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第六章 これからの私たち

54.解ける誤解

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「――それから俺は金になる仕事はなんでもやった。のし上がるためには、時には非情と思われる行為でさえ、ためらいなくやっていた」

 グレンの告白を聞き、胸がギュッとしめつけられた。

「あの時、お父さまの船に乗っていたのは――あなただったのね」

 おぼろげたが記憶にある。
 青い瞳が印象的な、綺麗な顔立ちをした、自分とそう歳の変わらない少年。

 皆の前で痛めつけられる姿に、たまらなくなって飛び出して行ったことも。後日、お父さまから子供が事業に口をはさむなと、こってり怒られたことも記憶にある。

 そっと手を伸ばし、グレンの頬に触れる。
 グレンは目を見開き、手に頬ずりをした。

「俺ががむしゃらに生きてきたのは、あんたの側にいたかったからだ」

 真っすぐに目を見つめながら告白するグレンの言葉を聞き、胸が高鳴る。

「あんたと並ぶに相応しい立場になろうと、必死だったんだ」

 熱っぽい視線を投げてくる彼に、今なら素直になれる気がした。

「……私、聞いてしまったの」
「なにを?」
「婚約してから誘われた、舞踏会で……」

 私は戸惑いながらも、すべて話す決心がついた。
 グレンと友人たちとの会話から、自分のことは貴族という身分が欲しいがためだけの、割り切った政略結婚だと思ったと、淡々と口にした。

「お嬢さまはお嬢さまらしく、綺麗な鳥かごにいるのがお似合いだ、って聞こえてしまったの」

 さすがに当時の辛さを思い出し、グッと涙をこらえた。

「表向きは私が妻だけど、着飾って閉じ込めておけばいいと思ってるのかと……」

 だから度重なる贈り物をしたのかとさえ、思っていた。
 私の告白を聞き、グレンは目を丸くした。

「それは絶対にない!!」

 グレンは私の手を握り、ギュッと強く引き寄せた。彼の胸に飛び込む体勢になる。

「俺は爵位も身分もなにもいらない。ただ、あんただけが欲しかったんだ」

 真剣な様子に息をのむ。

「誤解させた言い方をした俺が悪かった。だが俺は――結婚してくれるなら、絶対大事にすると誓っていたんだ。装飾品やドレス、欲しがる物をすべて与えて、ドロドロに甘やかしたかった。俺なしじゃ、生きていけないと思えるほど、俺だけを見て欲しかった。他の男の目に触れさせたくないほど」

 ギュッと私を締め付ける拘束は緩みそうにない。

「あそこにいた奴らも、表面上では友人を装ってはいるが、内心、平民上がりの俺のことを憎くて蹴落としたいと思っている奴もいるはずだ。そんな奴らに俺がルシナを大事にしていると知られるわけにはいかない」
「なぜ……?」
「俺の弱みを知れば、害が及ぶ確率があがる。それだけは絶対に避けなければならない」

 それは彼のこれまでの生き様が決して平坦な道ではなかったことを示している。

 人に恨まれることもあったかもしれない。その矛先が私に向かないように、わざと素っ気ない態度をとり、本心を隠したのだろうか。

「だが、すべて間違っていた」

 グレンは私の肩越しに言葉を続けた。

「本当は大事なら胸を張って、宣言するべきだった。こそこそと大事なものを隠すのではなく堂々と、そして手を出す奴には容赦しないと思わせればよかったんだ」

 グレンは静かに息を吐き出した。

「そうすれば連れ去られるなんて、なかったかもしれない」 

 グレンの声からは後悔の念を感じ取る。
 ああ、私を守ろうとして虚勢をはったのね。彼なりの守り方だったのだ。不器用だけどーー。

 だけど次第に胸にある感情が広がる。
 嬉しい、そしてくすぐったい気持ちになる。
 思わず笑みがこぼれた。
 そっと顔を上げ、グレンを見つめた。

「私たち、会話が足りなかったみたいね」

 そう最初から素直になって会話をしていれば、ここまでこじれることはなかったはずだ。
 お互いがどこかで意地を張っていたのかもしれない。

 無言になって見つめあう。
 彼の視線が熱を帯び、私の全身が熱くなってくる。

 急に恥ずかしくなり、サッと視線を逸らす。
 彼の視線に耐えられなくなったのだ。
 その時、スッと手が伸びてきた。優しく頬に触れ、グッと前を向かされた。ドキドキしてしまう。熱っぽい視線にうるんだ瞳。

「どうしたの……?」

 彼はなにか私に言いたいことがあるのだろうか。

「口づけを――してもいいか?」 

 不意の問いかけに心臓がはねた。
 わざわざ聞いてくるところが、律儀な人だと思う。
 カアッと顔が真っ赤になり、口ごもる。グレンは私をジッと見つめ、返答を待っている。

 彼と口づけする、それは嫌なのかしら?
 自分の心に問いかけてみる。
 ううん、嫌じゃない。答えはむしろ――。

 ごくりと息をのみ、静かに視線を合わせた。そして小さくうなずいた。

「ルシナ……」

 熱っぽい視線が徐々に下がり、グレンの顔が近づいてくる。

 私はギュッと目を閉じた。
 柔らかな感触を唇に感じ、緊張から体に力が入る。
 最初はついばむような、優しい口づけに、徐々に緊張がほぐれてきた。
 手を背中に回され、ギュッと抱きしめられた。

 胸の温かさに安堵を感じる。
 変なの私。まるでここはずっと自分の居場所だったみたいに、落ち着く……。

 静かに身を任せ、目を閉じた。
 グレンは私を抱きしめながら、耳元でささやいた。

「ずっと好きだった。必ず手に入れたいと願っていたんだ」

 吐息が耳にかかり、くすぐったい。

「だから――白い結婚なんてやめてもいいか」
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