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フォカロルの一時帰国(冬)2
しおりを挟むそれでもグレモリーの下へ連れて行くと、礼儀正しく挨拶してくれたものだから、外面のよさはセーレ譲りかもしれない、とセーレは半ば感心しながら思う。
そしてそれはグレモリーも同様で、穏やかな笑みを口元に称えてフォカロルに挨拶した。
「初めまして。妹のグレモリーです。兄がお世話になっています」
「初めまして。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。セーレさんの夫のフォカロルです。私の方こそ、お兄さんには支えてもらっていますよ」
フォカロルの受け答えもそつがない。二人はしばし一般的な挨拶を交わした後、グレモリーが楽しげにセーレについて言及した。
「兄は生真面目でしょう? お堅すぎて息苦しくはありませんか」
「そんなことはありませんよ。真面目なのはお兄さんのいいところですから。それにそんなセーレさんをからかうのも楽しいですしね」
「あら、ふふふ。兄のことをよく分かってくれていますね。職場結婚とのことですが、兄のどのようなところに惹かれたんですか?」
セーレはぎくりとした。返答次第で偽装結婚だと見抜かれるのではないかという恐れと、後は……単純にフォカロルがどう答えるのか聞くのが怖かった。
さて、どう答えるのだ。アスタロトの世話を焼くふりをして、聞き耳を立てていると、口の上手さはさすがといったところだろうか。フォカロルは軽やかにかわした。
「ははっ、それはセーレさんと俺だけの秘密ですよ」
グレモリーは「まあ! 素敵」と目を輝かせていたが――一体、何が素敵なんだろう――、セーレは心中では落胆した。
(……まぁ、そりゃあ答えられるはずがない、よな)
自分たちは偽装夫夫。互いに惹かれ合って結婚したわけではない。フォカロルは上手く言葉を濁した方だろう。
頭では分かっているものの、現実を突きつけられたようで胸が痛い。もちろん、それを表に出すことはなかったけれども。
「そうだ、お兄ちゃん。お母さんにも二人を紹介してきたら?」
いいことを思いついた、といった顔で言うグレモリーにセーレは困惑した。
「紹介って、母さんは亡くなっているだろ」
「もう、真面目なんだから。三人でお墓参りしてきたら、ってことだよ。天国のお母さん、きっと喜ぶよ」
「そう、か?」
確かに亡き母の墓参りは久しくしていない。二人を紹介するというのはともかく、たまには顔を出すべきかもしれない。
「そうだな。行ってくるよ。フォカロル、アスタロト、構いませんか?」
二人に伺いを立てると、どちらも快く了承してくれた。墓参りをするのなら花束を用意していくべきだろうということで市街地へ行き、花束を購入してからセーレの転移魔術で墓地へ移動した。
小高い丘の上にある、春ならばミモザの花畑が広がる墓地だ。今はうっすらと雪が積もっている。訪れるのが久しぶりすぎて亡き母の墓を見つけるのに少し時間がかかったが、なんとか見つけ出すことができた。
「アスタロト、ここに花束を供えて下さい」
「はーい」
言われるがまま、アスタロトは花束を墓の前に置く。
「このおはかが、おとうさんのおかあさんのおはか?」
「そうですよ。アスタロトにとっては、お祖母ちゃんのお墓です」
「ふーん。どういうひとだったの?」
どういう人だったのか。思い返せば、いつも優しい微笑みを浮かべていた、けれども怒るときは厳しい人だったように思う。
「そうですねぇ……怒ると怖いけれど、普段は優しい人でしたよ」
「へぇ、なんだかおとうさんみたいだね!」
その言葉は思った以上に嬉しかった。亡き母のような親になれている。そのことにことのほか安堵した。
「セーちゃんの家は母子家庭だったんだっけ?」
口を挟んだフォカロルの問いに、セーレは眉をハの字にした。
「……厳密には母子家庭ではありません。確かにほぼ母子家庭状態でしたが」
「え、どういうこと?」
「私の父は、私が五歳の時でしょうか。よそに女を作って、家を出て行ったんですよ。ですから、離婚届けを出していないので離婚してはいなかった、という意味です」
「……そうなんだ。大変だったね」
両親の下で育ったフォカロルからしたら、片親家庭というのは苦労していそうに思うのだろう。いや実際、亡き母は女手一つでセーレたちを育てて苦労したと思うが、父親に関してはいなくなってよかったと思っている。酒に溺れてろくに働かず、セーレたちに手を上げるようなろくでなしだったから。
「フォカロル。あなたは以前、どうして私が敬語口調なのかを聞きましたよね」
「あ、うん」
セーレはそっと目を伏せた。
「これは私なりの戒めなんです。私はあのろくでなしの血を引いている。だから、あのろくでなしのようにならないように、と」
あの父親の血を引いていることが、セーレには一番怖い。
もし、酒を飲んで依存してしまったら。もし、アスタロトに手を上げてしまったら。考えたらキリがないほど、父親と同じ道を辿ることが恐ろしくて仕方ない。
心中を吐露するセーレの頭を、フォカロルがぽんと軽く叩いた。
「セーちゃんの親を悪く言うのもあれだけど……前にも言ったでしょ。セーちゃんはちゃんとアスタロトを育ててくれてるって。それはその父親を反面教師にできてるってことだよ」
「……だと、いいのですが」
「大丈夫。セーちゃんはその父親のようにはならないよ。だって、誰よりもアスタロトのことを可愛がって大切に思ってるんだから。お義母さんと同じようにね」
諭すように語るフォカロルの声音は、温かくて優しくて。氷のように押し固めていた自制心が溶かされていく。
つい涙がこぼれそうになるのを堪えて、亡き母の話に戻した。
「……まぁ、ともかく。そんなわけなので、母は苦労していたと思います」
もっと真っ当な男性と結婚していたら。そうしたら、亡き母は幸せになれていたのではないだろうか。大人になった今はそう思う。
けれど、フォカロルは「うーん」と考え込んだ。
「それはちょっと違うんじゃないかな」
「え?」
「お義母さんは幸せだったと思うよ。セーちゃんとグレモリーちゃんっていう、二人の子宝に恵まれて毎日を過ごして。もちろん、女手一つで育てるのは大変だったと思うけど……セーちゃんだって、アスタロトを育てるのが苦労だとは思わないでしょ?」
セーレは虚を突かれた。
それは……確かにそうだ。赤ん坊の頃からほとんど一人でアスタロトを育てているが、大変だと思っても苦労しているとは思わない。アスタロトが笑ってくれるだけで、心は幸福感で満たされる。
亡き母も……そうだったのだろうか。セーレたちの存在が、亡き母を幸せにできていたのだろうか。少しでも親孝行をできていたらいいな、と思う。
「……ありがとうございます、フォカロル」
なんだか、大切なことを気付かせてもらった気がする。亡き母の人生が不幸だったように思うのは、懸命に人生をまっとうした亡き母に対してきっと失礼なことだ。
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