婚約者を妹に奪われて政略結婚しましたが、なぜか溺愛されているようです。

夏目みや

文字の大きさ
上 下
38 / 68
第四章 航海の旅

37.海の上

しおりを挟む
 どこからか波の音が聞こえる――。

 その時、ドンッ!! と勢いよく、何かが床に叩きつけられる音がした。

 ビクッとして肩を揺らし、瞬時に目を開ける。

 視界に入ったのは床に転がった、大きなホールチーズ。天井に吊るしていたのが、どうやら落ちてしまったようだ。

 そこでハッとして顔を上げる。

 私、貯蔵庫に閉じ込められて、そのまま眠ってしまって――。

 ここはいったいどこ!?
 
 小さな窓に駆け寄り、外を見る。もう日が沈みかけている。

 それどころか水しぶきを上げ、船はグングン進んでいる。

 嘘でしょう!?

 最悪なことに船は出航してしまったらしい。私も乗せたまま――。

「どうしよう……」

 途方にくれ、泣きたくなった。そこでハッと気づく。

 グレンは? いったいどうしているのだろう。

 屋敷に先に戻ったと思っているはず。今頃私が帰宅していないことに気づき、騒ぎになっているかもしれない。

 いけない、この状況をどうにかしないと。
 
 再び扉をドンドンと叩き、必死に叫ぶ。

「誰かいませんか!?」

 それからどのぐらい声を張り上げていたのか。反応がないことにいら立ちを覚える。

「もう!! 誰か気づいてよ」

 最後に大きく扉をドンと叩くと、そのまま扉を背にし、しゃがみ込む。
 このまま気づいてもらえなかったら、どうしよう。もうすぐ日が暮れてしまう。

 私、ここで一晩過ごすのかしら?

 心細くて涙がでそうになった時、バタバタと足音が聞こえた。

 誰かきた!?
 顔をハッと上げる。

「本当になにか声がしたのか~? 幽霊なんているわけないだろう」

 扉の向こう側で笑い声がする。

「本当だって、船長!! 暗い声で『出して~出して~』って聞こえたんだ!!」

 ガチャリと鍵の開く音と共に、ゆっくりと扉が開く。
 まずは足先のブーツが視界に入り、次に浅黒い肌。ターバンを巻いた長髪の彼はカッと目を見開いた。

「あんたは……」

 絶句したのち、大きく頭を振って顔を手で覆った。

「嘘だろう……」

 ボソッとつぶやいたかと思うと、勢いよく顔を上げる。

「幽霊の方がまだマシだったな」

 両腕を組み、うなだれている彼は一度、面識がある。えっとーー。

「クロード船長!!」

 顔見知りに助けられた安堵で体から力が抜けた。

「良かった」

 ホッとしてつぶやく私と対照に、クロード船長の顔は深刻だ。

「いや、それがちっとも良くない状況だ」

 その時、クロード船長の背後からチラチラと見え隠れする存在に気づく。十歳前後の男の子だった。日に焼けた肌にそばかす、彫りの深い顔立ちをしている。彼からジーッと視線を感じる。

「すごいや、幽霊かと思ったら綺麗なお姫さまだったみたいだ」

 目をキラキラと輝かせているが、もしかして私のことを言っているのだろうか。
 クロード船長は彼の頭をポンと叩く。

「だがな、グレンのものだぞ」
「ひぇっ!! グレン様の」

 男の子は強張った表情で肩をすぼめた。

「まあ、こうなってしまった以上、騒いでも仕方ない」

 もはやクロード船長からはあきらめに似た声が聞こえた。

「事情を説明してもらおうか。ついてきな」

 顎でクイッと指示され、彼のあとをついていった。

 案内された先は船長室だといった。きっとここは、クロード船長の部屋なのだろう。案外広く、ベッドにソファ、立派なテーブルまで置いてある。

 彼はソファにドカッと腰かけると、私にも勧めてきた。

「で、説明してもらおうか」

 私はこれまでの経緯を話した。すべて話し終えるとクロード船長は頭を抱えた。

「ああ、どうするかな、クソッ」

 声の荒さにビクッとなり、肩を揺らした。

「いや、あんたに言ったんじゃない。出航する前、あれだけ一般人が潜りこんでないか調べるよう言っていたのに、確認を怠った船員のミスだ。申し訳ない」

 クロード船長は頭を下げる。

「いえ、まさか食糧庫に人がいるとは思わないでしょう」

 慌てて謝罪を遮る。むしろ家族の問題に巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちだ。

「これから俺たちはどうすべきか決めないといけない。一つ目は今からリート港に戻る。二つ目は最後の終着点、ハイゼル港まで共に旅をする」

 クロード船長は指を数える。

「そして最後、三つ目。本来なら立ち寄る予定のなかったカリフ港に立ち寄る。そこでグレンと落ち合う」
「クロード船長的にはどれが一番最善だと思いますか」
「船長としての立場だけで言えば、二つ目だろう」

