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第19話 ボランティア2

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 そうして始まったボランティア活動の日々。
 俺の指導は、ありがたくも分かりやすいと好評で、俺が出勤する日はみんな真面目に勉強に励んでくれる。――たった一人を除いては。

「こら、テディ君。今は勉強の時間だよ。みんなと一緒に勉強しなきゃダメだ」

 俺は少しきつく叱るけど、勉強が大嫌いな問題児テディ君は、どこ吹く風だった。

「ふん、勉強なんてなんの役に立つんだよ」
「買い物をする時の計算とか、外国の本を読む時とか、覚えていたら役に立つことはあるよ。何よりも、将来の選択肢が広がる」
「あっそう。俺は別に一人で買い物できるし、外国の本なんて読まない。将来だって、母ちゃんの食堂を継ぐから問題ないな」
「い、いや、他にも役立つことはたくさんあって……」

 うう、勉強をするべき理由をきちんと説明できない自分が情けない。俺、前世で小学校教諭を目指していたのに。

「先生、テディのバカのことなんて放っておいたらいいですよ」
「そうそう。こいつ、大の勉強嫌いですから」

 テディ君の同級生からそんな声が上がる。いや、放置するなんてダメだよ。きちんと勉強させないと。それが俺の仕事でもあるわけだし。
 うーん、どうしたらいいんだろう。
 教室の開いた窓から、さわさわと初秋の風が吹き込む。そう、俺がボランティアを始めてからもう二ヶ月経つんだ。まだまだ残暑は厳しいけど、季節は秋に変わりつつある。
 テディ君に頭を悩ませながらも、その日のボランティアを終えて。俺は迎えにきてくれたローレンスと家路についた。

「――っていうことに悩んでるんだ。どうやったら、勉強を好きになってくれるかなぁ?」

 得意不得意はあるにせよ、勉強が好きだった俺には、勉強嫌いのテディ君の気持ちが正確には推し量れない。学校は勉強だけがすべてではないけど、それでも勉強をしておいて損することはないと思うんだよな。

「その子は、授業についていけないから、勉強が嫌いという感じなのか?」
「あ、いや。それがさ、最低限の勉強はできるんだよ。ただ、本当に勉強が嫌いだから、必要以上に勉強しないって感じ」
「ほう……」
「勉強した方がいい理由をろくに答えられなかった自分が情けないよ。家に帰ったら、勉強するべき理由についてもっとよく考えてみる」
「そうか。それはそれでいいことだと思うが……今の悩みを解決したいのなら、その子が何故、勉強嫌いなのかの根本的理由を考えるべきじゃないか」

 俺は目を瞬かせた。――何故、勉強嫌いなのかの根本的理由?

「どうしてって、そのままの通り、勉強が嫌いだから……じゃないのか?」
「相手の言葉を素直に受け取ることはリアムの魅力だとは思うが、誰もが素直な心情を言葉にするわけじゃない。もしかしたら、勉強嫌いというのは、何か目的を達成させるためについている嘘という可能性もある」
「何か目的を達成させるための嘘……?」
「そう。たとえば、忙しい両親の気を引きたくてわざと学業を疎かにしている、とか」

 ローレンスのたとえ話は、俺には全く思いつかなかったもので、俺は目から鱗だった。両親の気を引きたくて、わざと問題児のふりをしている。そういえば、そういう子もいるって大学で学んだことがあったような。

「……ありがとう、ローレンス。俺、明日、その子の親と話してみるよ」
「そうするといい。なんだかもう、ボランティアの領分を超えているような気もするが」
「領分とか関係ないよ。俺は……ただ勉強を教えるだけじゃなくて、子供と親の架け橋にもなりたい。子供たちが健やかに育つように」

 だって、子供を大人が守ってやらなくて誰が守るんだ。
 俺は家庭教師のノリでボランティアをしていたけど、子供たち一人一人ともっと向き合うべきなのかもしれない。その子の家庭環境とか、悩みとか、きちんと知って力になりたい。俺が目指していた、小学校教諭のように。
 リアムは立派だな、とローレンスは僅かに表情を緩ませた。
 その後は他愛のない雑談をしながら家に帰った。オリビアさんが作り置きしてくれた遅めの夕食をいただき、シャワーを浴びてから、就寝時間まで広間でローレンスと過ごす。これが最近の俺のルーティンというか、日常だ。
 ソファーにローレンスと隣り合って座り、のんびりとしていると。

「そういえば、ノゾム。まだ口外はしないでほしいが。陛下と正婿殿下との間にお子が恵まれた」
「え! マジ?」
「ああ。だから、冬の生誕祭には正婿殿下は参加されないようだ」
「そっか、お腹の子に何かあったら大変だもんな」

 国王陛下についに世継ぎができた、か。おめでたい話じゃないか。無事に生まれてきてほしいもんだよ。ちゃんと想いを通わせたんだな、ヒロインたち。よかった。
 と、ローレンスはぽつりと言った。

「……ノゾムは子供がほしいと思うか?」

 子供がほしいか。ローレンスとの間に、という意味だろう。
 俺は頬を赤らめて、視線を絨毯に落とした。

「う、いや、まだそこまで考えてない……」
「そう、か。そうだよな。すまない。ただ、オメガとしての本能でほしいと思うものかと、少し気になって聞いただけなんだ。忘れてくれ」
「うん……」
「そろそろ寝よう。夜更かしは体に悪い」

 というわけで、二階のそれぞれの自室に戻った俺たち。俺は寝台にごろりと仰向けに寝転がって、天井を見上げた。
 ……ローレンスは早く子供がほしいのかな。子供好きそうには見えないから意外だ、といったら失礼かもしれないけど、聞かれた時は内心びっくりしてしまった。
 言われてみると……俺、もう何ヶ月もローレンスのことを待たせているんだよな。待っている身からしたらつらいはずだよなぁ。
 でも、だからって、好きになっていないのに好きだなんて最低な嘘は、もう絶対につきたくない。だから、待っていてもらうしかない。
 どうやったら、恋に落ちるものなんだろう。前世の俺の初恋は保育園の先生だったけど、幼すぎる時の経験だからさっぱり覚えていない。
 ……いや、今はテディ君のことだな。親御さんと話して、解決の糸口を掴めたらいいけど。
 あれこれ思案を巡らせた俺は、気付いたら夢の世界へ旅立っていた。

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