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第六章 これからの私たち

55.迎える朝

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 彼からの申し出にハッと息をのんだ。強張った表情を見たグレンが困ったように薄く笑った。

「早急すぎたようだ。いつまでも待つと言っておきながら……すまない」

 クリフ港まで迎えにきてくれた帰路で、確かに彼はそう言ってくれた。

 頬にそっと触れるグレンの手は優しい。

 ううん、嫌じゃないの。むしろ――。

「好きよ、グレン」

 彼が大きく目を見開いた。

「ずっと意地をはっていたの、私。あなたに確認することが先だったのに、本当にそう思われていたらどうしようって、臆病になっていたみたい。あなたに謝りたいわ」

 彼への謝罪を口にすると心がスッと軽くなった。
 その時、強くかき抱かれた。

「謝るのは俺の方だ。最初に告げるべきだったんだ。がらにもなく恋焦がれて、どうしても手に入れたくて、もがいていたんだ」

 グレンの気持ちを知り、自然と涙がこぼれ落ちた。

「そう、私たち、似た者同士ね」

 そっと背中に手を回し、ギュッと抱きしめた。
 彼からは湯上りの石鹸の香りがする。体温が心地よくて、彼に包まれているようで安心する。

「ーー私、あなたと本当の夫婦になりたい」

 勇気を出して口にした途端、グレンの体がピクリと震えた。

「白い結婚をしたいと言った、あの日の宣言を撤回するわ」

 すべて言い終えると同時に、くるりと反転して体がベッドに押し倒された。
 上からジッと見下ろしてくるグレンは、知らない男の顔をしている。

「グレーー」

 名を呼ぶと遮るように、頬にそっと指が触れた。
 ゆっくりと指が顎に移動したと思ったら、クイッと持ち上げられる。そこから覆いかぶさるよう深く、口づけをされた。

 先ほどとは違う、深く執拗な口づけだった。息を吐く時間すら与えられず、次第に頭の中がぼうっとしてくる。

 指を絡ませるように手を握られ、シーツに押し付けられる。
 彼の手がわずかにだが、震えているのを感じた。グレンは自嘲気味に笑う。

「緊張している、情けないな」

 グレンの手をギュッと握りしめた。

「いいの。情けなくなんてないわ」

 現に私だって心臓はドクドクと音を出し、声は震えている。
 微笑む私を彼はジッと見つめる。

「俺のーー制御がきかなくなりそうで怖い」

 グレンはつぶやくとシャツを脱ぎ捨てた。あらわになったのは、細身だが筋肉質の体。
 初めて見る彫刻のような美しい体つきに、目が離せなかった。

「ルシナ」

 彼に名を呼ばれ、体がビクンと震えた。

「感情が高ぶって、激しくしてしまうかもしれない」

 彼の言葉に唇をギュッと噛みしめた。

「俺が理性を失ってきつくなってしまったら、引っ搔いてもいい、噛みついてもいい。止めてくれ」

 そっと手を伸ばし、彼の頬に触れる。

「かまわないわ」

 静かに微笑む。

 グレンは私のガウンを脱がせ、夜着にそっと手を伸ばした。

 ******

 吐息混じりで私の名を呼ぶ彼の声が、耳元で何度も繰り返された。
 首筋に滑らせる唇に体が震える。

 全身が彼の熱に包まれ、感じたことのない淫らな気持ちになる。
 肌の触れ合いがこんなにも心地良く感じるなんて、相手がグレンだからだ。
 彼になら、すべて捧げてもいいと思えた。

 彼が触れる指の一本一本が優しくて、次第に翻弄される。
 自分から漏れ出る声が恥ずかしくて、必死に唇を噛みしめ耐えていた。
 グレンは耳元で『我慢せず、声を聞かせてくれ』なんて言うものだから、さらに全身が熱くなる。

 痛みがなかったわけじゃない。
 激痛に身を強張らせる私を優しく抱きしめ、にじむ涙を指ですくったグレン。
 口づけを落とす彼は、すべて私を気遣い、優しく行為をすすめた。

 やがて彼が与える律動と、押し寄せてきた快楽に自分自身がわからなくなる。
 しっとりと汗ばんだ肌に無我夢中でしがみつく。

 彼はずっと私の名を呼び続けていた。
 彼が与えるぬくもりに溺れながらも、幸せを感じていた。


 まどろみの中、薄っすらと瞼を開ける。
 枕にしていたのは彼のたくましい腕。
 視界に入った端正な顔立ちにドキッとし、一瞬で覚醒する。

 私、昨日彼と――。

 昨夜の熱い夜を思いだし、顔が赤くなる。
 それはそうと一晩中腕枕をしていただなんて、負担をかけてしまったことだろう。
 腕をそっと外そうと頭を少し上げた。

「――きゃっ!!」

 その瞬間グイッと引き寄せられ、たくましい胸元に閉じ込められた。
 ギュッと抱きしめられ、心臓がバクバクと音を出す。朝から刺激的すぎる。

「おはよう」

 耳元でささやかれる低音ボイス。
 彼を起こしてしまったようだ。

「お、おはよう、グレン」

 初めて一緒に迎えた朝は気恥ずかしくて、顔を直視できない。視線をさまよわせながら挨拶を交わす。
 彼はフッと静かに微笑む。

「まだ寝ているといい」

 彼の指先は私の頬にそっと触れる。
 そんなことを言われても無理だ。完全に目が覚めてしまった。それにこの状況で眠れるわけがない。

「昨夜はすごく可愛かった」

 急にそんなことを言われたので、恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

「無理をさせただろう? 手加減するつもりが……すまなかった」

 グレンは申し訳なさそうに目を伏せた。

 昨夜の彼は――すごかった。

 ガチガチに緊張していた私を徐々に溶きほぐしていった。体が悲鳴を上げるような痛みがあったのはあの時だけで、その後は……。

 優しい愛撫かと思いきや、急に激しくなったり、常に私のことを気遣いながら進む行為に翻弄されっぱなしだった。

 そして最後は気を失うように眠りについた。

 言葉にすることができず、ギュッとシーツを握りしめた。
 グレンは私の額にそっと口づけを落とす。

「――湯を用意させよう」

 ベッドから起き上がるとガウンを羽織り、部屋から出ていった。

 そのまま恥ずかしくてベッドの中で身もだえたのは、彼には秘密だ。
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