 彼は足を組み、はっきりと言い切った。

 そりゃそうだ。私というお荷物が乗っているのは完全に想定外。計画通りに進めたいと思うのは当たり前だ。

「だがな、それじゃあグレンに命を取られてしまう」

 クロード船長は手で首をスパッと切り、ベッと舌を出す真似をした。

「だが、今から戻ってしまえば計画に遅れをとる。だから一つ目だけは避けたい。だが三つ目の案はどうだ? カリフ港には立ち寄る予定ではなかったが、ここなら通り道だ。特に時間を取られることもない」
「でもグレンにはどうやって伝達するのでしょうか」

 彼はきっと今頃私のことを探しているはずだ。

「そこは伝令を飛ばすのさ」

 クロード船長はベッドの脇に吊るしていた大きな鳥かごを顎でしゃくった。
 そこには大きな鷹が羽を休めていた。

「バロン、出番だぞ。クロードのもとまで頼むな」

 黒い鷹は目をまん丸にして首を傾げていた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

婚約者が病弱な妹に恋をしたので、私は家を出ます。どうか、探さないでください。

待鳥園子
恋愛
婚約者が病弱な妹を見掛けて一目惚れし、私と婚約者を交換できないかと両親に聞いたらしい。 妹は清楚で可愛くて、しかも性格も良くて素直で可愛い。私が男でも、私よりもあの子が良いと、きっと思ってしまうはず。 ……これは、二人は悪くない。仕方ないこと。 けど、二人の邪魔者になるくらいなら、私が家出します! 自覚のない純粋培養貴族令嬢が腹黒策士な護衛騎士に囚われて何があっても抜け出せないほどに溺愛される話。

【完結】身を引いたつもりが逆効果でした

風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。 一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。 平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません! というか、婚約者にされそうです!

元カノが復縁したそうにこちらを見ているので、彼の幸せのために身を引こうとしたら意外と溺愛されていました

おりの まるる
恋愛
カーネリアは、大好きな魔法師団の副師団長であるリオンへ告白すること2回、元カノが忘れられないと振られること2回、玉砕覚悟で3回目の告白をした。 3回目の告白の返事は「友達としてなら付き合ってもいい」と言われ3年の月日を過ごした。 もう付き合うとかできないかもと諦めかけた時、ついに付き合うことがてきるように。 喜んだのもつかの間、初めてのデートで、彼を以前捨てた恋人アイオラが再びリオンの前に訪れて……。 大好きな彼の幸せを願って、身を引こうとするのだが。

妹が公爵夫人になりたいようなので、譲ることにします。

夢草 蝶
恋愛
 シスターナが帰宅すると、婚約者と妹のキスシーンに遭遇した。  どうやら、妹はシスターナが公爵夫人になることが気に入らないらしい。  すると、シスターナは快く妹に婚約者の座を譲ると言って──  本編とおまけの二話構成の予定です。

全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。

彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。

誤解されて1年間妻と会うことを禁止された。

しゃーりん
恋愛
3か月前、ようやく愛する人アイリーンと結婚できたジョルジュ。 幸せ真っただ中だったが、ある理由により友人に唆されて高級娼館に行くことになる。 その現場を妻アイリーンに見られていることを知らずに。 実家に帰ったまま戻ってこない妻を迎えに行くと、会わせてもらえない。 やがて、娼館に行ったことがアイリーンにバレていることを知った。 妻の家族には娼館に行った経緯と理由を纏めてこいと言われ、それを見てアイリーンがどう判断するかは1年後に決まると言われた。つまり1年間会えないということ。 絶望しながらも思い出しながら経緯を書き記すと疑問点が浮かぶ。 なんでこんなことになったのかと原因を調べていくうちに自分たち夫婦に対する嫌がらせと離婚させることが目的だったとわかるお話です。

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

交換された花嫁

秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
「お姉さんなんだから我慢なさい」 お姉さんなんだから…お姉さんなんだから… 我儘で自由奔放な妹の所為で昔からそればかり言われ続けてきた。ずっと我慢してきたが。公爵令嬢のヒロインは16歳になり婚約者が妹と共に出来きたが…まさかの展開が。 「お姉様の婚約者頂戴」 妹がヒロインの婚約者を寝取ってしまい、終いには頂戴と言う始末。両親に話すが…。 「お姉さんなのだから、交換して上げなさい」 流石に婚約者を交換するのは…不味いのでは…。 結局ヒロインは妹の要求通りに婚約者を交換した。 そしてヒロインは仕方無しに嫁いで行くが、夫である第2王子にはどうやら想い人がいるらしく…。

処理中です...