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序 章
第1話 小瓶に封印された従魔1
しおりを挟む神に祈りを捧げよ。さすれば、汝に大いなる加護と祝福がもたらされるだろう。
バカバカしい教えだと思う。ルツは生まれてこの方、神を信じたこともなければ、敬ったこともない。
だが、家族は違った。心から神を信じ、敬い、毎日祈りを捧げていた。
教団の教えの通りなら、大いなる加護を受けていたはずの家族。けれど、その家族は半年前に悪魔に襲われ、呆気なく死んでしまった。
信心深かった家族は亡くなり、信仰心の欠片も持たないルツは今も生きている。
これが現実だ。神の加護も祝福も、この世には存在しない――。
***
秋を迎えた王都の空は、青く澄み渡っている。残暑が厳しいこの季節、まだまだ強い陽射しがこの日も容赦なく王都に降り注いでいた。
入学式を終え、新学期が始まった神学校。新生活に胸を弾ませる神学生が多い中、赤毛の青年――ルツはこの世の終わりのような顔をして、中庭のベンチで頭を抱えていた。
「ううっ……月末まであと一週間……!」
やばい。
非常にまずい。どうにかしないと、このままでは。
「うおぉぉぉ、退学になっちまう……っっ!」
「……まぁ、なんていうかさ。不信心なのに、祓魔騎士になりたいっていうのが、そもそもの間違いっていうか、無茶苦茶っていうか」
ルツの隣に座る金髪の青年が、苦笑いで突っ込みを入れた。
「不信心の祓魔騎士なんて聞いたことがないよ。すぐに退学になると分かっていて入学させるなんて、先生方もひどいよね」
「おい、ザック! 退学になるのを前提に話すなよ!?」
幼馴染なら知恵を貸せ、とルツが口を尖らせても、金髪の青年――ザカライアスは、肩を竦めるだけだった。
――祓魔騎士。
聖なる力をもって魔を祓い、人々に害をなす悪魔を滅する聖職者。
怒り、憎しみ、妬み、悲しみ。そういった負の思念を源とする力のことを『魔』と呼ぶ。そして、『魔』が寄り集まると自我が生まれ、具現化することがある。それが悪魔と呼ばれる存在だ。
ルツは半年前に家族が亡くなった一件から、祓魔騎士を目指していた。つい最近、王都の神学校に進学して念願の祓魔科に入学を果たしたものの、入学して半月ほどで早くも退学の危機に陥っている。
と、いうのも。
『祓魔騎士になるためには、神と契約してもらう必要があります。あるいは自分が生み出した従魔でも構いません。とにかく、悪魔に対抗する手段を得ること。それが最初の課題です』
祓魔騎士の聖なる力は、神と契約を交わすことで与えられる。ゆえに信仰心を持っていなければ聖なる契約を結ぶことができず、祓魔の力を得ることはできない。
祓魔科では、実技が重視される。危険で特殊な職業であるために、実力主義にせざるを得ない。入学するより卒業する方が難しい、それが祓魔科だ。
『もし、月末までに済ませられない方は、残念ですが退学とさせていただきます――』
そんなわけで、不信心のルツは聖なる契約を結べず、かといって従魔を生み出せるわけでもなく、まさに崖っぷちというわけだった。
その点、幼馴染のザカライアスは問題なく課題をクリアしていた。祓魔騎士の家系に生まれた品行方正な優等生であるザカライアスは、先日、神と聖なる契約を結んだばかりだ。
ルツはぐしゃりと髪を掻きむしった。
(……もうこうなったら、仕方ねえ。アレを使うしかない)
半年前のあの日、誓ったのだ。祓魔騎士になって家族の敵を討つと。
すべては復讐のために、ルツは祓魔科に入学した。祓魔の力は絶対に手に入れてみせる。このまま、すごすごと退学になるわけにはいかない。
覚悟を決めてぐっと顔を上げたルツを、ザカライアスは不思議そうな顔で見つめていた。
ルツの家には、代々ひっそりと受け継がれてきた小瓶がある。
『この小瓶にはね、とっても強い従魔が封印されているんですって。何かあったら解放しなさい。きっとルツを助けてくれるはずだから』
それが、亡き母から聞いた言い伝えだ。
かつて、先祖が生み出した従魔が封印されているのだという。子孫の力となるべく受け継がれてきたものだそうだ。
小瓶を開封していいのは、命の危機が迫った時のみ。――なのだが。
(ごめん、母さん。これしか方法がないんだよ)
従魔が手に入れば、ひとまず退学を回避できる。聖なる契約を結べない以上、ルツにはもうこの選択肢しか残されていない。
夕焼けに染まった空の下、神学校の裏にある空き地にやってきたルツは、小瓶をじっと見下ろした。一見、なんの変哲もないただの小瓶だが、先祖代々受け継がれてきたものだ。本物なのは間違いない。
どんな従魔が封印されているんだろう。
不安と期待が入り混じった胸をドキドキさせながら、ルツは小瓶を力いっぱい地面に叩きつけた。小瓶は粉々に割れ、従魔が解放される。……はずだった、のだが。
(は!? 割れてない!?)
あれだけ強い衝撃を与えたにも関わらず、小瓶は無傷だ。何度地面に叩きつけても、足で踏みつけても、医師で叩き割ろうとしても、ヒビ一つ入らない。
息を切らしながら、やがて一つの結論に辿り着いた。
(……もしかして、聖なる力じゃないと解放できない、とか?)
ありえないことではない。聖なる力で従魔を封印しているのだから、解放するのにも聖なる力が必要だというのは、むしろ当然の仕組みといえる。
――終わった。
ルツはどさっとその場に座り込んだ。
なんてことだ。ここでもまた、聖なる契約が邪魔をする。そんなにも神を敬わなければ、祓魔騎士になれないのか。
神なんてただの力の塊だ。神の加護も祝福も存在しない。
だって。
「……加護が与えられるんなら、なんであの時、俺の家族を助けてくれなかったんだよ」
ぽつりとこぼれた呟きが、誰もいない空き地に虚しく響いた。
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