1 / 17
1巻
1-1
しおりを挟むプロローグ
「リカ、今日の夕食は一緒に取ろう」
「ええ、わかったわ」
私がそう答えると、エドワードははじけるような笑みを浮かべ、瞳を輝かせる。
ここ、ランスロード国は、豊かな自然と鉱山などの資源に恵まれ、アスランという神を強く信仰しているのどかな国だ。近隣諸国とも友好的な関係を築いている。
彼、エドワードは、この国の第一王子だ。
彼と過ごす時間は楽しくて、私は充実した毎日を送っていた。
「リカと一緒に食べる夕食は、すごく美味しく感じる」
急に真面目な顔になってつぶやくエドワード。私は、クスリと笑う。
「そんなことを言って、いつも一緒に食べているじゃない」
すると、彼は照れたように頬を染める。
「だって、本当のことだから」
真っ直ぐに私を見つめて甘い台詞を吐く彼に、視線を向けた。
髪は、光が当たると天使の輪が浮かぶ、長めのブロンド。
瞳の色は晴れた空を思わせるスカイブルー。
目の前に座る彼は、誰もが見とれてしまうほどの美貌を持っている。
「リカ、湯あみを終えたらすぐに寝室に来て。いつもみたいに同じベッドで眠ろう」
胸がキュンとするような言葉を、微笑みながら告げてくる彼。
こんな彼が私の旦那様だなんて、いまだに信じられない。
ただし彼はまだ、十一歳なのだけどね――
第一章 召喚された花嫁
私の名前は田中里香。十九歳の日本人だ。
1LDKのアパートに住み、バイトに明け暮れる日々を送る、世間一般でいうところのフリーター。
そんな私は、朝起きるとまずはスケジュールを確認するのが習慣になっている。
今朝も、起きてすぐにスマホを手にして確認をはじめた。
「今日は五日だから、シフトは早番か」
そうつぶやいたあと、スマホをベッドの脇に置き、しぶしぶ起き上がって洗面台へ向かう。
ああ、もう少し寝ていたい。だけど、ここで二度寝を決め込んだら確実に遅刻してしまう。起こしてくれる家族がいないのだから、ベッドの誘惑に負けてはいけない。
バシャバシャと豪快な水しぶきを上げ、顔を洗う。冷たい水で洗うと、目が覚めてきた。そうして用意しておいたタオルで水気を拭き、化粧水で肌を整える。
「よし、今日も一日頑張ろう」
目の前の鏡を見つめながら、自分に気合を入れるのも、習慣の一つだった。
顔を洗ったら、食事の準備だ。食パン二枚をトースターで焼いている間、ベーコンと目玉焼きを用意する。そこに野菜ジュースを添えれば、簡単な朝食のでき上がりだ。
「いただきます」
ご飯を食べる時は、両手を合わせてお行儀よく。それが、両親からの教えだった。
ああ、そうそう忘れちゃいけない。朝食を食べる前に、机に飾っている小さな写真たてにお水を用意しよう。
コップに水を入れて写真たての前に置き、私は両手を合わせる。
この写真の中で笑っている二人が、私の両親だ。優しかった二人は二年前、不慮の事故でこの世を去った。それ以来、私はずっと一人暮らしをしている。寂しくないと言えば嘘になるけれど、そう感じている時間がないほどバイトをみっちり入れ、忙しい日々を過ごしていた。
「私ね、来月からバイトの時給が少しだけ上がるんだ」
誇らしい気持ちで両親へ報告をしてから、朝食を食べる。
「ごちそうさまでした」
ふと机にある置き時計を見れば、バイトの時間がせまっている。
慌てて食後のコーヒーを飲み干した。あと三十分早く起きれば、もう少し時間の余裕があったとわかってはいるけれど、実行するとなるといつも難しい。
使った食器を台所に持っていき、時間がないので洗い物は後回し! とりあえず、水につけておく。ずぼらなやり方だけど、怒る人は誰もいない。
私は部屋着を脱ぎ捨て、部屋に干してあったシャツを羽織り、ジーンズに穿き替える。
歯を磨いたあと、簡単な薄化粧をして、髪をクシで整えたら、準備は終了。あとはバイト先へ向かうのみだ。
出かける前に、洗面台の鏡で全身を確認する。一応、レストランのウェイトレスという客商売なので最低限は気を使わないとね。
鏡に映るのは、いつもの私。首を傾げて笑みを浮かべてみれば、鏡の中の私も同じ動作をする。
そこで、ふと異変を感じた。
肌が透けている……?
