偽装結婚の行く先は

深凪雪花

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フォカロルの一時帰国(冬)1

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 それから三ヶ月経ち、冬を迎えた煌魔国。王都の街並みにはうっすらと雪化粧が施されており、吐息も白い。
 凍った地面をアスタロトは恐る恐る歩いていたが、努力も虚しく派手にすっ転んだ。泣くだろうかと思ったが、予想に反して滑る感覚が面白かったようで声を立てて笑う。
 そのことにほっとしつつも、セーレは眉尻を下げた。

「大丈夫ですか、アスタロト」
「うん。つるつるすべって、たのしい」
「お、じゃあ、俺の休暇中にスケート場へ行こうか。スケートは楽しいぞ」

 アスタロトを真ん中にして、セーレとフォカロルはそれぞれアスタロトと手を繋ぎ、王都の街を歩いているところだ。一時帰国してきたフォカロルを迎えに行った、帰路だった。
 今日は家族三人で年末を過ごす。年明けは義実家へ顔を出す予定だ。グレモリーが開発した少子化対策の薬が正式発売されたということで、フォカロルが義両親にアスタロトを紹介したいと言ってきたからだ。
 セーレは二つ返事で了承した。セーレの方も、四天王内でのけ者状態だったマルバスや、職場にアスタロトの存在をすでにカミングアウトしており、フォカロルとの間に授かった子供だということは、少し気恥ずかしさはあるものの、知られるのが嫌だという感情はもうなくなっていたからだ。
 そんなわけでその日は家族三人、アパートで穏やかに過ごした。

「アスタロト、眠ったよ」
「そうですか。ありがとうございます」

 寝かしつけてくれたフォカロルに礼を言うと、フォカロルは不思議そうな顔をしてリビングのソファーに座っているセーレの隣に、腰を下ろした。

「セーちゃん、何を編んでるの?」
「アスタロトの帽子ですよ。マフラーは間に合ったんですが、帽子は時間がかかってしまって」
「そういや、毎年編んであげてるよね。……いいなぁ」

 ぽつりとこぼした言葉にセーレは目をぱちくりとさせる。フォカロルは失言だと思ったのか、慌てて「あ、いや……!」と言葉を濁した。

「あなたも編んで欲しいんですか?」
「う……」
「次に会うのは春でしょう。冬は終わっていますよ」
「だ、だよね」

 心なしかしょんぼりとしているフォカロルにセーレはくすりと笑い、付け加えた。

「来年の冬には編んであげますよ」
「え! 本当!?」

 ぱぁっと顔を輝かせるフォカロルの反応が、なんだかくすぐったい。本当に喜んでいるのが伝わってきて、ほっこりとした気分になる。

「来年が楽しみだなぁ。もうすぐ今年の冬、になるけど」
「そうですね。今年ももうすぐ終わりですか。早いものですね」

 アスタロトも夏には四歳になる。赤ん坊だったアスタロトが、もうこんなに大きくなるとは実に感慨深い。このまま、あっという間に成長して成人するんだろうな、と思う。
 そんなことを思いながら帽子を編んでいると、ふとフォカロルが口を開いた。

「……あの、さ。セーちゃん」
「なんです」
「やっぱり、そろそろ結婚式挙げない? 結婚指輪も買ってさ。グレモリーちゃんのことは、無理に呼ばなくてもいいから」
「急にどうしました」

 以前にも結婚式を挙げようか、と冗談っぽく言っていたが、今回は本気で言っていそうな雰囲気だ。その神妙な横顔をつい見やると、フォカロルは頬を指で掻いた。

「……離婚率が低くなるっていうから」
「え?」
「結婚式を挙げた夫婦は離婚率が低いって統計で出てるんだよ。だから」
「………」

 押し黙るセーレにフォカロルはしゅんとして。

「……ダメ、かな?」
「そ、そんなことはありません」

 セーレは咄嗟にそう答えていた。離婚したくないと思っていてくれている。アスタロトと一緒にいたいがためだろうが、そう思ってくれているのは今のセーレには嬉しいことだった。
 フォカロルも嬉々として笑う。

