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1巻

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「クラウスはいくつなの?」
「十五になります」
「えっ?」

 年齢を聞いて驚いた。だって、十五歳とは思えないほど落ち着いた物腰だし、背なんか私より高い。

「しっかりしているから、私と同じぐらいに見えたわ」

 本心をポロリとこぼせば、クラウスは口の端を少し上げて微笑した。

「リカ、僕は僕は!?」

 袖を掴まれたのでそちらを向くと、エドワードが期待に満ちた目で自分を指さしている。
 スカイブルーの瞳はキラキラと輝き、まるで美しい宝石のようだ。頬は興奮で赤く染まっていた。長いさらさらのブロンドといい、本当に映画に出てきそうな美形の王子様だ。

「エドワードの印象は、王子様だったわ」

 ワクワクして待っている彼に、素直に答える。

「なんだよ、それ。クラウスばかりがめられて、僕はちっとも嬉しくない!」

 下からにらまれるけれど、それすらも微笑ましい。だって、視線が私よりずっと下にあるのだから。
 弟って、こんな感じなのかしら。
 それにしても、彼には私の気持ちがうまく伝わらなかったみたい。これは言葉が足りなかったわ。
 反省しつつ、私はさらに口を開く。

「いや、あのね。可愛いって思ったのよ」
「可愛い?」

 不思議そうにコテンと首を傾げたその姿も、とても可愛らしかった。

「そう、エドワードは可愛い王子様、ってことよ」
「ぼ、僕は男だからな! 可愛いなんて嫌だ!」

 エドワードは、私に人差し指をつきつけながら叫んだ。口では嫌そうなことを言っているけれども……

「エドワード、顔が真っ赤よ」
「……う、う、うるさい!」

 これは彼の照れ隠しなのだろう。わかりやすい反応が微笑ましくて、声を出して笑ってしまう。
 こうしてなごやかに話していると、さっき会ったばかりだと思えなくなる。
 それによく考えてみれば、形式上とはいえ、私とエドワードは結婚しているのだ。これも、夫婦の会話と言えなくはないのかもしれない。

「エドワード様は、リカ様をすっかりお気に召されたようですね」

 レオンさんがそう言うと、クラウスもうなずいた。
 本当にそうなら、いったい、どこを気に入ってもらえたのかしら?

「それは当然だ! だってリカは僕の花嫁なのだから!」

 照れながらも胸を張ったエドワードを見て、不覚にも一瞬ドキッとしてしまう。
 相手は子供なのに……
 いや、なんにせよ、嫌われるよりはしたってもらえた方が嬉しい。
 り込みってやつで懐いているだけかもしれないけど、それだけ純真だってことだよね。そんな気持ちを持ったまま、成長してほしいな。
 レオンさんに神殿の書物を調べてもらう間はエドワードの側にいようと、改めて決意した私は、深呼吸をした。

「これからよろしくね、エドワード」

 私の言葉から決意を感じ取ったのか、エドワードの後ろに控えているレオンさんの表情も輝いた。

「ああ! よろしくな、リカ」

 無邪気に笑うエドワードを見ていると、この決断を後悔はしないだろうと思えた。


 翌日、目覚めると、私はふかふかの広いベッドでお日様の香りのするシーツに包まれていた。寝ぼけつつも、ここはアパートの部屋ではないと気づく。
 横になったまま複雑な模様のついた高い天井を見て、これまでのことは夢じゃなかったのだと理解する。
 怒涛どとうの一日だった昨日、エドワードたちと別れてからこの部屋に案内された。よほど疲れていたらしく、ソファに腰かけた途端、私は眠ってしまった。
 夕食も食べずに眠り続け、途中で一度起こされてベッドへ連れていかれ、また眠りについた覚えがある。ようは延々と眠っていたのだ。
 昨晩の私は、ドレスじゃ眠りにくいと判断したのか、一度起きた時に無理矢理ドレスを脱いだようだ。今の私はシミーズ一枚という軽装だし、床に脱ぎ捨てられたドレスがあった。
 寝ぼけた頭で顔を洗い、侍女が用意してくれた服に着替える。
 部屋で朝食を取り終えると部屋の扉がノックされ、レオンさんが顔を出した。
 そして彼にうながされ、部屋を出たのだった。


