上 下
53 / 68
第五章 決着の時

52.報復を誓う

しおりを挟む
「両親を早くに亡くし、孤児になった俺は生きるために働くしかなかった。毎日の飯にもありつけず、まさに生きるか死ぬかのギリギリだった」

 初めて聞く彼の出自。いつか彼の口から聞きたいと思ってはいたが、こんな形で聞けるとは思わなかった。

「地べたを這いつくばって生きてきた。それこそ、お前が想像できないようなこともして。スリにかっぱらいなどまだ軽い方で、とてもじゃないが公言できないような真似までして、な」

 放つ雰囲気が怖く、ベンは完全に怖気づいている。

「だが、そうまでしても欲しかったんだ。お前みたいに、近づいてくる女にコロッと寝返るような軽い男と一緒にするな。俺は彼女が欲しくて、そのためだけに今の地位にまでのぼりつめたんだ」

 ベンは完全に気圧され、青白い顔をしていた。

「それともあれか? お前が勝負するというのなら、受けてたつが?」

 グレンは端正な顔にゾッとするほどの笑みを浮かべた。

「一か月、いや、半月後に俺の言葉の意味をわからせてやろうか?」

 ベンは唇を噛みしめ、迫りくるグレンから視線をそらした。

「ボンド家は絹を扱う事業をしていたよな? ウィンダー商会と手を組んで」

 ベンの頬がピクリと動く。
 グレンは攻める箇所はここだと言わんばかりに、したたかに笑う。

「ウィンダー商会の出資者はこの俺だ」

 ベンは大きく目を開けて、顔を引きつらせた。

「本日をもって、すべての融資の撤退をしたらどうなるか想像できるか? お前の家と取引をしている事業にも圧をかけよう。俺と賭けるか? 没落まで何日かかるのか。お前の家族、小さい妹もいたよな、路頭に迷うだろうな」
「ひ、卑怯な真似を――」
「お前が言うのか? それを」

 グレンはせせら笑った。ベンは唇をグッと噛みしめ、黙り込んだ。
 グレンに弱みを握らせてはいけない。的確にそこをついてくる。彼の言葉は決して脅しなんかじゃない。

 彼は――やると言ったらやる。

 そう感じるからこそ、彼の放つ雰囲気に圧倒されたベンは、口をつぐむしかないのだろう。

「悔しかったら覆せるほどの力をつけてから言え。ぬくぬくと育った温室育ちに、大事な彼女を奪われてたまるものか」

 殺気だち、今にもベンを殺めそうだ。

「グ、グレン……」

 必死に声をしぼりだした。

「ルシナ」

 パッと顔を向けた彼は私に気遣う視線を投げ、近づいてくる。
 手を伸ばし、彼の服の裾をギュッとつかんだ。

「か……帰りたいの」

 これ以上、この場にいるのは危険だ。それにここにはもういたくない。

「わかった」

 グレンはあっさりと返答し、そっと腕を伸ばす。軽々と私を抱きかかえ、まるで宝物を扱うような仕草だ。
 落ちてしまわぬよう、彼の胸元にギュッとつかまった。

「今すぐ帰ろう」

 優しい声を聞き、ホッとして涙が出そうになる。
 あんなに怖い声をベンに向けていたグレン。でも私にはとても優しい声を出す。自分が特別なんだと実感して涙がにじむ。
 グレンは放心状態で床に座り込むベンに、鋭い視線を投げた。

「俺はやられたことは必ず返す。あとから楽しみにしておくんだな」

 ゾッとするほどの声を聞き、彼の胸に顔をうずめた。

「行こう」

 私を抱きかかえたグレンは別荘をあとにした。

 ******

 屋敷に戻るとすぐにベッドに寝かされた。
 だいぶ体の自由は取り戻した。

「水を飲んでくれ」

 グラスを受け取ろうとするが、指が震えていることにグレンが気づいた。
 グレンは無言で私の頭の後ろを手で支えると、グラスを口に近づけた。

 美味しい。

 喉を潤し、ホッと一息ついた。
 グレンはベッドで横たわる私の側に椅子を持ってきて、そっと手を伸ばす。
 頬に手の甲を滑らせ、くすぐったい。

「どうして、私があの店にいるって……わかったの?」

 なぜグレンがベンの別荘に駆けつけたのだろうか。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの姫にはなれないとしても~幼なじみに捧げた求めぬ愛のゆく先は

