偽装結婚の行く先は

深凪雪花

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絶賛偽装結婚中

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 ――それから半年後。

「いやぁ、もう結婚して半年かぁ。早いものだね」
「………」

 あくまで楽しげな、隣に立つフォカロルの顔に鉄拳をぶち込みたいと思いつつも、セーレは無言でケーキを食べた。ちなみにいちょう切りにされたリンゴがふんだんに乗った生クリームのケーキだ。舞踏会会場のビュッフェコーナーにあるデザートである。
 そう、ここは舞踏会の会場。セーレもフォカロルも正装姿であり、十二貴族が集まる舞踏会に夫夫として参加中なのだ。
 セーレはちらりとフォカロルを見やる。

(なんでこいつは楽しそうなんだ?)

 不可解でならない。普通、好きでもない相手と結婚するなんて嫌だろう。さっさと独身に戻りたいとは思わないのか。
 ふとフォカロルと目が合う。仏頂面のセーレに対して、フォカロルはへらっと笑った。

「明日も休暇だから、行きたいところがあれば連れて行くよ。あ、でもセーちゃんは仕事?」
「……私もたまたま休暇ですが、久しぶりに妹に会いに行くので」
「そうなんだ。妹さん……グレモリーちゃんだっけ? 俺も会ってみたいなぁ。セーちゃんの唯一の身内でしょ? 夫として挨拶を……」
「しなくていいです」

 どうせ、離婚するのに挨拶なんて必要ない。フォカロルは十二貴族の坊ちゃんなので義両親に挨拶へ伺ったが、平民出身であるセーレの身内には紹介は不要だろう。
 氷の美貌と称される冷たい顔でぴしゃりと言うセーレに、フォカロルは「……そう?」と残念だと言いたげな顔だ。

「セーちゃんの妹さんなら、さぞ美人なんだろうねぇ」
「妹は既婚者です。そうでなくても、手を出したら海に沈めますよ」
「もー、ヤキモチ? 心配しなくても、俺はセーちゃん一筋だよ」
「……そういう意味じゃありません」

 何故ヤキモチなんぞ焼かねばならんのだ。だいたい、セーレ一筋だなんてどの口が言うか。
 とはいえ、偽装結婚してからフォカロルは夜遊びを一切やめた。というか、やめさせた。それも別にヤキモチを焼いたからではない。夫がいながら娼館へ通うなんて、四天王のイメージダウンになってしまうからだ。

(一体、いつになったら離婚できるんだよ……)

 キマリス少尉に嘘だったと素直に謝っておけば、そもそも婚約者のふりなどしなければ、こんな状況にならなかったものを。後悔しても遅い、とはまさにこのことだった。
 結婚願望のないセーレにとって、たかが数年間時間を無駄にしたところで特に問題はないものの、『歩く下肢』の夫のままでいるのは精神的苦痛だ。
 マルバスからは、「遠距離生活に耐えられなくなったことにして、離婚すれば?」なんて助言をもらったが、それではセーレが寂しがり屋のようではないか。ということで却下した。ラウムには、「そんなわがまま言ってたら、離婚できないよ」と呆れた顔をされたけれども。

(こいつと離婚できる、何かいい理由があればな……)

 はぁ、と盛大にため息をつくセーレに、フォカロルは「ため息つくと、幸せが逃げていっちゃうよ~」なんて能天気に言う。……誰のせいだと思っているんだ。

「……あなたはどうしてそう楽しそうなんですかね」
「ん~? それはね、なんでも面白おかしく、が俺のモットーだからだよ」
「ふざけた人生観をお持ちで」
「だって、人生なんて死ぬまでの暇つぶしだよ? 楽しく生きなきゃ損でしょ」

 そういうものなのか。つくづく、生真面目なセーレとは気が合わない。とはいえ、フォカロルというふざけた男の人格を形成する一因が分かったようで、腑に落ちた気はする。
 と、そこへ義母がやってきた。

「フォカロル、セーレさん。あなたたちは踊らないの?」

 にこやかな笑みに、セーレも瞬時に外面用の笑みを取り繕った。

「これから踊るところです。行きましょうか、フォカロル……さん」
「うん、そうだね。じゃあおふくろ、また後で」

 なんの嫌がらせか、さりげなく手を繋いできたフォカロルの手を、周りの目があるので振り払うことはできず。連れて行かれるがままに、中央の踊り場へ向かう。
 ゆったりとした音楽に合わせて踊っている他の貴族の中に混じり、セーレとフォカロルも向き合って踊り始めた。
 同性婚が認められている国とはいえ、跡継ぎを残さねばならない貴族階級の集まりでは、夫夫というのはそう多くない。好奇の目に晒されていることに苦痛を感じながらも、セーレは表面上は努めて穏やかな表情でフォカロルと見つめ合う。
 今日も絶賛偽装結婚中のセーレとフォカロルだった。




