婚約者を妹に奪われて政略結婚しましたが、なぜか溺愛されているようです。

夏目みや

文字の大きさ
上 下
61 / 68
第六章 これからの私たち

57.知らなかった一面

しおりを挟む
 それはきっとあれよね、私たちの気持ちが通じあったことを言っているのよね。

「そ、そうなのね……」

 そんなことを言われては、首から真っ赤になるしかない。

 変なの。さっきまでおいしいと感じていたのに、私も急にお腹いっぱいになった気がする。それよりもソワソワして落ち着かない。
 カップを手にし、紅茶で喉を潤す。チラッとグレンに視線を向ける。

 こんな可愛い一面もあるんだ。男らしくて素敵な人なのに。私にだけ見せる顔なのかしら。

 そう思ったら嬉しさがこみ上げる。

「ふふっ」

 笑いがこぼれたのでグレンが顔を上げた。

「私も嬉しいわ。今まで知らなかったあなたの一面が見れたみたいで」

 そのまま自然と口に出してしまった。

「でもこれからもっと、お互いを知ることになるかもしれないわね」

 そう、契約ではなく心で結ばれた結婚なら、そうなるはずよ。

「これからの人生、ずっと一緒にいるのだから」

 言葉にしてハッとする。
 グレンが真面目な顔で私をジッと見つめていたからだ。

 苦々しい顔を見せ、唇を噛みしめているグレン。

 私、ちょっと先走りすぎたかもしれない……。

「あ、あのね、そんなに重い話をするつもりじゃーー」
「――どうしたらいいんだ」

 グレンの低い声が食堂に響き渡る。

「今すぐ抱きしめたくなった」
「えっ……」

 予想もしなかった言葉にあっけにとられる。しかも真顔でなにを言っているのか。

 その時、ジールが両手を合わせた音が、大きく響いた。

「ああ、そうだった!! 庭園の掃き掃除を忘れていた。皆のもの!! 食堂の外へ!!」

 そのかけ声で給仕たちが一斉に、食堂から飛び出していった。シルビアまで。
 皆が食堂から出たのを見届けたジールはニッコリ微笑むと、重厚な扉をパタンと閉めた。

「えっ、皆どこへ……」

 食事中じゃなかったの!?

 顔をキョロキョロさせていると、グレンがスッと立ち上がる。
 私の側まできて、スッと両手を伸ばす。
 そのまま私の両脇に手を入れて、静かに立たせた。

「えっ、あの……グレン?」

 彼は私を引き寄せるとグッと抱きしめた。

「愛しくてたまらない。どうしてくれようか」

 腰を折り、私の肩口に顔を埋める彼から、くぐもった声が聞こえた。

 ああ、こんなにも私を想ってくれる人が、今までいただろうか。

 そっと手を伸ばし、彼の背中を静かに擦る。
 グレンはビクリと身を震わせたあと、静かに顔を上げた。
 
 熱っぽい視線を向けられ、そっと唇に指が触れた。
 静かに近づいてきた端正な顔立ちにゆっくりと目を閉じる。容赦なく私の口内に侵入してくる彼に応えようとするも、私には精いっぱいだった。

 やがて呼吸が苦しくなり、意識がもうろうとする。
 逃げようとしても腰をガッシリつかまれて逃げ場がない。顎に手を添えられ、逃がすまいとの気迫を感じる。
 
 その時、パッとグレンが離れた。

「ルシナ……?」

 ぐったりと彼に寄りかかり、荒く息を吐きだした。

「しっかりするんだ」

 両肩をつかみ、顔をのぞき込まれる。

 それをあなたが言う!?

「か、加減してください」

 それだけ言うのが精いっぱいだった。

「今日は休んでいるといい」
 
 グレンはクッと微笑む。確かに全身が痛いしだるい。特に腰が。
 心配そうに顔をのぞきこむグレンをキッとにらむ。

「だ、誰のせいでこうなっているかと……」

 プルプルと震える手を握りしめ、精いっぱいの抗議をする。
 だがグレンは満面の笑みを見せ、悪びれない。
 それどころか、額に軽く口づけを落とす。

「今日は部屋で過ごすといい。昼食も部屋でとり、ゆっくりしていてくれ」
「ええ、そうするわ」
 
 彼に体を支えられ返事をすると、グレンは優しく微笑む。

「今日はどうしても行くところがあるんだ」

 一瞬、グレンの目が鋭くなった気がした。

「なるべく早く帰ってくるから」

 だがそれもすぐに優しい眼差しに変わる。

 私を見つめる彼の目を見て、小さくうなずいた。

 ******

 そして翌日。

 今日もゆっくりしていようと部屋にいた時、扉がノックされた。
 返事をすると顔を出したのはグレンだった。読んでいた本から顔を上げ、席を立つ。

「今日は出かけたいんだが、都合悪いか?」

 どこに行くつもりだろう。瞬きをして考えたあと、ふんわりと微笑む。

「いいえ、大丈夫よ」
 
  外の空気を吸えるのは嬉しい。グレンはそっと腰に手を沿えると、私をギュッと引き寄せた。

「馬車を待たせてある。行こう」

 グレンに手を引かれ、馬車に乗り込んだ。

  ******
 
「ここは……」

 馬車を降りた先は、先日訪れたスイーツの店だった。
 ここでベンと妹と会い、連れ去られた苦い記憶がよみがえる。若干、渋い顔をしていたのだろう。
 グレンが顔をのぞき込む。

「すまない。嫌な記憶を思い出させてしまったな」

 気遣う視線を投げる彼に首を振った。

「約束してくれ。次回から、自分一人で決断せずに相談してくれると」
「わかったわ」

 うなずくと彼はホッとしたようだ。店の扉を開けると、店内にいた給仕たちが出迎えてくれた。

「これはグレン様、ようこそいらっしゃいました」

 店の奥から料理長らしい人物が直々に駆け寄ってきた。

「テラス席をご案内いたします」
「ああ、行こう」

 グレンは私を連れていった。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

元カノが復縁したそうにこちらを見ているので、彼の幸せのために身を引こうとしたら意外と溺愛されていました

おりの まるる
恋愛
カーネリアは、大好きな魔法師団の副師団長であるリオンへ告白すること2回、元カノが忘れられないと振られること2回、玉砕覚悟で3回目の告白をした。 3回目の告白の返事は「友達としてなら付き合ってもいい」と言われ3年の月日を過ごした。 もう付き合うとかできないかもと諦めかけた時、ついに付き合うことがてきるように。 喜んだのもつかの間、初めてのデートで、彼を以前捨てた恋人アイオラが再びリオンの前に訪れて……。 大好きな彼の幸せを願って、身を引こうとするのだが。

妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。

夢草 蝶
恋愛
 シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。  どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。  すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──  本編とおまけの二話構成の予定です。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

妹と婚約者を交換したので、私は屋敷を出ていきます。後のこと? 知りません!

夢草 蝶
恋愛
 伯爵令嬢・ジゼルは婚約者であるロウと共に伯爵家を守っていく筈だった。  しかし、周囲から溺愛されている妹・リーファの一言で婚約者を交換することに。  翌日、ジゼルは新たな婚約者・オウルの屋敷へ引っ越すことに。

処理中です...