目を凝らしてみたところ、私の背後にある洗濯ラックが鏡に映っていた。透明感のある肌には憧れるけど、これじゃ透けすぎだって! いったい、どうしちゃったの!?
「なによ……これ!!」
意味がわからず恐怖に震えはじめた時、意識が途切れた。
――周囲が騒がしい。
そう感じた私は目を閉じたまま、ピクリと眉を動かす。
背中が冷たく感じるのはどうして? まるで、固い床の上に倒れているみたいだ。そして、なにか大事なことを忘れているような……
その時、ハッとした。
「バイトに遅刻するっ!」
くわっと目を見開くと、周囲に数名の人がいて、皆が私を見下ろしていた。床に寝そべった状態で囲まれていたことに度胆を抜かれてしまう。
ちょ、ちょっと待って、ここはどこ!?
「なっ……!!」
身の危険を感じ、慌てて上半身を起こした瞬間、額に衝撃が走る。どうやら起き上がった時になにかとぶつかったのか、額が痛い。
私が急に起き上がったことにより、取り囲む人たちが離れた。私は床に這いつくばって部屋の隅までいくと、壁に背をつける。
そこで改めて周囲を見回す。
ロウソクが灯された薄暗い部屋は、だいぶ広かった。だけど、窓が一つもない。床下にはゲームでしか見たことがないような魔法陣が描かれていた。しかも、それがほのかに光っている。魔法陣の近くには、ガラス細工の小瓶がいくつも転がっていた。
目の前に広がる異様な風景に、私は目を見張る。これは夢なの?
ごくりと息を呑み、室内の人間の数を確認した。
一人、二人――四人もいる。彼らはいったい、なにをしていたのだろう。
おまけに彼らは皆、普通の服ではなく、白い長衣を羽織っていた。まるでゲームの神官が着るような服だ。
暗くてよく見えないが、一様に彫りの深い顔立ちをしている。髪の色はブロンドやら茶色やら様々だ。
皆、うろたえた表情をしている。
「まさか本当に現れるとは――」
ふいに、一人が口を開いた。聞こえてきた言葉に、私は衝撃を受ける。なぜなら、それは日本語ではなかったからだ。その上、私が知っているどの言葉とも違うらしく、イントネーションなどにも全く聞き覚えがない。
だけど、どうして言われた内容を理解できるのだろう。どこの言葉かもわからないのに、脳内ですぐさま変換されるのだ。
「あ、あなたたちは誰!?」
私が言葉を発したことにより、周囲にどよめきが走った。
だが、私自身が一番驚いている。
私の口から出た言葉は日本語ではなかった。それに気づき、さらにパニックになってしまう。
なにこれ!? どうなってるの? 私は日本語しか話せないのに!
その時、一人の男性が進み出た。恐怖で体がビクッと震える。私はなにをされるのだろう。
前に立ったのは、五十歳ぐらいの男性だった。彼は私の脅えた様子を見て、困ったように微笑する。
「大丈夫です。落ち着いて下さい」
これが落ち着いていられるか!
叫びたいけど、緊張して声が出ない。口をパクパクと開けるだけになってしまった。
「あなたの身の安全は保障します。まずは事情を説明しましょう」
そう言った男性は、周囲の人間とは少し違う長衣を羽織っている。白い服の胸元には大きく金の刺繍が施されていた。もしかして、この中で一番偉い人なのかもしれない。そう思いながら、男性の顔を見つめた。
白髪まじりの黒髪の男性の顔には、深い皺が刻まれている。優しげな眼差しが、私を真正面に捉えていた。
そんな彼の高い鼻から、一筋の血が流れている。
それを見て、先ほど額に感じた衝撃は、彼の顔面とぶつかったせいだったのだと理解した。
やばいよ、鼻血を噴かせちゃったよ!