「昨日、無事に式が終わったとの報告を受けた」

 そう言って安堵あんどの息を吐き出したのは王だ。
 私は、レオンさんと共に王へ報告にきていた。本当は昨日報告するつもりだったそうだけれど、私が眠ってしまったので、早朝に顔を出すことにしたのだとか。
 一晩経ったことで、私の心もだいぶ落ち着いている。
 私の様子を見て、王はホッとしたように口を開いた。

「しかし、せっかくの式なのに、いろいろとせわしなく申し訳ない。花嫁が現れたらそのまま婚姻の儀を行う決まりだったとはいえ、悪いことをした。いずれ落ち着いた時に、改めて国を挙げて盛大な結婚式を行うとしよう」

 きっと私が現れるとは思っていなかったから、慌てて用意したのだろうな。

「あの、そのことなのですが……」

 私は、昨日考えたことをおずおずと切り出す。

「必要な儀式だということはわかりました。でも、私が正式な花嫁になるということは保留でお願いしたいのです」

 すると、王は不思議そうな顔をした。私はさらに言葉を続ける。

「いきなり召喚されて、この国で一生を過ごしますなんて簡単に決められるものではありません。生活していた世界に未練があります。だからこそ『期間限定花嫁』ということで、実際は『子守り役』感覚でいきたいと思っているんです」
「それをエドワード本人には伝えたのか?」
「いえ、それはまだ」

 エドワードはきっといつの日か私以外の誰かに恋をすると思う。その時、私の役目は終わるだろうから、今伝えなくとも大丈夫なはずだ。

「すぐに元の国に帰りたい理由はありませんが、帰れる日がきたら帰ります。私を召喚できたということは、逆に帰すことも可能だと思うのです」

 王はうつむいたあと、顔を上げて重い口を開いた。

「――では、こうしよう。召喚の花嫁が現れたことは、すでに大々的なうわさになっている。なので、すぐさま貴族たちへお披露目ひろめをしようと考えていたのだが、君の気持ちが固まるまで、時間を置く。表向きの理由は、この世界に慣れてから行うためということにしよう」

 意外にも、あっさりと私の言い分を呑んでくれた王に、驚いてしまった。

「レオンから、花嫁召喚について書かれている古い書物を洗いざらい調べてみたいとの報告を受けている。私の本音は、君には花嫁としてここに残ってほしい。だが、神から遣わされた花嫁に無理強むりじいをして、神の怒りに触れることも恐れている。一番いいのは、君の意思でこの国に残ると決めてくれることだ」

 もっと強引に、帰さない! と言われるかと思っていたけれど、そうでもないらしい。王が話のわかる人でよかった。

「すべては神の意思なのだ。選ばれたのも、帰るのも。この世のすべては神アスランの考えのもとにある。もし君が帰ると決めたのなら、それも神の意思なのだと判断しよう。残念だがエドワードには他の婚約者を見つけることになると思うが」

 それを聞いて少しホッとしていたら、王に声をかけられた。

「だが、一つだけ教えておこう」
「はい」
「エドワードはとても強情で、一度決めたらてこでも動かない部分がある。また、自分が気に入ったものには、深い愛情を注ぐタイプでな。それは物に対しても人に対してもそうだ」

 その言葉に、ついクスリと笑ってしまう。あの可愛い顔で結構、頑固なのか、覚えておこう。

「私は息子が、君を落とすことに期待しよう」

 なにか含みのある笑みを向けてくる王に曖昧あいまいに笑い返したあと、退室した。


 退室後、私はレオンさんと並んで城の廊下を歩いていた。

「私はこの城の隣の建物、昨日式の行われた王室礼拝堂のある神殿にいます。なにかありましたら、そこへいらして下さい。もし困ったことがあれば、相談していただいて構いませんので」
「はい」

 きっと、早々にレオンさんに泣きつくことになるだろうな。だって、この世界のことをなにも知らないし。
 そう思いつつ歩いていると、廊下の向こうに人影が二つ見えた。

「リカ!!」

 向こうも私に気づいたらしく、走り寄ってくる。エドワードとクラウスだ。

「父との話は終わったのか!?」

 瞳を輝かせているエドワードは、なにかを期待しているように見えた。

「ええ、終わったわ。それよりもエドワード、朝は『おはよう』でしょう?」

 優しくさとすと、エドワードは素直に挨拶あいさつをする。
 後ろに控えているクラウスもまた、挨拶あいさつをしてくれた。

「今日はリカと一緒にいて、いろいろ案内してやる」

 エドワードは、どうやら城を案内してくれるらしく、張り切っている。

「ありがとう。でも、エドワードのお勉強は?」

 ふと疑問に思う。王子様なんだし、自分の勉強もあるんじゃないの?

