偽装結婚の行く先は

深凪雪花

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偽装結婚(後編)

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「おい、セーレ。あの噂ってマジ?」

 魔王城へ出勤したセーレの下へ、四天王兼武官のマルバスがやってきた。実年齢二十五歳のセーレより年下のマルバスは、そのきりりとした精悍な顔に、けれど戸惑ったような表情を浮かべている。
 セーレは小首を傾げた。

「噂、とはなんのことです」
「セーレとフォカロルが結婚するって噂だよ」
「……は?」

 一瞬何を言われたのか分からなかった。……フォカロルと結婚?
 なんだ、そのバカげた噂は。

「そんなわけないでしょう。どうしてそんな発想になるんですか」
「だよなぁ……いや実はさ、今朝からすごい勢いでセーレとフォカロルが婚約してるっつー噂が広まってるんだよ、魔王軍で」
「はぁ!?」

 なんだそれは。全く身に覚えがない……と思いかけて、けれどセーレははっとする。

(そういえば昨日、ラミアさんを諦めさせるためにあいつの婚約者だって名乗った!)

 もしかして、それがどこかから漏洩してしまったのだろうか。現場を目撃した武官がたまたまいたとか。
 まだ始業時間前だ。どうなっているのか、セーレはマルバスととともに噂の出所を探っているという四天王兼武官のラウムの下へ赴いた。

「ラウム! どういうことですか!?」
「あ、セーレ。今、ちょうど噂の理由が判明したところだよ」

 まだ幼さの残る可愛らしい顔をしたラウムは、林の木に寝そべっており、セーレたちに気付くと木から下りた。その肩には黒鳥が留まっている。ラウムの使い魔だ。ラウムは情報部に所属する情報収集のエキスパートなのである。

「よく分からないけど、君、フォカロルのことが好きな女の子に、フォカロルの婚約者だと名乗って諦めさせたでしょ?」
「う……はい」
「その女の子の父親がキマリス少尉なんだよ。娘から話を聞いて、四天王同士で婚約かって驚いたんだろうね。ここだけの話……って同僚に話したら、その同僚も同じように別の同僚に話していって、次々と噂が広まって今の状態」
「キ、キマリス少尉の娘さんだったんですか……」

 予想していたものとは違うが、それでも昨日の一件が原因であることに変わりはない。律儀に名乗ったり、勤め先を教えたりしたことが仇となってしまった。
 傍らに立つマルバスは怪訝な顔をした。

「なんでそんなことをしたんだよ」
「フォカロルから頼まれたんですよ。自分に想いを寄せてくれている女の子の告白を断りたいから、私に婚約者を演じてくれないかと」
「へぇ、あいつでも断ることあるんだ。まぁ、それなら話は簡単じゃん。キマリス少尉に嘘だったって言って謝れば? キマリス少尉だって娘がフォカロルに弄ばれるくらいなら、諦めさせてくれてありがたいって思うだろ」

 あんまりな言いようだが、セーレは訂正せずにぽつりと呟いた。

「……ダメです」
「なんで?」
「四天王二人が若い女の子に嘘をついたなんて悪評が広まったら、四天王のイメージダウンになります」
「じゃあ、フォカロルが浮気したから婚約破棄しちゃったことにすれば? あのキャラだし、信憑性はあるでしょ」

 ラウムからの提案もセーレは却下した。

「それもダメです。フォカロルが婚約者がいながら浮気した男……となって、四天王のイメージダウンになります」

 マルバスは呆れた顔だ。

「さっきから、イメージダウン、イメージダウンって……そんなに気にすることか?」
「気にしますよ! 四天王は魔王の顔なんですよ!? その四天王に悪評がついたら、ゼカライア陛下の評価まで下がってしまいます!」
「じゃあ、どうするんだよ?」

 そんなやりとりをする三人の下へ、

「やっほ~、三人とも。こんな所に集まってどうしたの?」

 フォカロルが能天気な様子でやってきた。へらへらとしたその顔に鉄拳をぶち込みたい衝動に駆られつつも、セーレは必死で堪える。

「フォカロル! お前、大変なことになってんぞ!」
「へ?」

 きょとんとするフォカロルにマルバスが事情を説明すると、フォカロルは「ええ!?」と仰天した声を上げた。焦った顔でセーレを見下ろす。

「セ、セーちゃん、どうにかならないの?」
「今、考えています」
「っつーか、お前がどうにかしろよ! お前のせいだろ!」
「そうだよ! セーレがいい迷惑じゃん!」

 眦を吊り上げて詰め寄る二人に、フォカロルは困ったような顔をして。

「どうにかしろって……え、責任とってセーちゃんと結婚しろってこと?」
「「アホか!」」

 突っ込みを入れる二人に対して、セーレは「結婚……?」と呟き、はっとした。

「そうか! 一度、結婚すればいいんです!」

 それには三人は顔を見合わせて、フォカロルが代表して言う。

「セーちゃん……悩みすぎて頭おかしくなっちゃった?」
「失礼なことを言わないで下さい。私は冷静です。いいですか、一度結婚してから離婚すればいいんですよ。半年後くらいがいいでしょうか。価値観が合わなかったとでも言って離婚すれば、そんな理由で離婚する夫婦なんていくらでもいるんですから、お互いにイメージダウンを避けられます。まぁ、お互いにバツイチになってしまいますが……私に結婚願望はありませんし、あなただってどうせ身を固める気なんてなさそうですから、別に構わないでしょう」
「おお! さっすが、セーちゃん!」
「マ、マジ? お前ら、そんな大事にすんの……?」

 嘘だったと釈明すればいいだけなのに……とマルバスの顔は言いたげだ。けれど、それをセーレは黙殺した。


 ◇◇◇


 ――というわけで。今、セーレはフォカロルの両親へ結婚の挨拶に伺っているところなのであった。
 結婚の了承はあっさりもらえた。フォカロルは散々遊び歩いていた男なので、ようやく身を固める気になったのかと義両親は大層喜び、さらに男性とはいえ結婚してくれる人――つまりセーレが現れたことに深く感謝された。
 そしてその後、セーレとフォカロルは本当に婚姻届を提出した。すぐに王都で同居するアパートも探し、そうして始まった、フォカロルとの偽装結婚生活。
 半年の我慢だ、半年経ったら離婚できる、と意気込んでいたセーレだったが、数日経ったある日、リビングのテーブルにフォカロルの書き置きがあって、愕然とした。
 曰く。

『リゼラントの復興支援に戻りまーす!』

 ……そうだ。そうだった。フォカロルは半年前に大津波に襲われた人間の国リゼラントへ、復興支援に行っているのだった。ここ一週間はたまたま一時帰国していただけで。
 それはつまり――半年後に価値観の相違で離婚、というセーレの計画が無に帰したことを意味していた。

(う、そだろ……?)

 どうするんだ、この偽装結婚を解消する方法は。
 セーレは呆然と立ち尽くすしかなかった。

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