「急いで上に報告を」
男性が遠巻きに見ている周囲の人間にそう伝えると、それを聞いた一人が慌てて部屋から出ていった。男性は続けて、他の皆に部屋から出るように指示する。
命じられた人たちは逆らうことなく、部屋の隅にあった扉から出ていった。
皆が出ていき、優しげな男性と二人っきりになると、ほんの少しだけ緊張が和らいだ。でも、まだ油断はできない。
「脅えないで下さい。あなたに危害を加えることはありません」
男性は私の目の前に膝をつき、視線を合わせてきた。
そして白い衣が汚れることを気にする様子もなく言葉を続ける。
「私はレオンといいまして、ランスロード国の神官をしています」
「ラ、ランスロード……?」
聞きなれない横文字に、私は首を傾げた。
「ええ、ランスロード国です。ここに、あなたは召喚されました。床に描かれた魔法陣はそのためのものです」
そこで視線を床に向けると、先ほどまで青白い光をはなっていた魔法陣の光が消えていた。
「そ、それって――」
まさかの異世界召喚!?
ごくりと喉を鳴らし、恐る恐る口を開いた私に、レオンと名乗った男性は微笑む。
「あなたには、この国で暮らしていただくことになります。ようこそ、ランスロード国へ。あなたの出現に、国中が歓喜に包まれるでしょう」
私は間髪いれずに叫んだ。
「嘘でしょう!? な、なにしているの。わ、わ、私を帰して下さい!」
はい、わかりましたと納得できるか!
そもそも私の人権は無視? 勝手に連れてくるなんて、拉致じゃないか!
「申し訳ありません。まずは落ち着いて下さい」
「無理! いきなりこんなところに連れて来た事情を説明して!!」
レオンさんは興奮状態の私をしばらく見つめていたけれど、急に立ち上がる。
「まずはこの部屋から出ましょう」
彼はそう言って手を差し伸べてきた。だが、私は即座に首を横に振る。
「いえ、自分で歩けます」
知らない人に甘えてはいけないと、その手を取らずに自分で立ち上がった。
「こちらへお願いします」
レオンさんに促されるまま薄暗い部屋から出ると、上に続く長く急な階段があった。高い場所にある窓から光が差し、そのまぶしさに目を閉じる。
階段を上り切った先にある扉を開くと、視界に廊下が飛び込んできた。
広い廊下には、濃い緑の絨毯が敷き詰められている。壁際には高そうな花瓶が一定間隔で置かれ、豪華な花々が飾られていた。いくつも連なる窓は、すべてがピカピカだ。
ここは、とんでもない金持ちのお屋敷なの? 恐れをなした私は、足を止める。
「ついて来て下さい」
だがそんな私にはお構いなしで、レオンさんはさらに進む。
いったい、どこへ行くつもりなんだろう。信用してついて行ってもいいもの? だが、迷っていても、どうしようもない。彼のあとをついて行くしかないので、再び歩き出した。
そのまま豪華な一室へと通される。すると、そこには侍女らしい格好をした女性数名が待ち構えていた。彼女たちは私の格好を見て、眉をひそめる。あ、すみません、私の普段着はジーンズなんです……
レオンさんが退出したかと思うと、侍女の皆が一丸となって、手早く私の服を脱がしはじめる。驚いて抵抗したけれど、無駄だった。そして、なぜかドレスに身を包むこととなった。
ドレスは可憐で清楚な印象で、薄く透けるチュール素材の生地に、小花の刺繍とビーズが縫い付けられている。純白のため、ウェディングドレスを思わせた。
次に、髪を高く結い上げられ、薄化粧まで施された。いったい、どこのお姫様なんだ、と言いたくなるくらい気合を入れすぎだ。もしや、こんな重苦しい格好が普段着なの!?
