとした。
慌てて飛び起きると、すぐ右隣にストロベリーブロンドの青年が椅子に座っていた。足を組んでルツを見下ろす双眸には、呆れの色がある。
「部屋まで運んであげたのに、お礼の一つもないわけ? いい御身分だね」
「えーっと、あんたは……」
誰だったろう。少なくとも、神学校では見たことのない顔だ。
そんな戸惑いを察したのか、見慣れぬ青年は答えた。
「アイム」
「え?」
「僕の名前だ。君の先祖が生み出した従魔だよ。君は小瓶の封印を解いたんだ。魔の契約を結んだことを覚えてない?」
「魔の、契約……」
徐々に昨日の記憶がよみがえってきて、ルツは反射的に腕を見た。止血するための布が巻かれている。使い魔に襲われたことは夢じゃ、ない。
でも。
「小瓶の封印を解いたってどうやって……」
「血だよ。小瓶に君の血が触れたことで、封印が解除されたんだ。あれはそういう仕組みになってる」
聖なる力で解除する仕組みでは、子孫でなくとも容易に解放できてしまう。ゆえに、他者の悪用を避けるため、封印を施した先祖は自らの血筋を解除条件にしたのだとか。
「というわけで、これからよろしく。それで君の名前は?」
「俺は……ルツ」
「そう。ルツ、ね。ねぇ、――お腹が空いた」
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