「じゃあ、来年の秋にでも結婚式を挙げようか」
「は、い」

 そんな近いようでまだ遠い約束を交わして、フォカロルはセーレの体を抱き寄せる。

「ずっと、一緒にいようね」

 ずっと。このままずっと、一緒に。
 それはセーレもまた、抱き始めていた想いで。喜ぶべきことのはずだ。……それなのにどうしてだろう。是とも否とも言えず、セーレはただフォカロルに身を預けることしかできなかった。
 しばらく二人はその体勢のままでいて、やがて年を越したことを告げる鐘の音が、外に響き渡るのだった……。




 翌日。

「はじめまして。アスタロトです」

 礼儀正しくちょこんと頭を下げるアスタロトに、義両親は目尻を和ませた。「初めまして。じいじと、ばあばですよ」と義母が優しく笑って言う。
 事情はフォカロルから電話で聞いていたようだ。少子化対策の薬は、先日発売されたばかりなのに、どうしてもう三歳の子供がいるのだと聞かれることはなく。義両親は温かくセーレたちを出迎えてくれた。

「フォカロルも父親になっていたのね。感慨深いわ。でも、仕事で留守がちなんでしょう? セーレさんにばかり押し付けてごめんなさいね」
「いえ、そんなことは。それに今年の春には、正式帰国してくれますから」

 そう。フォカロルが責任者を務める、リゼラント復興支援隊はとうとう今春には引き上げて正式帰国するのだ。アスタロトはフォカロルともずっと一緒にいられる、と大喜びだった。セーレも……心待ちにしている。決して口には出さないけれども。
 義両親にアスタロトを紹介した後は昼食をいただき、雑談もそこそこに義実家を出た。外に出ると、ちらちらと粉雪が空から舞っており、アスタロトは「わぁ、ゆきだ!」と目を輝かせる。王都はあまり雪が降らないので、雪を見るだけで子供心がくすぐられるようだ。
 はしゃぐアスタロトを、セーレは優しげな眼差しで見守りつつ。

「……あの、フォカロル」
「ん? 何?」
「その……よかったら、ですが。私の妹と会ってみませんか」

 おずおずと言うセーレの言葉に、フォカロルは驚いた顔をした。けれど、すぐにぱっと表情を明るくして。

「会う! 会うよ! 嬉しいなぁ。ずっと、挨拶したいと思ってたから」

 フォカロルの反応にセーレは安堵した。断られる可能性もあると思っていたからだ。
 フォカロルを妹に紹介する。どんな風の吹き回しだと思われるかもしれない。セーレも言葉では上手く説明できないのだが、この先ずっと三人で過ごしていくのなら、唯一の身内であるグレモリーには二人を紹介したいと思ったのだ。

「ありがとうございます。では、妹に電話しますね」

 セーレはポケットから魔導携帯電話を取り出し、グレモリーに電話をかけた。これから、フォカロルとアスタロトを連れて会いに行ってもいいかと訊ねたところ、グレモリーもグレモリーで二人に会いたかったらしい。「もちろん、いいよ!」と弾んだ声で了承してくれた。

「アスタロト、今度は叔母さんのところへ行きますよ」

 声をかけると、アスタロトは不思議そうな顔をしてとことことやってきた。

「おばさん?」
「セーちゃんの妹さんのことだよ。グレモリー叔母さんっていうんだ」

 フォカロルが答えると、アスタロトは目を丸くして。

「おとうさんって、いもうとがいたの!?」
「ええ。……そんなに驚くことですか? フォカロルにだって、お兄さんがいますよ」
「パパにも!? ふたりともずるい! ボクだって、きょうだいがほしいよ!」

 頬を膨らませるアスタロトに、セーレもフォカロルも苦笑するしかない。「わがまま言うな」とフォカロルが諫めてくれたが、アスタロトは不満げだった。

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