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第三章 船上パーティ
31.二人の関係
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体を温めて着替えると、グレンの書斎に呼ばれた。
書斎に入ると、窓の側に立っていた彼が振り返る。ソファに座るように勧められたので従った。ジールが紅茶を準備してくれたので、ありがたくいただく。
湯を浴びて、温かい紅茶で全身が温まった。これでもう大丈夫だ。ホッと一息つく。グレンも私の目の前に座り、一連の動作を無言でながめていた。
「で、なにがあったのか、話してもらおう」
足を組み、冷静な口調だ。だが目が笑っていない。
ウッ、怒っている。
その態度に一瞬ひるんだが、ちゃんと話せとシルビアからも言われたから正直になろう。
「船上でちょっと言い合いになってしまって。彼女、アンナ・ブッセンと」
彼の眉がピクリと動いた。
さあ、これで彼はどうでるのかしら。もしかしたら『彼女は悪くない』とか言って、相手の肩を持つかもしれない。私より、深いお付き合いをしている女性を庇う可能性もある。
「アンナと知り合いなのか?」
「知り合いというか……。前に舞踏会の時、わざわざご挨拶にきてくれたので」
カップを手にし、紅茶で喉を潤す。
「彼女は言っていたわ。グレンとは特別に親しい仲だって」
彼の反応をジッと見る。
さあ、どうでるかしら……?
グレンは静かに手を組む。
「それを聞いて、どう思ったんだ?」
まさか質問されるとは思わず、言葉に詰まる。
「さぁ……? でも向こうから牽制してくるということは、実際そうなんだろうな、と思いました」
静かにカップをテーブルに置いた。
「今回も絡まれてしまって反論したら、彼女の気に障ったみたいで。軽く突き飛ばすつもりだったのかもしれないけれど、バランス崩してしまって。運が悪くそのまま海に……」
嫉妬に狂ったアンナの仕業なのだけど、もとはと言えば、グレンにも責任がないわけではない。いい加減な付き合いをしていると、周囲も迷惑を被るものだ。
「お付き合いなさるのは勝手ですが、今回のようなことは二度とごめんですから」
ちゃんと上手くやりなさいよ、と意味を込めた。無言の彼にパッと視線を向け、驚愕した。
怒りを露わにし、今なら視線で相手を殺めることも可能、そんな雰囲気を醸し出していた。
「あ、あの……」
さすがに言い過ぎたかもしれない。たじろぐ私をグレンはジロリとにらむ。
「アンナとはそんな関係じゃない」
「そっ、ソウデスカーー」
誰が信じるっていうのだ、その話。アンナがあれだけ私を目の敵にするには、理由があるはずでしょ。だがここで下手に反論するより、うなずいていた方がいい。適当に相づちを打っていたら、再度ジロリとにらまれる。
「そんな関係だったことは一度もない。あくまでも事業相手の娘だと思っている」
相手はそうは思っていない風だったけどね。
喉まで出かかった言葉を必死にこらえた。
再度紅茶のカップを手にし、ティースプーンをクルクルと回す。なんだか今日はいろいろあり過ぎて、疲れてしまった。そのせいか、頭がボーッとしてきた。
「君の目に俺はいったい、どんな風にうつっているんだ?」
不意に聞かれた質問。えっと、それは……。
容姿端麗、政略結婚だけど、私のことは大事にしてくれていると思う。実際、海に飛び込んで助けてもらったし。
だけどね、舞踏会の夜から私たちには壁がある。聞いてしまったもの、あなたの本音を。
『お嬢さまはお嬢さまらしく、綺麗な鳥かごにいるのがお似合いだ』
あの時のグレンの言葉が頭から離れない。
政略結婚だから、私のことは道具として思っている?
