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第四章 航海の旅
37.海の上
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どこからか波の音が聞こえる――。
その時、ドンッ!! と勢いよく、何かが床に叩きつけられる音がした。
ビクッとして肩を揺らし、瞬時に目を開ける。
視界に入ったのは床に転がった、大きなホールチーズ。天井に吊るしていたのが、どうやら落ちてしまったようだ。
そこでハッとして顔を上げる。
私、貯蔵庫に閉じ込められて、そのまま眠ってしまって――。
ここはいったいどこ!?
小さな窓に駆け寄り、外を見る。もう日が沈みかけている。
それどころか水しぶきを上げ、船はグングン進んでいる。
嘘でしょう!?
最悪なことに船は出航してしまったらしい。私も乗せたまま――。
「どうしよう……」
途方にくれ、泣きたくなった。そこでハッと気づく。
グレンは? いったいどうしているのだろう。
屋敷に先に戻ったと思っているはず。今頃私が帰宅していないことに気づき、騒ぎになっているかもしれない。
いけない、この状況をどうにかしないと。
再び扉をドンドンと叩き、必死に叫ぶ。
「誰かいませんか!?」
それからどのぐらい声を張り上げていたのか。反応がないことにいら立ちを覚える。
「もう!! 誰か気づいてよ」
最後に大きく扉をドンと叩くと、そのまま扉を背にし、しゃがみ込む。
このまま気づいてもらえなかったら、どうしよう。もうすぐ日が暮れてしまう。
私、ここで一晩過ごすのかしら?
心細くて涙がでそうになった時、バタバタと足音が聞こえた。
誰かきた!?
顔をハッと上げる。
「本当になにか声がしたのか~? 幽霊なんているわけないだろう」
扉の向こう側で笑い声がする。
「本当だって、船長!! 暗い声で『出して~出して~』って聞こえたんだ!!」
ガチャリと鍵の開く音と共に、ゆっくりと扉が開く。
まずは足先のブーツが視界に入り、次に浅黒い肌。ターバンを巻いた長髪の彼はカッと目を見開いた。
「あんたは……」
絶句したのち、大きく頭を振って顔を手で覆った。
「嘘だろう……」
ボソッとつぶやいたかと思うと、勢いよく顔を上げる。
「幽霊の方がまだマシだったな」
両腕を組み、うなだれている彼は一度、面識がある。えっとーー。
「クロード船長!!」
顔見知りに助けられた安堵で体から力が抜けた。
「良かった」
ホッとしてつぶやく私と対照に、クロード船長の顔は深刻だ。
「いや、それがちっとも良くない状況だ」
その時、クロード船長の背後からチラチラと見え隠れする存在に気づく。十歳前後の男の子だった。日に焼けた肌にそばかす、彫りの深い顔立ちをしている。彼からジーッと視線を感じる。
「すごいや、幽霊かと思ったら綺麗なお姫さまだったみたいだ」
目をキラキラと輝かせているが、もしかして私のことを言っているのだろうか。
クロード船長は彼の頭をポンと叩く。
「だがな、グレンのものだぞ」
「ひぇっ!! グレン様の」
男の子は強張った表情で肩をすぼめた。
「まあ、こうなってしまった以上、騒いでも仕方ない」
もはやクロード船長からはあきらめに似た声が聞こえた。
「事情を説明してもらおうか。ついてきな」
顎でクイッと指示され、彼のあとをついていった。
案内された先は船長室だといった。きっとここは、クロード船長の部屋なのだろう。案外広く、ベッドにソファ、立派なテーブルまで置いてある。
彼はソファにドカッと腰かけると、私にも勧めてきた。
「で、説明してもらおうか」
私はこれまでの経緯を話した。すべて話し終えるとクロード船長は頭を抱えた。
「ああ、どうするかな、クソッ」
声の荒さにビクッとなり、肩を揺らした。
「いや、あんたに言ったんじゃない。出航する前、あれだけ一般人が潜りこんでないか調べるよう言っていたのに、確認を怠った船員のミスだ。申し訳ない」
クロード船長は頭を下げる。
「いえ、まさか食糧庫に人がいるとは思わないでしょう」
慌てて謝罪を遮る。むしろ家族の問題に巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちだ。
「これから俺たちはどうすべきか決めないといけない。一つ目は今からリート港に戻る。二つ目は最後の終着点、ハイゼル港まで共に旅をする」
クロード船長は指を数える。
「そして最後、三つ目。本来なら立ち寄る予定のなかったカリフ港に立ち寄る。そこでグレンと落ち合う」
「クロード船長的にはどれが一番最善だと思いますか」
「船長としての立場だけで言えば、二つ目だろう」
彼は足を組み、はっきりと言い切った。
そりゃそうだ。私というお荷物が乗っているのは完全に想定外。計画通りに進めたいと思うのは当たり前だ。
「だがな、それじゃあグレンに命を取られてしまう」
クロード船長は手で首をスパッと切り、ベッと舌を出す真似をした。
「だが、今から戻ってしまえば計画に遅れをとる。だから一つ目だけは避けたい。だが三つ目の案はどうだ? カリフ港には立ち寄る予定ではなかったが、ここなら通り道だ。特に時間を取られることもない」
「でもグレンにはどうやって伝達するのでしょうか」
彼はきっと今頃私のことを探しているはずだ。
「そこは伝令を飛ばすのさ」
クロード船長はベッドの脇に吊るしていた大きな鳥かごを顎でしゃくった。
そこには大きな鷹が羽を休めていた。
「バロン、出番だぞ。クロードのもとまで頼むな」
黒い鷹は目をまん丸にして首を傾げていた。
その時、ドンッ!! と勢いよく、何かが床に叩きつけられる音がした。
ビクッとして肩を揺らし、瞬時に目を開ける。
視界に入ったのは床に転がった、大きなホールチーズ。天井に吊るしていたのが、どうやら落ちてしまったようだ。
そこでハッとして顔を上げる。
私、貯蔵庫に閉じ込められて、そのまま眠ってしまって――。
ここはいったいどこ!?