乃木ハルノ
恋愛
あなたが想いを寄せる人が街を出た日、私たちは初めてキスをした あなたが変わらず想い続けた人の婚約を知った夜、私はあなたに抱かれた 好きな人は私の従姉を愛している―― エマは幼なじみであるルークに長年片想いをしていた。 しかしルークが想いを寄せているのは従姉のリュシエンヌだった。 エマ、ルーク、そしてリュシエンヌの弟であるテオが十四歳を迎える年、リュシエンヌは貴族相手の愛人になるため王都へ赴くことになった。 エマは失意のルークとテオを激励してリュシエンヌの身請け代を稼ぐことを提案。 エマがリュシエンヌを助けたいと思うのは大切な従姉だからという他にルークのためでもあった。 忙しい両親に変わり弟妹の世話や家事で押しつぶされそうになっていた幼い頃、優しくしてくれたルークに恩義を感じ、彼の願いを叶えたいと考えたからだ。 学生の身で大金を稼ぐためやむなく危険な仕事に手を染めていく三人。 ルークとテオが学内で秘密裏に酒や麻薬の密売、デートクラブや賭博場の運営をして稼ぐ傍ら、エマは彼らの学校近くの病院で奉仕活動をしながら二人をサポートする日々を送る。 協力し合う中、エマとルークの絆も深まるが、ルークの想い人はあくまでリュシエンヌ。 彼女を救うために危険をかえりみず何でもする覚悟のルークの無私の愛を見習い、エマもまた恋心を秘めて彼の役に立とうとするのだった。 そして月日が経ち目標金額までもう少しとなった頃、リュシエンヌの婚約の知らせが届く。 リュシエンヌとその婚約者と顔を合わせた日の夜、ルークとエマは二人きりの慰労会をする。 リュシエンヌの喪失を忘れるために、エマは必要以上におどけてみせるが、それは共通の目的をなくしルークとこれ以上一緒にいられないかもしれないという恐れのせいだった。 酒杯を重ね、ほろ酔いになるとルークとの距離が近づく。 甘えてくるルークを受け止めるうちに色めいた雰囲気になり、エマはルークの寂しさに付け込んでいると自覚しながら彼と一夜を共にする。 大学の卒業を控えるルークに遠慮して会う機会を減らすエマだがやがて体調不良を自覚して…… 妊娠の可能性に思い至り、ルークの迷惑になることを恐れ町を出ることに決めたエマだったが……?

婚約破棄が流行しているようなので便乗して殿下に申し上げてみましたがなぜか却下されました

SORA
恋愛
公爵令嬢のフレア・カートリはマルクス王国の王太子であるマルク・レオナドルフとの婚約が決まっていた。 最近国内ではとある演劇が上演された後から婚約破棄が流行している。今まで泣き寝入りして婚約していた若者たちが次々と婚約破棄し始めていた。そんな話を聞いたフレアは、自分もこの流れに沿って婚約破棄しようとマルクに婚約破棄を申し出たのだけれど……

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

奪われたものは、もう返さなくていいです

gacchi
恋愛
幼い頃、母親が公爵の後妻となったことで公爵令嬢となったクラリス。正式な養女とはいえ、先妻の娘である義姉のジュディットとは立場が違うことは理解していた。そのため、言われるがままにジュディットのわがままを叶えていたが、学園に入学するようになって本当にこれが正しいのか悩み始めていた。そして、その頃、双子である第一王子アレクシスと第二王子ラファエルの妃選びが始まる。どちらが王太子になるかは、その妃次第と言われていたが……

悲劇の令嬢を救いたい、ですか。忠告はしましたので、あとはお好きにどうぞ。

ふまさ
恋愛
「──馬鹿馬鹿しい。何だ、この調査報告書は」  ぱさっ。  伯爵令息であるパーシーは、テーブルに三枚に束ねられた紙をほうった。向かい側に座る伯爵令嬢のカーラは、静かに口を開いた。 「きちんと目は通してもらえましたか?」 「むろんだ。そのうえで、もう一度言わせてもらうよ。馬鹿馬鹿しい、とね。そもそもどうして、きみは探偵なんか雇ってまで、こんなことをしたんだ?」  ざわざわ。ざわざわ。  王都内でも評判のカフェ。昼時のいまは、客で溢れかえっている。 「──女のカン、というやつでしょうか」 「何だ、それは。素直に言ったら少しは可愛げがあるのに」 「素直、とは」 「婚約者のぼくに、きみだけを見てほしいから、こんなことをしました、とかね」  カーラは一つため息をつき、確認するようにもう一度訊ねた。 「きちんとその調査報告書に目を通されたうえで、あなたはわたしの言っていることを馬鹿馬鹿しいと、信じないというのですね?」 「き、きみを馬鹿馬鹿しいとは言ってないし、きみを信じていないわけじゃない。でも、これは……」  カーラは「わかりました」と、調査報告書を手に取り、カバンにしまった。 「それではどうぞ、お好きになさいませ」

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...