46 / 68
第四章 航海の旅
45.確かめる気持ち
しおりを挟む温かくてとても心地が良い。
それにいい香りがする――。
そこでゆっくりと瞼を開ける。
あ……ここはもう船の上じゃ、なかったのだわ。
私はすっかり眠ってしまったらしい。窓からは明るい光が差し込んでいる。
グレンを寝かせるつもりが、いつの間にか寝入ってしまった。どうやら自分で思う以上に私も疲れていたらしい。顔を上げるとバチッと目が合った。
「よく眠れたか?」
腕枕をしていたグレンは、私をギュッと抱きしめてきた。その声を聞き、我に返る。
「えっ、えっと……」
この状況はどういうこと?
「もしかして、ずっと起きていたの?」
「いや、さっき目を覚ました。寝顔を見ないのはもったいないと思って、ずっと眺めていた」
「は、恥ずかしいわ」
どうしよう、変な場面を見られていないかしら。思わず両手で顔を隠した。
それに彼はこんなストレートに、甘い台詞を吐く人だっただろうか。
「思ったことを伝えないと後悔する。それにようやく気づいた」
グレンはひとり言のようにつぶやくと、私をギュッと抱きしめた。
彼の広い胸と香りに包まれ、頭がクラクラする。
「……セレモニーが終わり屋敷について、君の姿が見えなかった時、嫌な予感がした」
ふいにグレンが身を起こし、語り始めた。
私もゆっくりと起き上がり、彼と向き合う。そう、話をするべきだ。
「最初は街で遊んでいるのかと思い、すぐに街へ戻った。だが、先に帰ったはずの馬車だけ残されていた。もしかして君がまた船から転落したのかと思ったら――ゾッとした」
「グレン……」
彼の気持ちが痛いほどわかる。心配かけてしまった。
「絶望したんだ。君を失ってしまったのかと思って」
顔を覆った彼の背中をそっとさすった。
「ごめんなさい。心配かけて」
グレンはグッと唇をひきしめた。
「どうして……船に乗っていったんだ? そんなに俺から離れたかったのか?」
「それは……」
グレンは知らないんだ。私がマリアンヌに閉じ込められてしまったことを。
ゆっくりと首を横にふる。
「船の件は事故よ。グレンと別れたあと、食糧貯蔵庫の中を見ていたら、外から鍵をかけられてしまったの。それで出られなくなって……」
「誰だ、その鍵をかけた奴は……!!」
グレンの顔が大きくゆがむ。
表情から彼の怒りが伝わってくる。これでマリアンヌの名前を出したら――。
やはりこの件の決着は私がつけるべきだ。
「出航してすぐ、クロード船長とマルコが見つけてくれて助かったわ」
グレンはそっと私の手を取り、まじまじと見つめる。
「手に傷がついている」
「あっ、これは……」
食糧貯蔵庫の扉を、結構な力で叩いたから傷が出来てしまった。それに加えて三日間料理をしたので、手は荒れていた。
見られたくなくて手を隠そうとしたが、すかさず手を取られた。
グレンは指先にゆっくりと口づけを落とす。
「君に苦労をかけるなど――」
彼の顔は苦渋に満ちていた。
「あっ、違うの、これはね、私が好きでやっていたことなの。船の中では調理のお手伝いをしたのよ」
「君が?」
「ええ、皆が美味しいって褒めてくれたの。私も良い経験ができたわ。クロード船長と皆が、すごく親切にしてくれたの」
グレンは私の顔をじっと見て、肩口に顔を埋めた。
「そんな時でも前向きなんだな」
「グレン……?」
「どうやっても俺とは育ちが違うんだって思い知らされる。本当なら君の側に俺みたいな奴がいていいわけがないんだ。住む世界が違うんだって、俺だって知っているんだ、そんなこと」
切なげに絞り出す彼の声を聞く。
「だが、どうしても手放すなんて考えられないんだ」
腰に腕が回され、ギュッと抱きしめられた。
「グレン、あなたは私に良くしてくれているわ。それに今回も迎えにきてくれて、ありがとう」
お礼を言うがグレンは無言だった。
「それにドレスや装飾品を贈ってくれたり、いつも気にかけてくれているじゃない」
なだめるように彼の背中を優しくさする。
「俺にはそれしかできない。金で解決するしかないんだ」
「でも、そのお金で私たち一家が助けられたのは事実よ」
そう、借金のせいで、私はもっと最悪な決断をしなければいけなかったかもしれないのだ。
弱気な発言は彼らしくない。でもこの一面も彼が持つ姿なのだ。
今ならずっと疑問に思っていたこと、聞ける気がする。
勇気を振りしぼり、息をスッと吸い込む。
「グレンは私のことをどう思っていますか?」
さすっていた彼の背中が大きく揺れた。
もしかして動揺している?
グレンはゆっくりと体を起こす。私の目を見つめ、両腕をつかんだ。その表情は真剣そのものだ。
「……なに言っているんだ」
グレンは眉をひそめ、険しい顔をしていた。あきれているのかもしれない。
「ご、ごめんなさい。忘れてくだ――」
「……に決まっているだろう」
「えっ?」
言葉がうまく聞き取れず、聞き返した。
「好きに決まっているだろう」
真っすぐに目を見て告白された。
「じゃなきゃ、求婚しない。誰のためにここまで必死になって、成り上がったと思っているんだ」
グレンが私のことーー。
はっきりとした言葉を聞き、首から上が真っ赤になる私を前にして、グレンはしばし考え込む。
「――じゃあ、聞くが。俺の気持ちは全く伝わっていなかった、ってことか?」
「えっ、えっ……」
私は動揺して、目をさまよわせるばかりだ。
2,119
お気に入りに追加
4,860
あなたにおすすめの小説

