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第五章 反撃

59.舞踏会

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 国王が宣言してから、しっかりと五日後。

 舞踏会が開催された。

 本当にこんな短期間で準備するとは驚きだ。しかも婚約を祝う舞踏会ときたものだ。紛れもなく主役じゃないか。緊張しながらも、父とハロルドと共に会場に向かった。

「レイテシア」

 馬車を下りると、ふと声がかかる。
 そこではハロルドがすごく真面目な顔をしていた。

「どうしたのですか? そんなに難しい顔をして」

 眉間に深く皺が刻まれているが、なにをそんなに考え込んでいるのだ。ハロルドらしくない。

「お前はまだ若い。嫌になったら、いつでも婚約破棄してもいいんだぞ」

 真面目な顔でなにを言うかと思ったら……。

 思わず噴き出しそうになる。
 実際、ここに来る馬車の中でも婚約が早すぎるだの、急ぐ必要はないだとか、散々言ってたっけ。

「ご心配ありがとうございます。でも、お兄様、大丈夫ですわ」

 はっきりとハロルドの顔を見て告げる。

 そう、私はもうレインハルトを愛することを迷わない。自分の気持ちをごまかすことなく、正直に生きる。
 ハロルドは小さく舌打ちをすると、空を仰ぎ肩を落とした。

「お兄様は優しいのですね」

 私の台詞を聞きつけたハロルドはバッと顔を向ける。

「嘘つけ。最初は俺のことを嫌っていただろう」

 指を突き付け、ちょっと意地悪な表情を見せる。

「ふふっ。お兄様が意地悪だったからですわ」

 でも今の私なら、軽く流すことだってできる。

「今では私にはもったいないぐらい、自慢のお兄様ですわ」

 これは本心だ。

 私が王宮に監禁されたと知った時、怒ったハロルドが暴れて乗り込もうとしたらしい。だが父が抑えつけ、なんとかなだめたとか。そして父は抗議文を国王に向けて、速達で出したと聞いた。

 私は皆から愛されている。

 ループ前はそう感じることが、できなかった。

 でも、本当は自分が頑なに心を閉ざしていたせいで、気づかなかったこともあるんじゃないのかしら。

 部屋に閉じこもって呪いの人形を作っているヒマがあるのなら、外に出て皆と会話すれば良かったのよ。

 今だからこそ、そう思える。

「お父様もお兄様も大事な家族ですわ」

 恥ずかしい台詞だけど、今なら胸を張って口にできる。
 父はフッと静かに口端を上げ、ハロルドは真っ赤な顔になり、そっぽを向いた。

「さあ、行きましょう」

 きらびやかな世界が広がる舞踏会の会場を、三人で目指した。

******

「おめでとうございます、レイテシア様」
「レインハルト様とどうぞお幸せに」

 出会う貴族から次々に祝福の声をかけられる。

「ありがとうございます」

 そのたびに笑顔で礼を言ってまわる。
 いい加減、頬がピクピクとひきつってきた。それに喋りっぱなしで喉が渇いたわ。

「どうぞ」

 そんな時、スッと横から差し出されたのは水の入ったグラスだった。
 あら、気が利く人もいるのね。

「ありがとうございます」

 お礼を言いながら受けとり、早速グラスを傾ける。水を飲みながらグラスを差し出した人物に視線を向ける。
 その瞬間、水を噴き出しそうになった。

「ロン!?」
「シッ!! 声が大きいよ」

 ロンがメイド服を着て、グラスを運んでいる。今日はご丁寧にボブのカツラまで被っている。

「あっ、あなた、どうしてここにいるの?」
「なにって、仕事だけど」

 ロンはあっけらかんと答える。

「いや、さすが王宮の仕事は報酬がいいや。それに自分が知らない世界に足を踏み入れると、感性が刺激されるね。発明のインスピレーションがわく。そのことを話したら、レインハルト様がこの仕事を与えて下さったんだ」
「あなたたちねぇ……」

 いつ二人で会ったんだ。それに堂々とメイド服を着て紛れ込む、その神経の図太さ。ばれたらどうするとか、微塵も考えないのか。

「それにこの格好、自分でもなかなか悪くないと思うんだ!!」
「そうね……。確かに可愛いわね」

 どうやらロンは新しい世界の扉を開いたらしい。

 その時、会場がざわめいた。

 皆が注目している方に私も視線を向ける。
 国王、王妃、続いてレインハルトが登場した。レインハルトはすぐさま私を見つけると、微笑んだ。
 
 真っすぐに私の方へ歩いてくる。
 
 いきなりロンはサッと私の背後に回った。

「レイテシア、本当は僕がここに紛れ込んだのは、君のお祝いの場に、立ち合いたかったのもあるんだ」

 耳元でこそっとささやかれる。

「おめでとう、レイテシア」
「ロンったら……」

 まさかそんな風に思ってくれていただなんて、嬉しくなる。

「それとね、レイテシア」
「うん?」
「僕、これから帝国アカデミーに通うことになったから。僕たちはまた一緒さ」
「えっ!?」

 ロンとまた通えるの? 本当に? 嬉しくなって聞き返そうとしたところで、背中にドンッと衝撃があった。

「さあ、レインハルト様のおでましだよ」

 ロンめ、力いっぱい押したな、痛いじゃない!! 後で文句を言ってやる。

 思わず、前につんのめってしまう。

 顔を上げると、レインハルトの視線とかち合った。

「レイテシア、なにしているんだ」
「レインハルト」

 それがね、ロンが力加減を知らないからよ。
 非難するつもりで背後を見ると、ロンはもう給仕に回り、忙しそうにしている。

「まあいい。一曲踊ろう」

 私の右手をそっと取り、中央に移動する。
 すると私たちに合わせて、周りもペアになりだす。
 レインハルトが片手をサッと上げると、それを合図に楽師たちは音楽を奏で始めた。
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