 翌日。

「へぇ、舞踏会! いいなぁ。私も一度でいいから参加してみたい」

 秋の柔らかな日差しの下、喫茶店のテラス席にて。
 きらきらと目を輝かせて言うのは、セーレの妹グレモリーだ。セーレと同じ、眩い金色の髪に淡い空色の瞳を持つグレモリーは、セーレより三つ年下で一児の母親である。といっても、家庭には収まらず、魔導具職人としてバリバリ働く、煌魔国においては少々変わり者だが。

「参加してみたいって、ダンスなんて踊れないだろ」
「そうだけどぉ、お兄ちゃんが教えてくれたらいいじゃない。お兄ちゃんだってフォカロルさんと練習したんでしょ?」
「……確かにそうだが」

 思い返しても、あの練習期間は苦痛だった。フォカロルと四六時中顔を突き合わせて、あまつさえ手を繋ぐなんて寒気がするどころの話ではない。偽装結婚だとはグレモリーに教えていないので、口が裂けてもそんな本音は言えないけれども。
 グレモリーはテーブルに両肘をつき、頬杖をついた。

「それにしても、フォカロルさんと会ってみたいなぁ。どうして紹介してくれないの?」

 口を尖らせるグレモリーに、セーレは紅茶を飲みながら何食わぬ顔で言う。

「あの人は仕事が忙しいんだよ。機会があれば、会わせる。そういうグレモリーたちは、家族仲良くやっているのか?」
「もちろん。お兄ちゃんたちは?」
「……ぼちぼちといったところだ。まぁ、元気にやっているのならいい。……もう日が暮れるな。そろそろ、解散するか」
「そうだね。じゃあ、フォカロルさんにもよろしく。……あ、そうだ」

 席を立ったところで、グレモリーは思い出したように声を上げ、鞄から茶色い小瓶を取り出した。

「はい、お兄ちゃん。仕事で疲れてるでしょ? よかったら、これでも飲んで」

 差し出された小瓶を、セーレはきょとんとして受け取る。栄養ドリンクだろうか。仕事で疲れているという自覚はないが、気を遣ってもらえるのはありがたい。

「ありがとう。グレモリーもあまり根を詰めすぎないように。じゃあ」

 セーレは転移魔術を発動した。視界が街の喧騒から、王都で借りているアパートのリビングへと切り替わる。リビングのソファーにはフォカロルが腰かけており、セーレの姿に気付くと、「おかえり~、セーちゃん」とへらっと笑った。

「グレモリーちゃん、元気だった?」
「ええ。今日も午前中は仕事だったようですし」

 言いながら、さっさとリビングを出て行く。極力、フォカロルとは顔を突き合わせたくないというのが正直なところだ。なにせ、フォカロルのへらへらとした顔を見ていると、フォカロルに巻き込まれた形で偽装結婚したセーレとしては、ぶん殴りたくて仕方ない。
 というわけで自室へ入ったセーレは寝台に腰かけ、「ふぅ」と息をついた。

(まぁ、グレモリーたちは仲良くやっているようでよかったな)

 あの変わり者の妹を娶ってくれた義弟には感謝しかない。同時に可愛い妹が幸せな家庭を築いていることに安堵もする。セーレたちの両親は……決して夫婦仲がよかったとは言えないから。
 つらつらとそんなことを考えつつ、セーレはグレモリーから帰り際にもらった茶色い小瓶の栓を開けた。中には黄色い液体が見えることから、やはり栄養ドリンクだと思われた。

(せっかくもらったんだから、飲んでみるか)

 ぐびっと呷ると、甘味と苦味が入り混じった不思議な味がする。――と、思ったら。
 ポン、なんて小気味のいい音が響いたかと思うと、体が一回り小さくなった……だけならまだいい。男性ならばあるはずのない豊満な胸、きゅっと引き締まったくびれ、がセーレの体に現れて、セーレは呆気に取られた。
 慌てて姿見を覗くと、そこには亡き母そっくりの若い女性の顔が映っていて。

「は――はぁあああああ!?」

 なんだこれ。どこからどう見ても、女性じゃないか。
 セーレの絶叫を聞きつけて何事だと思ったのだろう。フォカロルが慌ただしく部屋に顔を出した。

「どうしたの、セーちゃ……え?」

 女体化したセーレを見て驚きに目を見開くフォカロルと、目が合う。二人はしばし、無言で見つめ合った。

「セーちゃん……だよね? え、今まで男装してたってオチ?」
「そんなわけないでしょう! 私は生まれた時から男です!」
「じゃあなんで今、女の子になってるの……?」

 どうして、女体化したのか。考えられるとしたら、原因は一つしか思い当たらない。グレモリーからもらった、あの茶色い小瓶の中の液体だ。
 セーレはぶかぶかになってしまった衣服がずり落ちないように押さえながら、再び寝台に近付いた。布団に転がっている茶色い小瓶を、手に取る。

「これを飲んだら突然、体が女体化して……うっ」

 茶色い小瓶が、手から滑り落ちた。
 どくん、どくん、と心臓が脈打つ。まだ春先だというのに、全身が異様に熱い。とてもではないが、その場に立っていられず、セーレはうずくまった。

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