【完】夫から冷遇される伯爵夫人でしたが、身分を隠して踊り子として夜働いていたら、その夫に見初められました。
112
恋愛
伯爵家同士の結婚、申し分ない筈だった。
エッジワーズ家の娘、エリシアは踊り子の娘だったが為に嫁ぎ先の夫に冷遇され、虐げられ、屋敷を追い出される。
庭の片隅、掘っ立て小屋で生活していたエリシアは、街で祝祭が開かれることを耳にする。どうせ誰からも顧みられないからと、こっそり抜け出して街へ向かう。すると街の中心部で民衆が音楽に合わせて踊っていた。その輪の中にエリシアも入り一緒になって踊っていると──

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので
ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。
しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。
異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。
異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。
公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。
『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。
更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。
だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。
ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。
モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて――
奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。
異世界、魔法のある世界です。
色々ゆるゆるです。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲

婚約破棄を兄上に報告申し上げます~ここまでお怒りになった兄を見たのは初めてでした~
ルイス
恋愛
カスタム王国の伯爵令嬢ことアリシアは、慕っていた侯爵令息のランドールに婚約破棄を言い渡された
「理由はどういったことなのでしょうか?」
「なに、他に好きな女性ができただけだ。お前は少し固過ぎたようだ、私の隣にはふさわしくない」
悲しみに暮れたアリシアは、兄に婚約が破棄されたことを告げる
それを聞いたアリシアの腹違いの兄であり、現国王の息子トランス王子殿下は怒りを露わにした。
腹違いお兄様の復讐……アリシアはそこにイケない感情が芽生えつつあったのだ。

【完結】 私を忌み嫌って義妹を贔屓したいのなら、家を出て行くのでお好きにしてください
ゆうき
恋愛
苦しむ民を救う使命を持つ、国のお抱えの聖女でありながら、悪魔の子と呼ばれて忌み嫌われている者が持つ、赤い目を持っているせいで、民に恐れられ、陰口を叩かれ、家族には忌み嫌われて劣悪な環境に置かれている少女、サーシャはある日、義妹が屋敷にやってきたことをきっかけに、聖女の座と婚約者を義妹に奪われてしまった。
義父は義妹を贔屓し、なにを言っても聞き入れてもらえない。これでは聖女としての使命も、幼い頃にとある男の子と交わした誓いも果たせない……そう思ったサーシャは、誰にも言わずに外の世界に飛び出した。
外の世界に出てから間もなく、サーシャも知っている、とある家からの捜索願が出されていたことを知ったサーシャは、急いでその家に向かうと、その家のご子息様に迎えられた。
彼とは何度か社交界で顔を合わせていたが、なぜかサーシャにだけは冷たかった。なのに、出会うなりサーシャのことを抱きしめて、衝撃の一言を口にする。
「おお、サーシャ! 我が愛しの人よ!」
――これは一人の少女が、溺愛されながらも、聖女の使命と大切な人との誓いを果たすために奮闘しながら、愛を育む物語。
⭐︎小説家になろう様にも投稿されています⭐︎
完結 貴族生活を棄てたら王子が追って来てメンドクサイ。
音爽(ネソウ)
恋愛
王子の婚約者になってから様々な嫌がらせを受けるようになった侯爵令嬢。
王子は助けてくれないし、母親と妹まで嫉妬を向ける始末。
貴族社会が嫌になった彼女は家出を決行した。
だが、有能がゆえに王子妃に選ばれた彼女は追われることに……
妹と旦那様に子供ができたので、離縁して隣国に嫁ぎます
冬月光輝
恋愛
私がベルモンド公爵家に嫁いで3年の間、夫婦に子供は出来ませんでした。
そんな中、夫のファルマンは裏切り行為を働きます。
しかも相手は妹のレナ。
最初は夫を叱っていた義両親でしたが、レナに子供が出来たと知ると私を責めだしました。
夫も婚約中から私からの愛は感じていないと口にしており、あの頃に婚約破棄していればと謝罪すらしません。
最後には、二人と子供の幸せを害する権利はないと言われて離縁させられてしまいます。
それからまもなくして、隣国の王子であるレオン殿下が我が家に現れました。
「約束どおり、私の妻になってもらうぞ」
確かにそんな約束をした覚えがあるような気がしますが、殿下はまだ5歳だったような……。
言われるがままに、隣国へ向かった私。
その頃になって、子供が出来ない理由は元旦那にあることが発覚して――。
ベルモンド公爵家ではひと悶着起こりそうらしいのですが、もう私には関係ありません。
※ざまぁパートは第16話〜です

辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる