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第二章 始まった結婚生活
25.フランシス
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「これ、出来上がったの。どうぞ」
そっと差し出したのは彼の名前を刺繍したハンカチ。グレンは視線を落とし、ジッと見つめている。
さすがに恥ずかしい。そんなに見ないで欲しい。
「俺に……? こんなに早くできたのか」
「昨夜、頑張ったの」
言ってて更に頬が熱くなった。これじゃあ、あなたのために頑張りました、と言っているみたいじゃない。眠れなくて目が冴えてしまったから、終わらせただけよ。
だが、相手はハンカチを受け取る気配がない。差し出した手は行き場を失っている。
やっぱり、楽しみにしていると思ったのは、私の勘違いだったのだろうな。
「こ、こんな時に渡されても迷惑よね」
サッと手を引っ込めようとした時、手首をガシッと掴まれた。
そのままハンカチを受け取ったグレン。
「――ありがとう。大事にする」
ゆっくりと長いまつ毛を伏せ、目を閉じた彼は、ハンカチに口づけを落とす。口端を少し上げ、頬を緩めた。
なんてーー優しい微笑みを見せるのだろう。
一連の動作から色気も感じ、ドキッとしてしまった。目を見て真正面からお礼を言われ、口ごもる。
こんなどこにでもあるハンカチ、あなたは何枚も持っているでしょうに。
「いつも贈り物をいただいているから。お礼の気持ちよ」
手がソワソワとして落ち着かない。
グレンはなにかを言いたそうだったが、ハンカチを大事そうに上着にしまった。
「行ってくる」
グレンは柔らかく微笑むと、そのまま出かけて行った。
視線を感じて振り返ると、部屋の隅からジールが生暖かい視線を送っている。涙ぐみながら、ウンウンとうなずいている。彼は一体、なにに感動しているのかしら。ハンカチが必要なのはジールの方だったのかもしれない。
パッと視線を逸らし、見ないふりをした。
******
そして午後、部屋で休んでいるとシルビアがすっ飛んできた。
「お嬢さま!! 大変です!!」
「いったいどうしたの?」
「贈り物です!!」
彼女は手にかかえていた大輪の花束を差し出した。それはフランシスの花束だった。甘い香りが部屋中に漂う。グレンは昨夜のお願いを、さっそく聞いてくれたらしい。
「まあ、こんなにたくさん」
一輪で十分だって伝えたのに、花束にしてくれたらしい。でも嬉しくて胸の奥が温かくなる。
「花瓶を用意してくれる?」
シルビアにお願いすると、彼女は大きく首を振る。
「違いますーー!! この花束だけなら、可愛いものです!!」
「どういうこと?」
「こちらになります!!」
シルビアからやや強引に連れてこられたのは、エントランスフロア。そこは大量のフランシスの花で埋もれていた。ジールも花束を抱え、腕をプルプルといわせていた。
「お嬢さまの部屋を埋め尽くす勢いですよ、この量は!!」
あまりにも大量で絶句した。口をあんぐりと開け、驚いてしまう。
「張り切って街中の花屋から買い占めたんでしょうね!!」
これでは屋敷中に飾らなければいけない。ここまでのつもりじゃなかったのに。
「それに知っていますか?」
「なあに?」
意味深に微笑むシルビアに首を傾げる。
「フランシスの花言葉は『秘めた想い』ですよ」
「さ、さあ、それはたまたまじゃないかしら。私がこの花を好きだと言ったから」
さすがにここまでの量は、やりすぎだけど。シルビアの言葉に動揺しつつ、サッと顔を逸らす。
「でもまあ、愛されていますね、お嬢さま!!」
シルビアがニカッと笑う。
「そ、それはどうかしら」
そんなわけないじゃない。彼の本心は舞踏会の裏で聞いてしまったもの。この優しさは、政略結婚の義務感からくるものかもしれないし……。そう思ったが口にはしなかった。
でも、出会った時より、ちょっとだけ……彼に近づくことができたのかもしれない。
