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第8話 理久の生い立ち1
しおりを挟む理久と結婚して一ヶ月ちょっと過ぎた、ある日のこと。
久しぶりに魔王城に登城した僕へ、魔王陛下の側近の仲間が声をかけてきた。
「おはよう、リリム。久しぶりだね。勇者の彼との結婚生活は上手くいっているのかい」
「オセさん。おはようございます。ええ、まぁ」
理久とは今のところ喧嘩もしていないし、至って平和な結婚生活だ。
ちなみに理久の仕事、だけど。本人は働く気満々だったんだけど、僕たちが留守の間ユズル君をどうするのかという問題点があって、しばらくは専業主夫をしてもらうことになった。
当面の間、結婚指輪を買ってやれないことを申し訳なさそうに謝罪されたけど、僕にはあの結婚指輪で十分だよ。もうすぐ死ぬ命だしね。
「ふふ、そうか。仲良くしているようで何よりだ。では、ショールを編むのかい」
ショールを編む。
そういえば、もうそんな季節か。この国では冬に好きな相手の瞳と同じ色のショールを編んで贈る、という風習があって、魂の番同士で贈り合うのが一般的なんだ。
「……贈りたいんですけど、編み方が分からなくて」
今世で好きな人なんていなかった僕だ。ショールを編んだことがない。というか、編み物自体をしたことがない。必要最低限の家事スキルはあるけど。
「おや。それなら、私が教えようか。仕事の休憩時間にでも」
「え、いいんですか?」
「もちろん。リリムとお喋りしながら一緒に編めば、私も夫へのショール作りがさくさく進むだろうし」
「ありがとうございます。では、よろしくお願いします」
僕はオセさんの申し出をありがたく受け入れた。
理久の瞳の色は、漆黒だ。黒色の毛糸を休憩時間に買いに行って、その日からオセさんの指導の下、理久へ贈るショールを編むことになった。
「ほらそこ、編み目が飛んでいるよ」
「あ、す、すみません」
ううっ、編み物って難しい。編み目を飛ばさないことはもちろん、編み目の間隔を均一にしなきゃいけないけど、それがすごく難しいんだ。きつくなったり、逆に緩くなったり、僕が編むショールはバラバラだ。
こんな下手なショール、贈られても嬉しくないかも……。
「それにしても、リリムは勇者の彼のことが好きなのかい」
「え!」
突然そんな言葉を投げかけられて、僕は耳まで真っ赤にして俯いた。
「……ええと、はい」
「ほう。まだ一ヶ月少しの付き合いで……というのは野暮だね。恋愛感情を抱くのに時間なんて関係ないものだ」
「オセさんは、旦那さんとはどういう経緯でご結婚されたんですか」
二度の転生を繰り返しているというオセさん。旦那さんとの馴れ初めなんて、もうずっと昔のことなんだろうけど、覚えているのかな。
「私と夫は幼馴染だったんだ」
「そうなんですか。では、それで小さい頃から両想いだった、とかですか?」
「いいや。子供の頃は単なる友人だったよ」
オセさんは器用にショールを編みながら、懐かしんでいるのかな。過去に思いを馳せた目をして、口元に笑みを刻む。
「大人になって、私は一度他の魔族と婚約したのだけれど、破棄されてしまってね……つらい時に、夫が傍で支えてくれたんだよ。それから自然とお互いを意識するようになって、夫からプロポーズされて承諾した。あはは、ありふれた馴れ初めだろう」
「いえ、素敵なお話だと思います」
「ふふ、ありがとう。夫には今でも感謝しているよ。夫に何かあったら、今度は私が支えてあげなければと思う。夫夫とは支え合うものだからね」
「旦那さんは今でも十分、オセさんに支えてもらっていると思いますよ」
「なら、いいのだけれど。ほら、手が止まっているよ、リリム」
「あっ、すみません」
僕は慌ててショールを編む手を再開した。お喋りしながら編み物をするというのは、僕にはまだまだできなさそうだ。
それにしても、夫夫とは支え合うもの、か。僕たちはどうなんだろう。僕は理久のことを支えてあげられているのかな。
僕たちもオセさんたち夫夫みたいになれたらいいなぁ。……って、僕は残り僅かな命なんだから無理か。
でも、せめて。
理久のことを好きだという気持ちは、死ぬまでに本人に伝えたいな。
それからは毎日、コツコツとショールを編んだ。休憩時間はオセさんと一緒に編み、仕事が終わったら自宅に持ち帰って夜遅くまでひっそりと編み。
何度も何度もやり直しながら編み進めていくと、少しずつコツを掴んでいった。
そうして今夜もまたショールを編み進めた僕は、寝る前に理久たちが生活する三階の部屋に足を向けた。冬が近付いて寒くなってきたから、二人ともちゃんと布団をかけて眠っているのか気になったんだ。寝相が悪くて風邪を引いた、なんてことになったら大変だし。
二人の部屋の扉を、そっと開ける。暗闇の中だけど、夜目の利く僕は二人がきちんと布団の中に潜って眠っていることを確認した。ふぅ、よかった。
さて、僕も自室に戻って寝よう。
そう思い、扉を閉めようとした時だ。理久の口からうなされているような声が聞こえた。
僕は慌てて理久の傍まで行った。すると、理久は顔に苦悶の表情を浮かべている。夢見が悪いのは間違いない。起こすべきか、僕は咄嗟に判断に迷った。
理久がどんな夢を見ているのか。単なる悪夢なら起こしてやればいい。でも、もしかして理久が他人の顔色を伺う理由が分かるような夢なら。
……ちょっと。ちょっと、だけ。
気になった僕は、夢魔法を使って理久の夢の中を覗いた――。
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