あの言葉は、今でも抜けない棘のように胸に突き刺さっている。むしろあなたは私のことをどう思っているのかしら? 逆に聞きたい。いつか本音で話せる日がくるのだろうか。
「……優しい方だと思っています」
とりあえず、当たり障りのない返答をする。実際、嘘ではない。
グレンに伝えるとホッとしたのか、わずかに頬が緩んだ。返答を聞くまでの、緊張していたような様子を不思議に思う。
力なく微笑んだグレンは、なぜか寂しそうに見えた。
******
そして翌日、私は熱を出した。
やはりこの時期に水浴びは早かった。朝起きた時から背筋にゾクゾクと悪寒が走り、体は熱っぽかった。
「お嬢さま、大丈夫ですか?」
ベッドで寝込む私の顔を、シルビアは心配そうにのぞきこむ。
「なにかお持ちしましょうか?」
今はなにも食べたくない。ゆっくりと首を振る。
「少し眠るわ」
そっと瞼を閉じた。
額になにかが触れる感触がする。ぼんやりとした頭で瞼を開けた。
視界に入ってきたのは私を心配そうに見つめる青い瞳。とても綺麗だ。
――グレンだった。
いつの間にか私の手を握っている。
「大丈夫か? 今、医師を呼んだ」
「ご心配をおかけしまして――」
ベッドから身を起こそうとすると手で制された。
「寝ていてくれ」
ではお言葉に甘えて、今は横になりたい。再度ベッドへ身を倒す。
しばらくすると扉がノックされた。
書斎に入ると、窓の側に立っていた彼が振り返る。ソファに座るように勧められたので従った。ジールが紅茶を準備してくれたので、ありがたくいただく。
湯を浴びて、温かい紅茶で全身が温まった。これでもう大丈夫だ。ホッと一息つく。グレンも私の目の前に座り、一連の動作を無言でながめていた。
「で、なにがあったのか、話してもらおう」
足を組み、冷静な口調だ。だが目が笑っていない。
ウッ、怒っている。
その態度に一瞬ひるんだが、ちゃんと話せとシルビアからも言われたから正直になろう。
「船上でちょっと言い合いになってしまって。彼女、アンナ・ブッセンと」
彼の眉がピクリと動いた。
さあ、これで彼はどうでるのかしら。もしかしたら『彼女は悪くない』とか言って、相手の肩を持つかもしれない。私より、深いお付き合いをしている女性を庇う可能性もある。
「アンナと知り合いなのか?」
「知り合いというか……。前に舞踏会の時、わざわざご挨拶にきてくれたので」
カップを手にし、紅茶で喉を潤す。
「彼女は言っていたわ。グレンとは特別に親しい仲だって」
彼の反応をジッと見る。
さあ、どうでるかしら……?
グレンは静かに手を組む。
「それを聞いて、どう思ったんだ?」
まさか質問されるとは思わず、言葉に詰まる。
「さぁ……? でも向こうから牽制してくるということは、実際そうなんだろうな、と思いました」
静かにカップをテーブルに置いた。
「今回も絡まれてしまって反論したら、彼女の気に障ったみたいで。軽く突き飛ばすつもりだったのかもしれないけれど、バランス崩してしまって。運が悪くそのまま海に……」
嫉妬に狂ったアンナの仕業なのだけど、もとはと言えば、グレンにも責任がないわけではない。いい加減な付き合いをしていると、周囲も迷惑を被るものだ。
「お付き合いなさるのは勝手ですが、今回のようなことは二度とごめんですから」
ちゃんと上手くやりなさいよ、と意味を込めた。無言の彼にパッと視線を向け、驚愕した。
怒りを露わにし、今なら視線で相手を殺めることも可能、そんな雰囲気を醸し出していた。
「あ、あの……」
さすがに言い過ぎたかもしれない。たじろぐ私をグレンはジロリとにらむ。
「アンナとはそんな関係じゃない」
「そっ、ソウデスカーー」
誰が信じるっていうのだ、その話。アンナがあれだけ私を目の敵にするには、理由があるはずでしょ。だがここで下手に反論するより、うなずいていた方がいい。適当に相づちを打っていたら、再度ジロリとにらまれる。
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相手はそうは思っていない風だったけどね。
喉まで出かかった言葉を必死にこらえた。
再度紅茶のカップを手にし、ティースプーンをクルクルと回す。なんだか今日はいろいろあり過ぎて、疲れてしまった。そのせいか、頭がボーッとしてきた。
「君の目に俺はいったい、どんな風にうつっているんだ?」
不意に聞かれた質問。えっと、それは……。
容姿端麗、政略結婚だけど、私のことは大事にしてくれていると思う。実際、海に飛び込んで助けてもらったし。
だけどね、舞踏会の夜から私たちには壁がある。聞いてしまったもの、あなたの本音を。
『お嬢さまはお嬢さまらしく、綺麗な鳥かごにいるのがお似合いだ』
あの時のグレンの言葉が頭から離れない。
政略結婚だから、私のことは道具として思っている?
あの言葉は、今でも抜けない棘のように胸に突き刺さっている。むしろあなたは私のことをどう思っているのかしら? 逆に聞きたい。いつか本音で話せる日がくるのだろうか。
「……優しい方だと思っています」
とりあえず、当たり障りのない返答をする。実際、嘘ではない。
グレンに伝えるとホッとしたのか、わずかに頬が緩んだ。返答を聞くまでの、緊張していたような様子を不思議に思う。
力なく微笑んだグレンは、なぜか寂しそうに見えた。
******
そして翌日、私は熱を出した。
やはりこの時期に水浴びは早かった。朝起きた時から背筋にゾクゾクと悪寒が走り、体は熱っぽかった。
「お嬢さま、大丈夫ですか?」
ベッドで寝込む私の顔を、シルビアは心配そうにのぞきこむ。
「なにかお持ちしましょうか?」
今はなにも食べたくない。ゆっくりと首を振る。
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額になにかが触れる感触がする。ぼんやりとした頭で瞼を開けた。
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――グレンだった。
いつの間にか私の手を握っている。
「大丈夫か? 今、医師を呼んだ」
「ご心配をおかけしまして――」
ベッドから身を起こそうとすると手で制された。
「寝ていてくれ」
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