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2.胃がキリキリと痛みます

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 説明を求めに屋敷を訪ねたはずが、そのまま結婚式までハーディ侯爵家で過ごしてしまった。
 いや、今思うと軟禁に近い状態だった。
 帰ろうとするとメイド達が総出で止めにかかり、最後は初老の執事トーマスさんが出現し、泣き落としときた。
 え? あなたたち、そうまでしてどうして私と彼を結婚させたいの? なんで、どうして?
 そこで私は感づいた。いくら鈍い私でも気づくわ。
 この結婚には裏があるのだ、と。

 いくらなんでも田舎住まいの男爵令嬢が格上の侯爵家に求婚されて、浮かれまくるほど、私はバカじゃない。疑うに決まっている。

 それになによりも、このランスロット・ハーディ侯爵という人物は寡黙で、なにを考えているのかわからない。
 美麗な顔をしているのだが、無表情なので冷たささえ感じる。
 時折、鋭い視線を投げてくるので、すべて見透かされているようだ。

 皿の上に乗ったお肉をナイフで切り分ける。一切れフォークに突き刺し、口に入れる。
 ああ、すごく上等なお肉なのだろうが、味がいまいちわからない。
 ぼやけたように感じる。

 ぐっ、こんな上等な味のお肉、今までの私だったら、ペロッとたいらげていたのに……!!

 いつから私は小食になったのだろう。それはこの屋敷にきてからだ、間違いない。
 顔を上げるとランスロット・ハーディ侯爵はいつもと変わらぬ涼しい表情でワイングラスに口をつけていた。その姿を視界に入れると、胃がキリキリと痛んだ。

 無言で囲む食卓は味気なく、息が詰まる。実家では両親と姉弟たち、いつもワイワイと賑やかに食卓を囲んでいたことが懐かしい。
 もちろん、ランスロット・ハーディ侯爵と会話が弾むことなどない。そもそもどんな話題をふったらいいのかさえ、わからない。あちらからも話しかけてくることもない。
 家族のもとにいた時は質素な食事だったけれど、笑顔が絶えなかった。ああ、じっくり煮込んで作るミルクシチューがまた食べたい。

 故郷に思いをはせ、フォークを持つ手が止まる。

「――――――か?」
「へっ?」

 唐突に、声がかけられた。
 低い声を発したのはランスロット・ハーディ侯爵だろう。それしかない。だが反射的に喉の奥から変な声が出た。
 顔を上げるとランスロット・ハーディ侯爵が私をジッと見ている。
 目を細め、眉間に皺を寄せている姿は威圧感があり、思わずすくみあがった。

 な、なんだろう。なんて言ったのだろう。 
 私になにかを聞いた? 
 どうしよう、ここは聞き返してみるべき? 
 でも聞いていなかったことを咎められるかもしれない。再度たずねてみたら、ジロリとにらまれるかもしれない。
 脳内をいろいろな考えがぐるぐると駆け巡り、背中にヒヤリと冷たい汗をかいた。
 フォークを持つ手が若干震えた。
 ええい、こうなれば……!!

 私は意を決して小首を傾げ、微笑んだ。
 笑ってごまかす作戦に出た。頬は引きつり、口の端はピクピクと動き、不自然にゆがむ笑顔。
 にっこりというよりは、ヘラッとしてしまりがない。
 作り笑いもいいところだ。
 一番の上の姉さまが、昔言っていたことを思い出したのだ。

『いい、セシリア? 会話に困ったら、『さしすせそ』よ』
『さしすせそ? それはなんですか?』
『さすがですね、知りませんでした、素晴らしいですね、センスありますね、そうですわ、とりあえずこれで当たり障りなく切り抜けなさい』
『でもお姉さま、会話のどれも『さしすせそ』に続かない場合はどうすればよろしいのですか?』
『そんな時は、最後の手段、小首をかしげてにっこりと微笑むの!!』

 姉の教えが今、役立った。――はずだった。

 だがランスロット・ハーディ侯爵は私の微笑みを見ると、目をスッと細めた。
 唇を真一文字に結び、眉間に皺を寄せ、私をジッと見ている。
 
 ヒッ!! 作戦失敗か。

 恐れおののいてのけぞった。その間、私は恐ろしくて、目を逸らせない。
 ここで逸らしたらヤラレル。
 森の危険動物と遭遇した時も決して目を逸らすな、背中を見せて逃げるなと教えられたもの。ランスロット・ハーディ侯爵の眼光の鋭さは、自然界に生きる獣のようだ。それも百獣の王と呼ばれるあたりに近い。

 心臓がドクドクと脈打ち、足がガクガクと震えはじめた。
 本能的に危険を察知している。
 額にタラリと冷たい汗をかき始めた時、ランスロット・ハーディ侯爵はフッと視線をそらした。

 勝った、にらみ合い!!

 心の中でガッツポーズを決め込み、ホッと胸をなでおろした。

 だが、さきほどの質問はなんだったのか。
 寡黙なランスロット・ハーディ侯爵が話しかけてきたことなので、多少は気になる。だが、この場を上手く切り抜けられたなら、まずはそれでいい。下手に聞き返し、自分の首を絞める結果になるのも困る。
 
 その後、ギクシャクした空気に包まれながらも、味のしない食事をなんとか終えた。
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