鏡に映る自分の姿に呆然としていると、扉がノックされ、レオンさんが入室してくる。
「準備が整いましたね」
そう言った彼は、人払いをした。私は、まだ混乱中だ。
「そう言えば、お名前を聞いていませんでした」
レオンさんの言葉に、私は戸惑いつつ答える。
「た、田中里香です。リカと呼んで下さい」
「リカ様ですね」
「それで、わ、私はいつごろ帰れるのでしょうか……?」
そうよ、こんなドレスを着て『わー素敵』なんて呑気に思っているひまはない。早々に帰してくれ。
でも、レオンさんは首を横に振る。
「まずはこの国の王に会っていただきたい」
「えっ」
今、王って言った!? やたらお金持ちそうだと思ったけれど、ここはお城なの!?
逃げ腰になっていると、レオンさんが急かしてくる。
「リカ様、行きましょう。召喚が成功したと聞き、王はあなたに会うのを待ちわびています」
ちょっと待って、諸々質問があるのだけど!
しかし、レオンさんは待ってくれず、強引に連行された。どこをどう歩いたのか、やがて豪華な装飾が施された立派な扉前へ辿り着く。
その扉が開いた先には、赤い絨毯が長々と敷かれていた。それが続く先を視線で追えば、周囲より一段高くなっている王座が目に入る。
そこに腰かけている人物に気づき、私は目を見開いた。
あの人が、きっと王だ。彼の王者らしいオーラは遠目でもわかるほどだった。緊張で思わず後ずさる。
「あの、王は私をどうするつもりですか?」
もしかして処罰されたり? 急に不安になって、レオンさんに小声でたずねた。
「それは、これから王の口から聞かされると思います」
そう答えたレオンさんは早く進めと言わんばかりに急かしてくるけれど、私はこの空間に漂う空気に圧倒されて足が動かない。
「リカ様、我が王は慈悲深いお方です。決してあなたに危害を加えたりはしないと約束いたします」
レオンさんの言葉のおかげで少しだけ落ち着いた私は、深呼吸をして前を向き、足を踏み出す。
ふかふかの絨毯を踏みしめながら足を進め、王の前まで近づくと、隣を歩いていたレオンさんが足を止めた。そして、その場で片膝をついて頭を下げる。私も急いで足を止めたけれど、これって同じようにしゃがんで膝をつけばいいのかしら?
見よう見まねで彼と同じ動作をしようと試みたものの、このドレスではしゃがみ込んだら最後、自力で立ち上がるのは難しそうだ。絶対、裾を踏んでしまう。
困惑したまま、立ち尽くして王座へ顔を向ける。すると、王と視線がぶつかった。
茶色の髪は白髪まじりで、彫りの深い顔に皺が深く刻み込まれている。整った造りの美形で、瞳は深い青だ。
立派な顎髭を生やし、威厳を感じさせる風貌ながら、その眼差しには優しさを感じた。黒で縁取りされた真紅のマントも、様になっている。年齢はレオンさんと同じ、五十歳ぐらいだろうか。
じっと見ていると、レオンさんにドレスの裾を引っ張られ、我に返った。
彼は続けて、目で合図を送ってくる。
けれど、その意図が読めない私は、怪訝な顔をしてレオンさんを見つめた。すると、ますます焦るレオンさん。そんな表情を向けられても、困ってしまう。
「レオン、堅苦しい挨拶を強要せずともよいから、早く紹介してくれ」
その時、王座から笑いを含んだ低い声が聞こえた。
それに、レオンさんが答える。
「王、召喚の儀式が無事に成功しましたことをご報告いたしましょう。自分の口からこのような報告ができたことを、喜ばしく思います。ひとえにこれは、王の日頃の善行を神が見ておられ――」
「ああ、いいから、レオン! 堅苦しい挨拶は抜きだと言っただろう」
じれったくてたまらない様子の王は私を視界に入れ、改めて口を開いた。
「よくぞ我がランスロード国へ舞い下りてくれた、心から歓迎しよう!! 私はこのランスロード国の国王、アーサー・カドリックだ。そちの名前はなんという?」
「リ、リカです。は、はじめまして、王様」
ドキドキしながら返答すると、王は豪快に笑う。
「そうかしこまらないでくれ。私たちはこれから長い付き合いになるのだから」
「な、長い付き合いってどうしてですか?」
