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第三章 船上パーティ

26.客人

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 結婚式から、もうじき2ヵ月が過ぎようとしていたある日、部屋にいると馬車の蹄の音が聞こえた。読んでいた本からゆっくりと顔を上げる。まだ時刻はお昼を少し回ったあたり。

「来客でしょうか? それとも旦那様のお帰りですかね?」

 シルビアが首を傾げる。
 もしかしたら急用があってグレンが帰宅したのかしら?

「行ってくるわ」

 一応、形式上とはいえ、妻として彼を出迎えるべきだろう。ベッドメイキング中のシルビアを置いて、部屋から出た。
 
 だが、予想と反してエントランスフロアには誰もいなかった。いつも出迎えているはずのジールの姿さえなかったのだ。

 空耳だったのかしら?

 首を傾げながらも部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、一室の扉が開いていた。ここはグレンの書斎だ。

 やっぱり帰ってきていたのかしら。では挨拶の一言ぐらいしておいた方がいいだろう。

「お帰りな――」

 扉に手をかけたところで体をビクッと震わせた。部屋にいた人物が振り返る。

 グレンだと思った相手は日に焼けた浅黒い肌を持ち、頭にターバンを巻いている。すごく背が高くて、黒髪に黒い瞳は鋭い。胸元がはだけたシャツに足元には黒いブーツ、ラフな格好だ。年齢は二十代後半に見える。

「……誰だ?」

 低い声と共にギロッとにらまれたが、その声で我にかえる。

「失礼しました」

 初対面でジロジロ見ては失礼だ。気分を害していないか心配になった。

「ああ、あんたか。新妻は」

 相手は私の存在にピンときたようで頬を緩ませた。目つきが和らぎ、警戒が緩くなったことに安堵する。グレンの書斎にいるということは、彼の友人か事業の相手なのだろう。

「はじめまして。ご挨拶もちゃんとできずにすみません。ルシナとー―」
「ああ、俺なんかに堅苦しい挨拶、しなくてもいいから」

 相手はおどけた様子でヒラヒラと手を振る。

「ルシナ嬢だろう? グレンから話は聞いている」

 ということは、彼と親しい仲なのだろう。

「それこそ、嫌というほど聞かされているよ」

 ニヤリとした含み笑いが少し気になる。彼はスッと手を差し出した。

「俺はクロード。船乗りで船長をやっている。グレンとは長い付き合いだ」
「まぁ、そうなのですね」

 ゴツゴツした手はなるほど、よく日焼けしている。手を取るとギュッと握られた。そのまま力強くブンブンと上下に振られる。

「会いたかったんだ。やっと会えたな!!」
「私にですか?」

 クロード船長は陽気な方のようだ。気安い口調も特に気にならない。

「ああ、あの男が大事にしている――」
「来ていたのか、クロード」

 話していると突如会話が遮られた。顔を向けると険しい顔をしたグレンがいた。

 どうやら急いで帰ってきたようだ。若干息が上がっていることに気づく。

「おっと。そう、にらむなよ」

 クロード船長は両手をパッと上げ、私と距離を取る。グレンはツカツカと歩いて近寄ってくると、私とクロード船長の間に割って入る。

「なんだよ、なにを心配しているんだよ」

 苦笑するクロード船長にグレンは無言だ。むしろ威嚇しているようにも見えた。背後にいる私にサッと視線を投げた。

「――仕事相手のクロードだ」

 なんとも雑な紹介だ。
 
 だがクロード船長に、気にした様子はない。両腕を組み、苦笑している。

「今から事業の話をする」
「わかりました」

 これから大事な話をするので、私がいては迷惑だということだろう。

「では部屋に戻りますね」

 空気を読み、早々に退室しよう。静かに頭を下げる。

「じゃあ、また会おう!! ルシナ嬢」

 軽く手をあげて挨拶するクロード船長の態度の軽さに面食らったが、思わずクスッと頬が緩む。するとグレンはクロード船長をにらむ。

「わっ、なんだよ。挨拶しただけじゃないか。心の狭い男だな」
「黙れ、なにをしにきたか思い出せ。事業の話をしにきたのだろう」

 軽口を叩くクロード船長とグレンとでは、温度に差がある。
 これ以上、邪魔をしてはいけないと思い、急いで退室した。

 ******

 そして夕食時、グレンから話を持ち掛けられた。

「船上パーティですか?」
「ああ」

 グレンはワイングラスを傾けながら、ゆっくりとうなずいた。
 なんでも彼は貿易事業の航路開拓のため、ある事業に出資したらしい。そこで船旅の無事を祈り、パーティが開催されるとか。そのパーティに夫婦で呼ばれたらしい。

 思い出せばお父さまも昔、貿易事業に手を出したことがあったな……。もう十年も前になるかしら?
 あの時は船が海賊に襲われ、かなりの損害が出た。だが海賊たちは命だけは取らずに、船員を無傷で返した。人が亡くならなかっただけ、奇跡だった。

 その後は屋敷に眠っていた骨とう品を売りさばいて、しのいだんだっけ。お気に入りの花瓶が部屋から無くなった時は悲しい気持ちになった。

 貿易事業と聞いて、少し複雑な気持ちになる。
 もっとも彼とお父さまでは全然違うだろうけど。一緒にすること自体が失礼だ。

「ただ出席するだけでいい」
「わかりました」

 グレンはどこか気乗りしないのか、眉間に皺を寄せている。

「もしかして今日会ったクロード船長が、出航する船長です?」

 自己紹介で言っていたことを思い出す。

「……なぜ気にする」

 グレンがワングラスをグルッと回しながら、私に鋭い視線を向けた。

 別に気にしたわけではない。ちょっと聞いてみただけじゃない。

 給仕にあたっているジールが眉根を下げ、たしなめる表情をグレンに向けている。だが、彼は気にせずむっつり押し黙っている。

 どうやら今日はご機嫌斜めの日らしい。なにかあったのだろうか。だったら無駄に会話をするのも不毛だ。

 美味しい食事を堪能するとしよう。
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