婚約者を妹に奪われて政略結婚しましたが、なぜか溺愛されているようです。

夏目みや

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第四章 航海の旅

45.確かめる気持ち

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 温かくてとても心地が良い。

 それにいい香りがする――。

 そこでゆっくりと瞼を開ける。

 あ……ここはもう船の上じゃ、なかったのだわ。

 私はすっかり眠ってしまったらしい。窓からは明るい光が差し込んでいる。
 グレンを寝かせるつもりが、いつの間にか寝入ってしまった。どうやら自分で思う以上に私も疲れていたらしい。顔を上げるとバチッと目が合った。

「よく眠れたか?」

 腕枕をしていたグレンは、私をギュッと抱きしめてきた。その声を聞き、我に返る。

「えっ、えっと……」

 この状況はどういうこと? 

「もしかして、ずっと起きていたの?」
「いや、さっき目を覚ました。寝顔を見ないのはもったいないと思って、ずっと眺めていた」
「は、恥ずかしいわ」

 どうしよう、変な場面を見られていないかしら。思わず両手で顔を隠した。
 
 それに彼はこんなストレートに、甘い台詞を吐く人だっただろうか。

「思ったことを伝えないと後悔する。それにようやく気づいた」

 グレンはひとり言のようにつぶやくと、私をギュッと抱きしめた。
 彼の広い胸と香りに包まれ、頭がクラクラする。

「……セレモニーが終わり屋敷について、君の姿が見えなかった時、嫌な予感がした」

 ふいにグレンが身を起こし、語り始めた。
 私もゆっくりと起き上がり、彼と向き合う。そう、話をするべきだ。

「最初は街で遊んでいるのかと思い、すぐに街へ戻った。だが、先に帰ったはずの馬車だけ残されていた。もしかして君がまた船から転落したのかと思ったら――ゾッとした」
「グレン……」

 彼の気持ちが痛いほどわかる。心配かけてしまった。

「絶望したんだ。君を失ってしまったのかと思って」

 顔を覆った彼の背中をそっとさすった。

「ごめんなさい。心配かけて」

 グレンはグッと唇をひきしめた。

「どうして……船に乗っていったんだ? そんなに俺から離れたかったのか?」
「それは……」

 グレンは知らないんだ。私がマリアンヌに閉じ込められてしまったことを。
 ゆっくりと首を横にふる。

「船の件は事故よ。グレンと別れたあと、食糧貯蔵庫の中を見ていたら、外から鍵をかけられてしまったの。それで出られなくなって……」
「誰だ、その鍵をかけた奴は……!!」

 グレンの顔が大きくゆがむ。
 表情から彼の怒りが伝わってくる。これでマリアンヌの名前を出したら――。

 やはりこの件の決着は私がつけるべきだ。

「出航してすぐ、クロード船長とマルコが見つけてくれて助かったわ」

 グレンはそっと私の手を取り、まじまじと見つめる。

「手に傷がついている」
「あっ、これは……」

 食糧貯蔵庫の扉を、結構な力で叩いたから傷が出来てしまった。それに加えて三日間料理をしたので、手は荒れていた。
 見られたくなくて手を隠そうとしたが、すかさず手を取られた。
 グレンは指先にゆっくりと口づけを落とす。

「君に苦労をかけるなど――」

 彼の顔は苦渋に満ちていた。

「あっ、違うの、これはね、私が好きでやっていたことなの。船の中では調理のお手伝いをしたのよ」
「君が?」
「ええ、皆が美味しいって褒めてくれたの。私も良い経験ができたわ。クロード船長と皆が、すごく親切にしてくれたの」

 グレンは私の顔をじっと見て、肩口に顔を埋めた。

「そんな時でも前向きなんだな」
「グレン……?」
「どうやっても俺とは育ちが違うんだって思い知らされる。本当なら君の側に俺みたいな奴がいていいわけがないんだ。住む世界が違うんだって、俺だって知っているんだ、そんなこと」

 切なげに絞り出す彼の声を聞く。

「だが、どうしても手放すなんて考えられないんだ」

 腰に腕が回され、ギュッと抱きしめられた。

「グレン、あなたは私に良くしてくれているわ。それに今回も迎えにきてくれて、ありがとう」

 お礼を言うがグレンは無言だった。

「それにドレスや装飾品を贈ってくれたり、いつも気にかけてくれているじゃない」

 なだめるように彼の背中を優しくさする。

「俺にはそれしかできない。金で解決するしかないんだ」
「でも、そのお金で私たち一家が助けられたのは事実よ」

 そう、借金のせいで、私はもっと最悪な決断をしなければいけなかったかもしれないのだ。

 弱気な発言は彼らしくない。でもこの一面も彼が持つ姿なのだ。
 今ならずっと疑問に思っていたこと、聞ける気がする。
 勇気を振りしぼり、息をスッと吸い込む。

「グレンは私のことをどう思っていますか?」

 さすっていた彼の背中が大きく揺れた。

 もしかして動揺している?

 グレンはゆっくりと体を起こす。私の目を見つめ、両腕をつかんだ。その表情は真剣そのものだ。

「……なに言っているんだ」

 グレンは眉をひそめ、険しい顔をしていた。あきれているのかもしれない。

「ご、ごめんなさい。忘れてくだ――」
「……に決まっているだろう」
「えっ?」

 言葉がうまく聞き取れず、聞き返した。

「好きに決まっているだろう」

 真っすぐに目を見て告白された。

「じゃなきゃ、求婚しない。誰のためにここまで必死になって、成り上がったと思っているんだ」

 グレンが私のことーー。
 
 はっきりとした言葉を聞き、首から上が真っ赤になる私を前にして、グレンはしばし考え込む。

「――じゃあ、聞くが。俺の気持ちは全く伝わっていなかった、ってことか?」
「えっ、えっ……」

 私は動揺して、目をさまよわせるばかりだ。
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