「大丈夫だ、これからしばらくはお休みだから。その分、リカと一緒にいるように言われた」
「なるほど」
「父から『二人の蜜月みつげつを過ごすのだぞ』と命じられたのだ」

 それを聞き、私は思わず噴き出した。な、なにを言っているのだ、王は!

「み、蜜月みつげつとは……?」

 恐る恐る聞き返すと、エドワードはちょっと困ったような表情を浮かべた。

「それがよくわからないのだ」
「そ、そうなの」

 苦笑いしていると、エドワードが首を傾げて口を開いた。

「リカは知っているか? 蜜月みつげつとはどんなことだ?」
「えっ!?」

 彼は私の返事を期待しているのか、興味きょうみ津々しんしんといった様子だ。レオンさんは笑いをこらえているみたいで、肩が少し震えていた。

「ふ、二人で仲良く過ごすことよ」
「そうか」

 納得したように笑ったエドワードが、手を差し出してきた。

「では仲良く手をつないだら、城を案内しよう」
「ありがとう」

 なんだろう、素直に手を差し出してくる仕草とか、すっごく可愛い。私より小さな手を包み込むように握ると、温かさを感じた。私を見上げる彼に微笑む。
 だけど、これではどう見ても夫婦には見えないだろう。せいぜい、迷子の美少年と手をつなぐ平凡女子といったところだ。
 私がそう考えているうちにレオンさんは会釈えしゃくをすると、その場から離れた。私は、手をつないだエドワード、そして後方に控えるクラウスと共に歩みを進めるのだった。


「ここは図書室だ」

 案内された部屋の扉を開くと、インクの香りがした。学校や市の図書館とは比べものにならないぐらい広くて驚いてしまう。ずらっと並んだ本棚には、びっしりと本が詰まっている。しかも両手じゃないと持てなさそうな分厚い本ばかりだった。
 私は室内に足を踏み入れて、本棚の中から適当な一冊を選んで開いてみる。
 初めて見る文字が並んでいるけれど、不思議なことに読めた。言葉と一緒で、自然と変換されるのだ。これも召喚の力なのかしら。
 ともあれ、字が読めることが確認できて安堵あんどした。おかげで暇な時は本が読める。
 その時、後方にある扉が開く音がした。

「エドワード様、ごきげんよう」

 振り返ると同時に可愛らしい声が聞こえてくる。
 そこにいたのは、ほっそりとした手足に、ストレートの黒髪と大きな黒い瞳を持つ少女。年齢は、エドワードより少し上ぐらいかしら? まだ子供に見えるけれど、まぎれもない美少女だわ。
 しかし、この国の美形率の高いことよ。お国柄なのか、それともたまたま美形が揃っているのか。のっぺり顔の私にもりの深さを分けてくれ!
 そんなことを考えつつ、微笑む少女をまじまじと見つめてしまう。少女は気にした風でもなく、私の視線をスルーしていた。

「ああ、シンシア。レイモンド侯爵についてきたのか?」

 エドワードの質問に、シンシアと呼ばれた少女がうなずく。

「ええ、父が用事を済ませている間、この図書室で過ごすつもりですわ。たくさん本が揃っているので、入るだけでワクワクする場所ですよね」

 周囲の本棚をぐるっと見回すシンシアは、本が好きなのだろう、目を輝かせていた。

「ですが、エドワード様がここにいらっしゃるだなんて、珍しいですね」
「ああ、リカを案内していたんだ」

 そこで少女の視線が私に向けられる。目をぱちくりとさせ、驚いているように見えた。

「シンシアに紹介しよう。彼女はリカ、僕の花――」
「はじめまして、私はリカよ。よろしくね、シンシア」

 エドワードの紹介を思わずさえぎる。
 だって、どこからどう見ても不釣合いなのに、花嫁だって紹介されても恥ずかしい。きっと相手も困惑するはずだ。

「まあ、エドワード様のご友人ですか?」
「ええ」
「すみません、私ったら、エドワード様のおつきの方かと思って挨拶あいさつもせずに……失礼な態度をとってしまいました」

 いいのよ、お嬢さん、その勘違いは無理もないから! こんなえない私が、王子の連れだとは思わないでしょう!
 そこで、エドワードが神妙な顔をしているのに気づいた。なにかを言いたそうだ。

「どうしたの?」

 首を傾げれば、訴えるような視線を向けられた。彼は唇をみしめたあと、シンシアに向かって口を開く。

「リカは友人でも侍女でもない。僕の大切な花嫁だ」

 はっきりとげられた言葉に、私は驚いて目をひんいた。
 えええええっ! そこ、断言しちゃう!? わざとにごしたのに。
 シンシアは少し呆然としたあと、私の方を見た。そしてまばたきを繰り返し、再度エドワードに向き合う。

「そうなのですか」
「ああ」

 断言するエドワードだけど、正直私はいたたまれないよ。変な汗をかいてきた。

「召喚の儀式が行われたとうわさに聞いたのですが、本当でしたのね。父はそれを確かめるために、早朝から王を訪ねているのですわ」

 納得したと言わんばかりにうなずいたシンシアは、再度私に視線を投げた。

「では、改めて自己紹介をさせていただきます。シンシア・レイモンドです。どうぞシンシアとお呼び下さい」

 スカートの端を持ち、しっかりした挨拶あいさつをされて、こっちが恐縮してしまう。ずいぶんと大人びた子だなあ。彼女と同じ年の頃、私はなんにも考えていなかった気がするわ……
 その時、図書室の扉が開いた。

「シンシア!!」

 大声を出しながらこちらに近づいてきた少女を見て、思わず声がれそうになる。
 少女のブロンドの長い髪はくせが強いのか、クルクルとカールを描いていた。こぼれ落ちそうなほど大きい青く輝く瞳に、ほんのりとピンク色に色づいた頬、赤い唇。どれをとっても美少女だ。
 シンシアが落ち着いた清楚せいそなイメージなら、彼女は人目をく、華やかなタイプに見える。まるでお人形のような可愛らしさだ。

「レイモンド様からシンシアも来ていると聞いて、探していたのよ」

 この少女は、どうやらシンシアのお友達らしい。見たところ、シンシアよりは年下だろう。

「お兄様、シンシアと一緒でしたのね」

 エドワードにそう言って微笑んだ少女は、なるほど、エドワードによく似ていた。

「偶然、図書室で一緒になった。僕はリカを案内していたんだ」
「リカってだあれ?」

 好奇心に瞳を輝かせる彼女は、その時、ようやく側にいる私の存在に気づいたようで、視線をこちらに向ける。彼女はぱちくりと長いまつ毛をしばたたかせ、首を傾げた。

「僕の妹のカルディナだ」

 紹介されている間も美少女にじっと見つめられ、緊張してしまう。

「そして彼女がリカ。僕の花嫁だ」
「えっ!?」

 カルディナが、私の予想通りの声を発した。可愛らしい顔は一瞬にしてゆがみ、信じられないものを見たと言わんばかりの目が、私に突き刺さる。

「お兄様、嘘でしょう?」
「そんな嘘を言うわけないだろう。父から聞いていないのか?」

 そこでカルディナはフルフルと首を横に振った。

「召喚は失敗したと思っていたのに……」

 その声が段々とか細くなっていく。すると、エドワードが口を開いた。

「それが成功した。リカが僕の花嫁だ!」

 無邪気な笑顔のエドワードに、沈んだ表情のカルディナ。シンシアとクラウスは横で見守っている。そして私はというと、空気を読んで沈黙していた。
 やがてカルディナが顔を上げた。その目には涙が浮かんでいる。

「お兄様の花嫁だなんて嫌よ!!」
「カルディナ?」

 表情を一変させた妹に、さすがにエドワードも私が歓迎されていないと気づいたようだ。

「だってお兄様は、ずっとカルディナの側にいるって約束してくれたのに……!」

 ああ、そうか、お兄ちゃんのことが大好きなんだね。そりゃ、いきなり現れた私に兄をとられて悔しくなる気持ちはわからなくもない。
 うんうん、兄妹愛は素晴らしい――
 うなずいていると、カルディナが私へ視線を向けた。