「レオンから聞いていないのか?」
そこで王はレオンさんに視線を向けた。レオンさんはその意図を読んだらしく、答える。
「はい、私から事情を説明するより、王の口から聞く方が説得力があると思いましたので」
「そうか、では私から説明するとしよう」
そう言ったあと、王は軽く咳払いをして語りはじめた。
「ランスロード国の王族には、代々行われている儀式がある」
王が真剣な表情になり、緊張が走る。私は話を聞き逃さぬよう背筋を伸ばし、耳を傾けた。
「その儀式というのが、花嫁召喚だ」
花嫁召喚? 聞きなれない言葉に、思わず首を傾げる。
「遥か昔、この国は内乱が続き、荒んでいた時代があった。そんな時、国をなんとか救う手立てはないものかと、力を持つ神官たちがわらにもすがる思いで召喚の術を行ったのだ。そこで一人の女性が現れた。人々は彼女を神から遣わされた女性だと喜び敬った。その女性が王族の一人と恋に落ち、神の権威と国が結びついたことで王家の威光が高まり、内乱が治まり国は繁栄した。それ以来、神に選ばれた女性が現れるのを願い、代々花嫁召喚が行われている」
なんだか難しい話を聞かされて、ますます混乱する。
「花嫁召喚は何百年と続く、王族の重要な儀式だ。だが、あくまでも形式上のもので、実際に花嫁が召喚されたことは数百年前に一度だけだと聞いている。まさか本当に現れるとは誰もが思っていなかった」
説明する王の顔をじっと見つめた。それが私と、どう関係するのだろう。考えていると、横からも声が聞こえた。
「だからこそ今回の花嫁出現に、誰もが驚きました」
レオンさんが真っ直ぐに見つめるのは、私だ。
「それが、私とどう関係が……?」
なんとなく嫌な予感があるけれど、認めたくない。恐る恐る切り出せば、王が微笑んだ。
「そう聞いてもらえると、話が早い。私の息子と結婚してくれ」
「は!?」
無礼は承知で、首をぶんぶんと横に振り、大声を上げた。
「む、無理です!」
「リカ、君こそが神アスランが我々に遣わした花嫁だ。こうやってリカが現れたことには、神のなんらかの意図があるのだろう」
「いえいえいえ!! できませんよ!!」
いきなり結婚しろとか、無理に決まっている。それに相手の顔だって知らないし! この王様の息子だっていうのだから、美形間違いなしだと思うけど、そんな簡単に決めていい話ではないはずだ。
拒否を貫く私に、王が言い募る。
「もう一つ事情があるのだ。ここ最近、王子の花嫁の座を巡って、国内の有力貴族の間で小競り合いが起きている。それが派閥争いにまで発展しそうな勢いになっていた。国内で争いが起きると国が荒れるので、王として黙って見ているわけにもいかず、頭を悩ませていたのだ」
「そ、それは、そちらの事情では……」
そんなお国事情は、正直私には関係ないと思う。
「だが、儀式によって花嫁が現れた。神の意思であれば反対の意を唱えるものはいないだろう。我が国は神への信仰があついのでな」
「いや、ですからね――」
ちょっと私の話も聞いて下さいよ。勝手に納得している様子だけど、私は認めていませんから。
「では、リカ。神殿の間へ行ってくれ。レオン、案内を頼む」
「はい」
王に礼儀正しく頭を下げるレオンさんだけど、私はパニックだ。
「え、ど、どこへ行くのですか!?」
「さあ、リカ様。急いで行きましょう」
「だからどこへ行くのですか~~!?」
叫ぶ私は、レオンさんに連れ出されたのだった。
広い回廊を、レオンさんに手を取られて進む。その間、彼は王の意図について説明してくれた。
「王は明るく振る舞っておられますが、実際、王子の花嫁を巡る争いについて悩んでおいでです。だからこそ急いで結婚させて、リカ様の立場を守ろうと考えておられるのでしょう」
「立場とは?」
「王子であらせられるエドワード様の花嫁になりたいと望む者は大勢います。それこそリカ様を蹴落としても……と考える輩もいないとは言い切れません。この結婚は、リカ様の立場を確かなものにするためです」
なんだか申し訳ない気持ちになる。空気を読まずにいきなり現れてごめんなさい……って、違うでしょ!?
