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第三章 船上パーティ

36.トラブル

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 案の定、マリアンヌは納得せずに真っ赤な顔で頬を脹らませる。

「そんなことできるわけないじゃない!!」
「マリアンヌ」

 いさめようとするが、彼女はますます声を荒げた。

「だって、お姉さまばっかり、ずるいわ!! ドレスだって新しいじゃない!! そのイヤリングだって初めて見たわ。どうせ買ってもらったんでしょう!?」

 耳元で光るのは、先日グレンから贈られた涙型のイヤリング。青い色がとても気に入っている。

「そうだ。それを売ればいいのよ!!」
「えっ!?」

 マリアンヌは有無も言わさず手を伸ばすと、私からイヤリングを無理やりはぎとった。強引すぎて耳が千切れるかと思ったほど、痛かった。

「ちょっと、止めなさい!!」

 ジンジンと痛む片耳を押さえながら制止する。

「いいじゃない。どうせたくさん貰ってるんでしょ!! 少しは妹を助けようと思わないの?」

 さすがに無理やり奪っていくやり方には怒りを覚える。
 それと同時に悲しくなった。
 いくらお金が必要だからといって、ここまで品の無いことをするなんて。

「マリアンヌ。あなた、貴族令嬢としての誇りを忘れたみたいね」

 淡々と告げる私を、マリアンヌはギロリとにらんだ。

「どういう意味!?」
「身の丈に合わない買い物をし、代金が払えないとなると、姉の物を無理やり奪う。その浅ましい行動は、到底誇れる行動ではない。泥棒と変わらないわ」

 きつい口調で叱責すると、マリアンヌはプルプルと震えだした。

「このっ……!!」

 手にしたイヤリングをギュッと握る。

「いいわよ、いらないわよ、こんな物!!」

 その勢いで遠くに投げつけた。

 なんてことをするの!!

 イヤリングは床を滑り、食糧貯蔵庫に入りこんだ。回収しようと思い、急いで駆け寄る。大きな樽の側に落ちている。手を伸ばし拾い上げる。形状を見て、どこにも傷がついていないことを確認する。

 良かった、無事に取り返せた。
 ホッとしたのもつかの間、後方でギギッと音がした。

 反射的に振り返ると、扉を閉めるマリアンヌと目があった。その瞳は意地悪そうにゆがんでいる。

「ま、待って!!」

 一歩前に出るが、すでに遅かった。扉の向こう側から、鍵のかかる音が聞こえた。
 食料貯蔵庫にはネズミが入らないように、扉に鍵がついていたことを思い出す。

「あ、開けて!!」
「私をバカにするから。いい気味よ」

 マリアンヌの声はいらだちを含んでいる。
 怒らせすぎてしまったようだ。

「あっ、そうだ。お姉さまが留守にしている間、グレン様にドレスをおねだりしてみようかしら?」

 名案が思い付いたと言わんばかりに、ウフフッと笑うマリアンヌの声がする。彼女なら本当にやりかねない。

「バカなことを言ってないで、ここを開けて!!」

 ドンドンと扉を叩く。だが開くような気配はない。

「じゃあね、お姉さま。そこで反省しなさい。誰かに見つけてもらうまでね」

 やがて聞こえてきたのは走り去る足音。

 やられた――。

 マリアンヌは本当に私を閉じ込めたんだ。
 怒りが込み上げてくる。だが、まずはここから出るのが先だ。

「誰かいませんかーー!?」

 今は恥ずかしさを捨て、声の出る限り叫ぶ。
 扉を叩き続けるが反応はなく、次第にむなしくなった。

 食料貯蔵庫には小さな窓が一つだけあり、そこから光を取り入れている。暗くなかったのが幸いだった。

 今頃、セレモニーが始まった頃かしら。
 やみくもに声を張り上げても、近くに人がいないんじゃ、らちが明かない。
 膝を抱え、ジッと耳をすませることにした。
 興奮したせいか、体が熱い気がする。熱がぶり返したかしら。

 こんなことなら、グレンの言うことを聞いてすぐに帰れば良かった。
 後悔と共に深いため息をつく。

 少し冷静になってグルリと部屋を見回す。
 食料貯蔵庫の天井にぶら下がっているのは燻製肉に、チーズはホールでとても大きい。そして葡萄酒と水の入った大きな樽。

 これ全部がこれから航海にでる船員たちの、食糧なのだ。
 食料だけは絶やさないようにしているって、グレンは言っていたな。

 やがて、どのぐらい時間がたったのだろう。周囲に人の気配はない。このまま出航なんてことになったら、さすがに笑えない。

 だけどなんだか体が熱っぽい気がする。本当に熱がぶり返してきたみたいで頭痛までする。興奮したせいかいもしれない。しゃがみ込み、膝を抱える。

 でも大丈夫、もうすぐセレモニーも終わるはず。グレンはきっと私を探しにきてくれるはずだから。それまでの辛抱よ。

 抱えた膝に顔を埋め、瞼を閉じた。

 ******

   第三章 完
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