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第六章 これからの私たち
60.真実を知る
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移動する間、グレンは私の手をギュッと握りしめていてくれた。
この手のぬくもりが安心する。
家族と決別することは、悲しくないわけじゃない。でも、今の私にはグレンがいる。
彼が側にいてくれるおかげで、徐々に心が落ち着いてきた。
客室の前で待機していたジールが腰を折ると、静かに扉を開けた。
ソファに腰かけていた父は、私たちが入室すると、飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がった。
「グ、グレン殿、このたびはマリアンヌが大変、失礼なことを――」
グレンは弁解しようとする父を、そっと手で制した。
「まずは座ってください」
グレンの声は低く、怒りを含んでいる。視線で私に腰かけるようにうながすと、自身も腰かけた。
「で、ルシナをどうするつもりだったんだ?」
ソファに座ったまま、うつむいているマリアンヌに声をかけた。
マリアンヌの肩がピクリと揺れる。
「そ、それは、無理やり結婚させられたお姉さまがかわいそうになって……」
「だから、あの男とくっつけようとしたのか?」
「えっ、ええ。ベンもそうだけど、お姉さまも未練があったはずだわ。だから仲を取り持ってあげようと思ったの!!」
自分に都合のいい言い訳をしてくるマリアンヌ。
そこで父がゴホンと咳払いする。
「まあ、単に姉妹の行き違いの喧嘩ですな。ちょっとマリアンヌはやりすぎましたが……」
苦笑いで場を取りつくろうとする父。
こんな場でもマリアンヌの肩を持とうとするのね。怒りと悲しみで唇をギュッと噛みしめた時、そっと手が握られた。横を見るとグレンが私に、心配そうな眼差しを向けている。
ありがとうグレン。あなたのおかげで冷静さを取り戻したわ。
スッと息を深く吸い込み、マリアンヌの顔を見つめた。
「言い訳しないで、マリアンヌ」
私がはっきり言い返したのが予想外だったのか、マリアンヌはひるんだ。
「お父さまも、マリアンヌの言い分だけ聞いて、単に姉妹の喧嘩だと判断するには早すぎるわ」
「だがルシナーー」
父もまたなにかを言いかけたが、遮った。
「マリアンヌは自分がグレンと一緒になりたかったの。そのために、ベンをそそのかしたのよ。私とベンを二人きりにさせようと、得体のしれない薬を飲ませたの。そして私は連れ去られたわ」
「く、薬!?」
そこで父は驚いた声を出し、マリアンヌと私の顔を交互に見つめた。父の様子を見るに、予想は当たった。自分に都合の悪いことは省いて、いいように伝えていたのだろう。
「お、お前はルシナにそんなことをしたのか!?」
父は肩を震わせ、マリアンヌに詰め寄った。
マリアンヌは唇を尖らせ、目には涙をためた。
「だってベンがお姉さまと話がしたいって、頼みこむからよ」
「だからと言って、そこまでして手を貸す奴がいるか!!」
珍しく父から叱られ、マリアンヌはこらえきれず涙を流した。
「だってしょうがないじゃない。お姉さまばかり、新しいドレスや装飾品に囲まれて、なぜ私ばかりが我慢しなければいけないの? アルベール家の宝石だと言われている、この私が。お姉さまも、家族なら助けてくれたっていいじゃない!!」
マリアンヌは泣きじゃくりながら思いを吐き出した。
幾度となく繰り返された光景。もう、うんざりだ。
「そう、あくまでも悪いのは私で、あなたに非はないというのね」
冷めた目でマリアンヌを見つめる。
「まず、私に謝罪するのが先じゃないの? それすらもなく、あなたは都合のいい言い訳ばかり」
あきれてため息をもらす。
「それに私がベンを好きだと言うけれど、それは違う。私はグレンの妻よ」
はっきりと宣言する。
「いくら元婚約者とはいえ、二人きりで話がしたいとは思わない。醜聞になったら、グレンの顔を潰すことになる、それは彼に対する侮辱だわ」
「なによ、お姉さまってば!! グレン様と結婚したことで急に強気になって。なぜ私ばかりが責められなければいけないの!!」
マリアンヌはカッとなり、立ち上がった。
「あの船に乗ったまま、帰ってこなければ良かったのよ!! せっかく貯蔵庫に閉じ込めてあげたのに!!」
「――待て」
それまで静かに成り行きを見守っていたグレンの片眉がピクリと動いた。
「貯蔵庫に閉じ込めた、と言ったな?」
低く冷たい声が響く。
マリアンヌはしまったという顔をしたが、もう遅かった。
グレンの顔つきが変わる。もはや怒りを隠そうともしない。
「船員の手違いだと思っていたが、どうやら違ったようだな」
「そ、それは……」
真正面から問い詰められたマリアンヌは視線をさまよわせた。
「一度だけならず、二度までも、お前は自分の姉、俺の妻をなんだと思っているんだ!!」
グレンは怒りのあまり、怒鳴りつけた。
「グ、グレン……」
いけない、彼も興奮状態だ。
私が心配して顔をのぞき込むと目が合った。そして我に返ったようで肩を震わせた。髪をぐしゃぐしゃとかきむしり、大きな舌打ちをした。
