婚約者を妹に奪われて政略結婚しましたが、なぜか溺愛されているようです。

夏目みや

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第四章 航海の旅

43.クリフ港

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「クロード船長はどうしてここまで良くしてくださるのですか?」

 ふと不思議になる。たんに友情なのだろうか。

「そりゃ、あいつには今まで何度も助けられたからな」

 二人には私の知らない絆があるのだろう。そんな気がした。

「それこそ、あいつが船に乗っていた頃からの知り合いだ」
「えっ……。それはいつの話ですか」

 グレンが船に乗っていた? 初めて聞いた。
 その時、まるでしまったとでも言いたげに、クロード船長の口元がゆがんだのを見逃さなかった。

「まあ、本人に聞いてくれ」

 ポンと頭を叩かれたが、うまくはぐらかされた気がする。

 グレンは船に乗っていた時があるのね。
 そこから貿易事業に興味が出たのかしら。

 私、そういえば彼のこと、なにも知らないな。ふと思う。
 彼の好きなことや嫌いなこと。そして今までどうやって過ごしていたのだろう。
 そして今一番私の心の中を占めている疑問がある。
 
 だけど――

 それを聞けば、彼との関係性も一歩変わるような気がする。聞くのは勇気がいることだけど。

 グッと手を握りしめ、顔を上げた。
 ここで過ごすのもあと二日。それまでに考えよう。


 ******

 それからの航海中も調理場に立ち、シドとタッグとマルコと調理をして過ごした。大鍋に料理をするのは初めてだったけど、とてもいい経験になった。シドとタッグもナイフさばきが上手になってきた。皆とワイワイと調理したことは楽しく、かけがいのない時間だった。

 そんな感じであっという間に、二日が過ぎた。

 私の終点である、カリフ港はもうすぐそこまで近づいていた。

 昼食の片付けを終えると、マルコと共に船長室に向かう。この部屋とも、もうお別れだと思うと寂しい感情がわきあがる。
 
 ハンモックをたたんで簡単な掃除をし、鳥かごの中のバロンに声をかけた。

「ありがとう。お礼はまた今度ね」

 バロンは立派な羽を広げた。まるで人間の言葉を理解しているのかのように見えた。

 船長室と調理場の掃除をひと通り終え、甲板に向かう。

「来たな」

 クロード船長は中央に立ち、腕を組んで待っていた。船員たちも皆が集まっている。カリフ港はもうそこまで見えている。
 
 浅橋は漁船で埋め尽くされ、ここにまで騒がしい雰囲気が伝わってくる。
 街は人々でにぎわい、どうやら栄えているようだ。夕日が沈みそうな時間帯に、人であふれている。

「クロード船長、なにからなにまでありがとうございました」
「いや、こちらこそ。飯もうまかったしな。それより着替えないのか?」

 クロード船長に指摘され、微笑んだ。

「この格好も動きやすいので」

 港についてグレンとすぐ会えるとも限らない。この格好なら、危ない目にあう確率が下がるだろう。
 船が港に近づき、ゆっくりと止まる。

「マルコ、いろいろありがとうね。服は次に会った時に返すから」

 クロード船長の隣にいたマルコは今にも泣き出しそうだった。

「ルシー楽しかったよ」

 唇を噛みしめ、涙をこらえている。

 そうこうしているうちに、船員たちがわらわらと集まってきた。

「料理ありがとうな。うまかったぜ!!」
「陸に戻っても元気で暮らせよ!!」

 口々に礼を言われる。なんだか短い間だったけど、濃い時間だった。

「こちらこそ、ありがとうございました」

 ペコンと頭を下げる。
 顔を上げるとシドとタッグが視界に入る。

「なんだよ、行ってしまうのかよ。薄情な奴だな」
「お前もクロード船長の元で働けって!!」

 引き止める彼らの目は赤かった。

「僕でも涙を我慢しているのに、シドとタッグは泣いてら」

 マルコの軽口に彼らは反応する。

「悪いかよ!! ルシーは癒しだよ、癒し!! また明日から男くさい所帯に戻るんだぞ!」
「ああ、むさくるしい船に舞い降りた、女神か天使のような存在だったのに!!」

 うんうんとうなずく彼らにサッと手を差し出す。

「本当にありがとう。シドとタッグと働けて楽しかった」

 彼らは自身のシャツで手の汚れを拭うと、おずおずと手を握ってくれた。

「じゃあ、もう行くね」

 最後は笑顔でお別れしたい。
 
 ニコッと笑い、サッと背中を見せる。

 視線の先は、にぎわうカリフ港。

 ふと、知った顔を見つけた気がした。

 遠い距離だったが視線が絡み合う。


 あっーーーー……


 彼を見つけた途端、自然と足が走り出した。

 その時、突風が吹き、帽子が拭き飛ばされた。隠していた長い髪があらわになり、風になびいた。

 皆には男だって言っていたのに。最後の最後でばれてしまった。だましていたみたいで、決まりが悪い。皆は怒っていないかしら。

 帽子を拾い上げ、おずおずと振り返る。

「うぉぉぉーー!! 最高に可愛いぜーーーー!! ルシー!! そんなに可愛い顔した男なんて、この世にいるわけないだろうーーーー!!」
「ルシー!! 俺らの女神、元気でやっていくんだぞ!!」

 シドとタッグから声も張り裂けんばかりの大声で、涙のエールをもらう。

 どうやら女だということは、とっくにばれていたみたい。だが最後まで指摘せずに、異性として接しなかった彼らに感謝した。私は最後にニコッと笑う。

「あ、ありがとう……だぜ……!!」

 これで最後になる言葉遣い。言いながらも赤くなり、照れてしまった。

 シドとタッグは天を仰ぎ、手で目を隠した。

「ああ、いい……!! まぶしすぎて目がつぶれた」
「最高だ、男装女神……!!」

 またいつか、気のいい彼らに会えるといい。そう願わずにはいられない。

 そしてすぐに前を向く。急いでいかないと、グレンが来ている。

 停車した船を下りて駆け出す。

 人ごみをかきわけて、走ってくる人物に手を伸ばす。

「グレン!!」

 勢いのままグレンに飛びつき、ギュッと抱きしめた。
 グレンも私を強く抱きしめる。

「よく無事で……!!」

 しぼりだすような声を聞き、胸がギュッとしめつけられた。
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