フランシスの花束を抱え、目を閉じる。
静かに息を吸い込むと、甘い香りに酔いしれた。
******
第二章 完
そっと差し出したのは彼の名前を刺繍したハンカチ。グレンは視線を落とし、ジッと見つめている。
さすがに恥ずかしい。そんなに見ないで欲しい。
「俺に……? こんなに早くできたのか」
「昨夜、頑張ったの」
言ってて更に頬が熱くなった。これじゃあ、あなたのために頑張りました、と言っているみたいじゃない。眠れなくて目が冴えてしまったから、終わらせただけよ。
だが、相手はハンカチを受け取る気配がない。差し出した手は行き場を失っている。
やっぱり、楽しみにしていると思ったのは、私の勘違いだったのだろうな。
「こ、こんな時に渡されても迷惑よね」
サッと手を引っ込めようとした時、手首をガシッと掴まれた。
そのままハンカチを受け取ったグレン。
「――ありがとう。大事にする」
ゆっくりと長いまつ毛を伏せ、目を閉じた彼は、ハンカチに口づけを落とす。口端を少し上げ、頬を緩めた。
なんてーー優しい微笑みを見せるのだろう。
一連の動作から色気も感じ、ドキッとしてしまった。目を見て真正面からお礼を言われ、口ごもる。
こんなどこにでもあるハンカチ、あなたは何枚も持っているでしょうに。
「いつも贈り物をいただいているから。お礼の気持ちよ」
手がソワソワとして落ち着かない。
グレンはなにかを言いたそうだったが、ハンカチを大事そうに上着にしまった。
「行ってくる」
グレンは柔らかく微笑むと、そのまま出かけて行った。
視線を感じて振り返ると、部屋の隅からジールが生暖かい視線を送っている。涙ぐみながら、ウンウンとうなずいている。彼は一体、なにに感動しているのかしら。ハンカチが必要なのはジールの方だったのかもしれない。
パッと視線を逸らし、見ないふりをした。
******
そして午後、部屋で休んでいるとシルビアがすっ飛んできた。
「お嬢さま!! 大変です!!」
「いったいどうしたの?」
「贈り物です!!」
彼女は手にかかえていた大輪の花束を差し出した。それはフランシスの花束だった。甘い香りが部屋中に漂う。グレンは昨夜のお願いを、さっそく聞いてくれたらしい。
「まあ、こんなにたくさん」
一輪で十分だって伝えたのに、花束にしてくれたらしい。でも嬉しくて胸の奥が温かくなる。
「花瓶を用意してくれる?」
シルビアにお願いすると、彼女は大きく首を振る。
「違いますーー!! この花束だけなら、可愛いものです!!」
「どういうこと?」
「こちらになります!!」
シルビアからやや強引に連れてこられたのは、エントランスフロア。そこは大量のフランシスの花で埋もれていた。ジールも花束を抱え、腕をプルプルといわせていた。
「お嬢さまの部屋を埋め尽くす勢いですよ、この量は!!」
あまりにも大量で絶句した。口をあんぐりと開け、驚いてしまう。
「張り切って街中の花屋から買い占めたんでしょうね!!」
これでは屋敷中に飾らなければいけない。ここまでのつもりじゃなかったのに。
「それに知っていますか?」
「なあに?」
意味深に微笑むシルビアに首を傾げる。
「フランシスの花言葉は『秘めた想い』ですよ」
「さ、さあ、それはたまたまじゃないかしら。私がこの花を好きだと言ったから」
さすがにここまでの量は、やりすぎだけど。シルビアの言葉に動揺しつつ、サッと顔を逸らす。
「でもまあ、愛されていますね、お嬢さま!!」
シルビアがニカッと笑う。
「そ、それはどうかしら」
そんなわけないじゃない。彼の本心は舞踏会の裏で聞いてしまったもの。この優しさは、政略結婚の義務感からくるものかもしれないし……。そう思ったが口にはしなかった。
でも、出会った時より、ちょっとだけ……彼に近づくことができたのかもしれない。
フランシスの花束を抱え、目を閉じる。
静かに息を吸い込むと、甘い香りに酔いしれた。
******
第二章 完
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