こ、これは盛大に怒っているのだろう。ピリピリと緊迫した空気が漂う。
グレンはスッと目を細めた。
「いいだろう、お前に選択肢をやる。まず、座れ」
この手のぬくもりが安心する。
家族と決別することは、悲しくないわけじゃない。でも、今の私にはグレンがいる。
彼が側にいてくれるおかげで、徐々に心が落ち着いてきた。
客室の前で待機していたジールが腰を折ると、静かに扉を開けた。
ソファに腰かけていた父は、私たちが入室すると、飛び上がらんばかりの勢いで立ち上がった。
「グ、グレン殿、このたびはマリアンヌが大変、失礼なことを――」
グレンは弁解しようとする父を、そっと手で制した。
「まずは座ってください」
グレンの声は低く、怒りを含んでいる。視線で私に腰かけるようにうながすと、自身も腰かけた。
「で、ルシナをどうするつもりだったんだ?」
ソファに座ったまま、うつむいているマリアンヌに声をかけた。
マリアンヌの肩がピクリと揺れる。
「そ、それは、無理やり結婚させられたお姉さまがかわいそうになって……」
「だから、あの男とくっつけようとしたのか?」
「えっ、ええ。ベンもそうだけど、お姉さまも未練があったはずだわ。だから仲を取り持ってあげようと思ったの!!」
自分に都合のいい言い訳をしてくるマリアンヌ。
そこで父がゴホンと咳払いする。
「まあ、単に姉妹の行き違いの喧嘩ですな。ちょっとマリアンヌはやりすぎましたが……」
苦笑いで場を取りつくろうとする父。
こんな場でもマリアンヌの肩を持とうとするのね。怒りと悲しみで唇をギュッと噛みしめた時、そっと手が握られた。横を見るとグレンが私に、心配そうな眼差しを向けている。
ありがとうグレン。あなたのおかげで冷静さを取り戻したわ。
スッと息を深く吸い込み、マリアンヌの顔を見つめた。
「言い訳しないで、マリアンヌ」
私がはっきり言い返したのが予想外だったのか、マリアンヌはひるんだ。
「お父さまも、マリアンヌの言い分だけ聞いて、単に姉妹の喧嘩だと判断するには早すぎるわ」
「だがルシナーー」
父もまたなにかを言いかけたが、遮った。
「マリアンヌは自分がグレンと一緒になりたかったの。そのために、ベンをそそのかしたのよ。私とベンを二人きりにさせようと、得体のしれない薬を飲ませたの。そして私は連れ去られたわ」
「く、薬!?」
そこで父は驚いた声を出し、マリアンヌと私の顔を交互に見つめた。父の様子を見るに、予想は当たった。自分に都合の悪いことは省いて、いいように伝えていたのだろう。
「お、お前はルシナにそんなことをしたのか!?」
父は肩を震わせ、マリアンヌに詰め寄った。
マリアンヌは唇を尖らせ、目には涙をためた。
「だってベンがお姉さまと話がしたいって、頼みこむからよ」
「だからと言って、そこまでして手を貸す奴がいるか!!」
珍しく父から叱られ、マリアンヌはこらえきれず涙を流した。
「だってしょうがないじゃない。お姉さまばかり、新しいドレスや装飾品に囲まれて、なぜ私ばかりが我慢しなければいけないの? アルベール家の宝石だと言われている、この私が。お姉さまも、家族なら助けてくれたっていいじゃない!!」
マリアンヌは泣きじゃくりながら思いを吐き出した。
幾度となく繰り返された光景。もう、うんざりだ。
「そう、あくまでも悪いのは私で、あなたに非はないというのね」
冷めた目でマリアンヌを見つめる。
「まず、私に謝罪するのが先じゃないの? それすらもなく、あなたは都合のいい言い訳ばかり」
あきれてため息をもらす。
「それに私がベンを好きだと言うけれど、それは違う。私はグレンの妻よ」
はっきりと宣言する。
「いくら元婚約者とはいえ、二人きりで話がしたいとは思わない。醜聞になったら、グレンの顔を潰すことになる、それは彼に対する侮辱だわ」
「なによ、お姉さまってば!! グレン様と結婚したことで急に強気になって。なぜ私ばかりが責められなければいけないの!!」
マリアンヌはカッとなり、立ち上がった。
「あの船に乗ったまま、帰ってこなければ良かったのよ!! せっかく貯蔵庫に閉じ込めてあげたのに!!」
「――待て」
それまで静かに成り行きを見守っていたグレンの片眉がピクリと動いた。
「貯蔵庫に閉じ込めた、と言ったな?」
低く冷たい声が響く。
マリアンヌはしまったという顔をしたが、もう遅かった。
グレンの顔つきが変わる。もはや怒りを隠そうともしない。
「船員の手違いだと思っていたが、どうやら違ったようだな」
「そ、それは……」
真正面から問い詰められたマリアンヌは視線をさまよわせた。
「一度だけならず、二度までも、お前は自分の姉、俺の妻をなんだと思っているんだ!!」
グレンは怒りのあまり、怒鳴りつけた。
「グ、グレン……」
いけない、彼も興奮状態だ。
私が心配して顔をのぞき込むと目が合った。そして我に返ったようで肩を震わせた。髪をぐしゃぐしゃとかきむしり、大きな舌打ちをした。
こ、これは盛大に怒っているのだろう。ピリピリと緊迫した空気が漂う。
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