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第三章 船上パーティ

35.現れたのは――

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 義母は私にマリアンヌの相手を強要し、なおかつ彼女の機嫌を損ねると、私を叱った。

「妹は船にまったく興味がなかったから、お父さまについて船を見にくる時だけが、子守りから解放されていたの」
 
 どこまでも広がる海、その先にはなにがあるのかしら?
 そんな想像をするだけでワクワクしたっけ。
 そこでふと気づく。

「グレンも船の構造について、やけに詳しいのね」

 クスッと笑うと、グレンは弾かれたように目を見開く。口をギュッと結んだと思ったら、目を細めた。

「どうかした?」

 なにか言いたいことがあるみたいだ。私は首を傾げた。
 
 その時、風が吹いた。

「クシュッ」

 ついクシャミをしてしまう。するとグレンの顔色がサッと変わる。

「まだ体調が――」
「いえ、大丈夫よ」

 ここに来るまで、いや、正確にはあの日以来、何度繰り返した会話だろうか。
 グレンは私の体が弱いと思っているのか、過剰に反応する。

「ただ風に、驚いただけよ」
「いや、風邪をぶり返すと悪い。今日はもう、帰ったほうがいい。屋敷に戻ろう」

 グレンは真剣な眼差しをしているが、ちょっと過保護すぎるから。

「あのね、大丈夫よ。心配しすぎだから」
「いや、戻ろう」

 私の手を取り、踵を返すグレンに顔をしかめた。

「これから大事な出航のセレモニーがあるんでしょう。出席しなくてはいけないはずよ」

 そう、私よりも自分の行事を優先して欲しい。するとタイミング良く、人がグレンを呼びにきた。

「グレン殿、セレモニーの打ち合わせをしたいので、お集まりいただけないでしょうか」

 グレンは私と、呼びに来た使いの者の顔を交互に見つめる。

「すぐに行くから待っててくれ」
「はい」

 使いの者は待機している。

「屋敷に戻った方がいい」
「どうして?」
「また熱が出たらと思うと、心配なんだ」

 正直に言うとセレモニーを見たい気持ちがある。
 それに出資したグレンの妻として、皆に挨拶をして回らないといけなんじゃないの?

「あなたは私の意見をちっとも聞いてくれないのね。妻として隣に立って、少しでも役立てれば――って思ったのに」

 ボソッとつぶやくとグレンは身を乗り出してきた。

「今、なんて言った?」

 グイッと顔を寄せてくるけれど、近いから。彼の香りをフワッと感じ、距離の近さを感じさせる。

「わ、わかったから。先に帰るわ」

 ようやくグレンは納得したようで頬を緩めた。

「それよりもほら、呼ばれていらっしゃるでしょう? 私に構わず行って」
「俺もセレモニーが終わったら、すぐに帰宅するから。先に帰っててくれ」

 グレンは何度も振り返りながら、姿を消した。

 彼の姿が見えなくなると、小さなため息が出た。

 なんなのだろう、この過保護ぐあいは。クシャミの一つも簡単にできないわね。
 ここで帰宅するのは少し残念な気持ちになる。

 だが、ハッとする。
 どうして残念に思うのだろう? 

 私は彼の役に立ちたいのもあるし、きっと彼の姿が見たかったのだ。
 大きな船で新規ルートを開拓しようとし、海賊による被害を減らして利益を上げようとしているグレン。
 そんな事業に出資した彼を誇らしく思っている。

 彼の隣に立っていたかったんだ――。

 考え込んでいると、背後からスルリと腕を取られた。驚きで喉が引きつりそうになる。

「お・姉・さ・ま」

 そこにいたマリアンヌの笑みを見て、恐怖で顔が強張った。

「ど、どうしてここにいるの?」

 マリアンヌはニコッと微笑む。

「お姉さまがいるかしら、って思って来てみたの。ちょうど街に用事もあったし」

 彼女の笑顔は怪しい。船にはまったく興味がないはずだ。

「そうなのね。じゃあ、よく見てくるといいわ。こんな機会、滅多にないから」
「一人じゃよくわからないから、お姉さまが案内してくれない?」

 マリアンヌは絡めた腕にギュッと力を入れた。

 ああ、これは離す気がない、ってことね。

 彼女のわがままに慣れっこな私。まあ、案内するぐらいなら、まだ可愛いものよね。それにグレンが出資した立派な船を、誇らしい気持ちもあった。

「じゃあ、私が帰る前に少しだけね」

 セレモニーが始まる前に、皆が船から出されるはずだ。その前に少しだけ案内しよう。

 そうすればマリアンヌは満足するだろうから。

 ******

 最初は二階の船員の部屋を案内し、次に一階に降りた。

「ここは食糧貯蔵庫よ。普段はネズミが入らないように、外から鍵をかけているのですって」

 グレンから説明されたまま、マリアンヌに説明したが、彼女は髪をいじったり、あいまいな返事をしたり。特に興味もなさそうだ。

「ねえ、お姉さま。そんなことよりお願いがあるのだけど?」

 来た!!

 きっと、こっちの方が本題だろう。

「なあに?」

 身構えつつも笑顔で振り向く。

「仕立てたドレスを取りに来たのだけど、ちょうど持ち合わせがないの。ちょっと貸してくれない?」

 だからお金もないのに、なぜドレスを注文するの?

 開いた口が塞がらないとは、このことだ。
 相変わらず変わっていないようで、ため息が出る。

「悪いけれど、持ち合わせがないわ」

 大げさに両手を振る。

「そんなことないでしょう。少しはあるはずよ」

 マリアンヌはなおも詰め寄ってくる。
 きっと彼女はこの船の出航セレモニーに私が来ると思い、ここまで出向いたんだ。そして一人になった隙を狙って、声をかけてきたのだろう。

「マリアンヌ。払えないのならお店に事情を話して、注文を取りやめるべきだわ」

 いつまでもあると思うな、姉の金。

 甘い顔ばかりしていては彼女のためにはならない。散々口を酸っぱくしても彼女には伝わらない。

 家を出た時から、マリアンヌのことは突き放すと決めていたのだ。
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