小さな窓に駆け寄り、外を見る。もう日が沈みかけている。
それどころか水しぶきを上げ、船はグングン進んでいる。
嘘でしょう!?
最悪なことに船は出航してしまったらしい。私も乗せたまま――。
「どうしよう……」
途方にくれ、泣きたくなった。そこでハッと気づく。
グレンは? いったいどうしているのだろう。
屋敷に先に戻ったと思っているはず。今頃私が帰宅していないことに気づき、騒ぎになっているかもしれない。
いけない、この状況をどうにかしないと。
再び扉をドンドンと叩き、必死に叫ぶ。
「誰かいませんか!?」
それからどのぐらい声を張り上げていたのか。反応がないことにいら立ちを覚える。
「もう!! 誰か気づいてよ」
最後に大きく扉をドンと叩くと、そのまま扉を背にし、しゃがみ込む。
このまま気づいてもらえなかったら、どうしよう。もうすぐ日が暮れてしまう。
私、ここで一晩過ごすのかしら?
心細くて涙がでそうになった時、バタバタと足音が聞こえた。
誰かきた!?
顔をハッと上げる。
「本当になにか声がしたのか~? 幽霊なんているわけないだろう」
扉の向こう側で笑い声がする。
「本当だって、船長!! 暗い声で『出して~出して~』って聞こえたんだ!!」
ガチャリと鍵の開く音と共に、ゆっくりと扉が開く。
まずは足先のブーツが視界に入り、次に浅黒い肌。ターバンを巻いた長髪の彼はカッと目を見開いた。
「あんたは……」
絶句したのち、大きく頭を振って顔を手で覆った。
「嘘だろう……」
ボソッとつぶやいたかと思うと、勢いよく顔を上げる。
「幽霊の方がまだマシだったな」
両腕を組み、うなだれている彼は一度、面識がある。えっとーー。
「クロード船長!!」
顔見知りに助けられた安堵で体から力が抜けた。
「良かった」
ホッとしてつぶやく私と対照に、クロード船長の顔は深刻だ。
「いや、それがちっとも良くない状況だ」
その時、クロード船長の背後からチラチラと見え隠れする存在に気づく。十歳前後の男の子だった。日に焼けた肌にそばかす、彫りの深い顔立ちをしている。彼からジーッと視線を感じる。
「すごいや、幽霊かと思ったら綺麗なお姫さまだったみたいだ」
目をキラキラと輝かせているが、もしかして私のことを言っているのだろうか。
クロード船長は彼の頭をポンと叩く。
「だがな、グレンのものだぞ」
「ひぇっ!! グレン様の」
男の子は強張った表情で肩をすぼめた。
「まあ、こうなってしまった以上、騒いでも仕方ない」
もはやクロード船長からはあきらめに似た声が聞こえた。
「事情を説明してもらおうか。ついてきな」
顎でクイッと指示され、彼のあとをついていった。
案内された先は船長室だといった。きっとここは、クロード船長の部屋なのだろう。案外広く、ベッドにソファ、立派なテーブルまで置いてある。
彼はソファにドカッと腰かけると、私にも勧めてきた。
「で、説明してもらおうか」
私はこれまでの経緯を話した。すべて話し終えるとクロード船長は頭を抱えた。
「ああ、どうするかな、クソッ」
声の荒さにビクッとなり、肩を揺らした。
「いや、あんたに言ったんじゃない。出航する前、あれだけ一般人が潜りこんでないか調べるよう言っていたのに、確認を怠った船員のミスだ。申し訳ない」
クロード船長は頭を下げる。
「いえ、まさか食糧庫に人がいるとは思わないでしょう」
慌てて謝罪を遮る。むしろ家族の問題に巻き込んでしまい、申し訳ない気持ちだ。
「これから俺たちはどうすべきか決めないといけない。一つ目は今からリート港に戻る。二つ目は最後の終着点、ハイゼル港まで共に旅をする」
クロード船長は指を数える。
「そして最後、三つ目。本来なら立ち寄る予定のなかったカリフ港に立ち寄る。そこでグレンと落ち合う」
「クロード船長的にはどれが一番最善だと思いますか」
「船長としての立場だけで言えば、二つ目だろう」
彼は足を組み、はっきりと言い切った。
そりゃそうだ。私というお荷物が乗っているのは完全に想定外。計画通りに進めたいと思うのは当たり前だ。
「だがな、それじゃあグレンに命を取られてしまう」
クロード船長は手で首をスパッと切り、ベッと舌を出す真似をした。
「だが、今から戻ってしまえば計画に遅れをとる。だから一つ目だけは避けたい。だが三つ目の案はどうだ? カリフ港には立ち寄る予定ではなかったが、ここなら通り道だ。特に時間を取られることもない」
「でもグレンにはどうやって伝達するのでしょうか」
彼はきっと今頃私のことを探しているはずだ。
「そこは伝令を飛ばすのさ」
クロード船長はベッドの脇に吊るしていた大きな鳥かごを顎でしゃくった。
そこには大きな鷹が羽を休めていた。
「バロン、出番だぞ。クロードのもとまで頼むな」
黒い鷹は目をまん丸にして首を傾げていた。
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