「お兄様と結婚する人は、皆が振り返るほど綺麗で、とても優しい人なはず! だいたい、召喚の花嫁なんて現れるわけないって思っていた。もし現れるなら、すごい美人だと思っていたのに。それなのにこんな人、お兄様にふさわしくない!」

 子供だけに正直だ。きつい台詞せりふがグサッと心に刺さるけれど、特に腹は立たない。

「カルディナ!!」

 エドワードの糾弾きゅうだんする声が響く。

「なによ、この人が花嫁になるぐらいなら、シンシアの方がよっぽどよかった!!」

 名指しされたシンシアが、驚いたように肩を震わせた。まぁ、普通はそう思うだろうな。

「リカは僕の花嫁になるために召喚された。だからリカの文句を言うな!」

 エドワードの強い剣幕に、カルディナは唇をみしめた。そして直後、目に涙をにじませて叫ぶ。

「なによ、そんな人、お兄様にふさわしくない! 認めない! 絶対認めないんだから!!」

 そう言うやいなや、カルディナはこの場から走り出した。勢いよく扉を開け、去っていく後ろ姿を呆然と見送る。

「エドワード様、お先に失礼しますわ」

 シンシアは何事もなかったかのように、にこやかに微笑み、カルディナのあとに続いた。きっと、追いかけていったのだろう。

「リカ、嫌な気分にさせた……」

 エドワードに声をかけられたことにより、ハッと我に返る。

「私なら大丈夫よ。気にしていないから、エドワードが謝らなくてもいいの」

 シュンと気落ちしたエドワードが、私より落ち込んでいるように見えたので、努めて明るく振る舞う。たぶん妹とは仲がよかったのだろう。だからこそ反対されてショックを受けているのかもしれない。
 だが、私は仮初かりそめの花嫁なので、エドワードが気にむ必要などないのだ。数年後には彼にふさわしい素敵な花嫁が見つかるはずだから。

「次を案内してくれる?」

 いつも通りの調子でエドワードに声をかけると、彼は明らかにホッとしていた。そんな彼に微笑みかけ、私たちは図書室をあとにしたのだった。



   第二章 彼と過ごす日々


 そして夜。
 結局、エドワードは一日中私の側にいて、城の中を案内してくれた。それはもうベッタリと、どこへ行くにもついてきた。子供の体力はあなどれないわ、本当に。

「じゃあね、今日はありがとう」

 エドワードにそう言って湯あみに行くことをげると、心底寂しそうな顔をされた。だけど、いつまでも一緒にはいられない。
 侍女の一人に案内されて浴室へ向かう。浴室の壁には大きな穴が開いていて、そこから温かい湯がとめどなく流れ込んでいる。おまけに湯船には花びらが浮かんでいるので、花の香りがただよい、リラックスできた。
 いつもはシャワーで済ませていたから、贅沢ぜいたくな気分だ。しかし王宮の浴室は広すぎて、一人で入っているのがもったいない気もする。
 温かい湯にかり疲れを取ったあとは、用意された寝衣とナイトガウンに身を包み、眠る準備万端。
 そう思っていると、先ほど湯あみを手伝ってくれた侍女が部屋に入ってきた。

「準備が整いましたので、寝室へご案内いたします」

 その言葉を不思議に思う。寝室って、この部屋じゃないの? 昨夜はここで眠ったけれど……
 質問する間もなく侍女がきびすを返したので、慌てて部屋を出る。ほのかな光が灯る長い廊下を、侍女の背中を追いかけて進んだ。
 やがてある部屋の前へと辿り着くと、侍女はゆっくりと頭を下げた。

「では、お休みなさいませ」

 丁寧な挨拶あいさつをして、彼女は去っていった。
 残された私は、どうしていいのかわからない。この部屋に入れってことかしら?
 躊躇ちゅうちょしながらも、部屋の扉をノックする。返事が聞こえたため、ゆっくりと扉を開けた。

「リカ!!」

 それと同時に室内で声を上げた人物は、先ほど別れたはずのエドワードだ。
 部屋のソファに腰かけていた彼は、私の姿を見ると駆け寄ってきた。

「待っていた」

 そう言ってニコニコと微笑むエドワードだけど、どうして私はここに通されたの? エドワードも湯を浴びたあとらしく、寝衣に着替えていた。髪の毛が少しれているのが気になる。

「ちょっとエドワード、そこに座ってくれる?」


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