むしろ、勝手に呼びつけてなに言っているの!? そうだ、私には怒る権利がある。
「レオンさん、私に拒否権はないのですか?」
「この結婚によって、衣食住を確保できると考えてはくれませんか?」
「え、でも……」
それを聞いて不安になる。結婚を拒否したら、はいさようなら、とばかりに外に放り出さないわよね? 聞いてみたいけれど、聞くのが怖い。
「私は、元の世界に帰りたいんです」
そして他の女性を改めて召喚するといい。王子様との結婚に憧れている女性は、大勢いるはずだ。
「それは私の権限では決められないのです。申し訳ありません」
レオンさんの発言に、ガクッと肩を落とした。じゃあ、誰が権限を持っているの?
先ほど会った王様にはもちろん権限があるのだろうけど、簡単にうなずくとは思えない。では、王に次ぐ権力者で、思いつくのは――
そう考えつつ、レオンさんに質問してみる。
「王子様とは、どんなお方ですか?」
「エドワード王子は、王の若い頃そのままのお姿をしています」
それは、美形確実じゃないか! そんな人物がいきなり私を差し出され、『この、のっぺりと薄い顔をした人物が、あなたの花嫁ですよ』と言われたって、納得するとは到底思えない。
20
お気に入りに追加
918
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる
佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます
「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」
なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。
彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。
私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。
それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。
そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。
ただ。
婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。
切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。
彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。
「どうか、私と結婚してください」
「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」
私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。
彼のことはよく知っている。
彼もまた、私のことをよく知っている。
でも彼は『それ』が私だとは知らない。
まったくの別人に見えているはずなのだから。
なのに、何故私にプロポーズを?
しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。
どういうこと?
============
番外編は思いついたら追加していく予定です。
<レジーナ公式サイト番外編>
「番外編 相変わらずな日常」
レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。
いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。
※転載・複写はお断りいたします。
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
無関係だった私があなたの子どもを生んだ訳
キムラましゅろう
恋愛
わたし、ハノン=ルーセル(22)は術式を基に魔法で薬を
精製する魔法薬剤師。
地方都市ハイレンで西方騎士団の専属薬剤師として勤めている。
そんなわたしには命よりも大切な一人息子のルシアン(3)がいた。
そしてわたしはシングルマザーだ。
ルシアンの父親はたった一夜の思い出にと抱かれた相手、
フェリックス=ワイズ(23)。
彼は何を隠そうわたしの命の恩人だった。侯爵家の次男であり、
栄誉ある近衛騎士でもある彼には2人の婚約者候補がいた。
わたし?わたしはもちろん全くの無関係な部外者。
そんなわたしがなぜ彼の子を密かに生んだのか……それは絶対に
知られてはいけないわたしだけの秘密なのだ。
向こうはわたしの事なんて知らないし、あの夜の事だって覚えているのかもわからない。だからこのまま息子と二人、
穏やかに暮らしていけると思ったのに……!?
いつもながらの完全ご都合主義、
完全ノーリアリティーのお話です。
性描写はありませんがそれを匂わすワードは出てきます。
苦手な方はご注意ください。
小説家になろうさんの方でも同時に投稿します。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。