婚約者を妹に奪われて政略結婚しましたが、なぜか溺愛されているようです。

夏目みや

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第二章 始まった結婚生活

22.怒りの矛先

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 違う、私が伝えたかったのは、そこじゃない。

 だがなにか期待するような眼差しを向けられ、正直に答えられなかった。
 
 私は空気を読んだのだ。

「一人で……食べる食事は味気ないから」

 先ほどまでの強気な物言いじゃなく、自然と声のトーンが下がる。

 話し相手が欲しいのは本当だ。
 今日一日の出来事や、美味しい食事について語れる相手がいた方がいい。

 その時、私とグレンのやり取りを見守っていたジールが、端でうんうんとうなずいているのが視界に入る。その隣でシルビアもうなずいていた。

「わかった」

 はっきりと返答が聞こえた。

「では、今から夕食を取ろう」

 グレンはそう言うと同時に、サッと階下に向かう。

 えっ、でもあなた、先にいただいたって……。

「今日はもう食べたって……」
「いや、まだだ」

 きっぱり言い切ったグレン。でも確かにさっき、言っていたじゃない。
 ジールに戸惑う視線を投げた。

「いや、えっ……まだ、はい、まだ召し上がられていません!! ご用意いたします」

 ジールは動揺を見せつつも厨房にすっ飛んでいく。

 でもまあ、本人が否定するのなら、あまり深く聞くのは止めておこう。
 思わず二人で夕食を取ることになった。特に会話が弾むということもなかったが、少しだけ気恥しい空気が流れた。


 そして湯あみをし、部屋の鏡台の前に座り、髪をとかしていた。
 与えられた部屋は隣がグレンの寝室だ。扉で繋がってはいるが、あの扉が開いたことはない。
 
 ふとそこから、ノックする音が聞こえた。
 
 空耳かしら?
 
 その時鏡越しに、扉のノブがゆっくりと回った。

 ジッと見ていると、奥から姿を現したのはグレンだった。彼も湯あみをしたのだろう。髪が濡れて、首筋に張り付いている。

 そこになんとも言えない色気を感じてしまい、胸がドキッとした。部屋に入ってきたが、無言で私を見ている。手にしていたクシを鏡台に置くと、振り返った。

「今日、街でベン・ボンドと会ったそうだな」

 えっ、どうして知っているの?

 だがすぐにピンときた。護衛が報告したのだろう。余計なことを……。
 
 内心そう思ったが、冷静に答えた。

「ええ。買い物をしていたら、ばったり会いました」
「待ち合わせをしていたわけじゃないのか?」
 
 そんなわけないじゃない。なぜそこで私がベンと約束しているのだ。

「いえ、偶然です」
「だが、親しげに話していたと報告を受けている」

 護衛……あなたの目はどこについているの? あれのどこが楽しそうに見えて? 
 笑顔を取り繕うのに必死だったわよ。

 グレンは大きなため息をついた。まるで、心底呆れたとでも言いたげに。

「他の男と二人になるなど……結婚した自覚があるのか?」

 なぜ、こんなに責められなきゃいけないの。偶然会って挨拶を交わして別れただけだわ。やましいことなど、何一つないのに。

 まるで決めつけのように言われ、怒りが込み上げる。

 唇を噛み、ギュッと両手を握りしめた。
 私だって、言われっぱなしではいられない。

 あなただって――!!

 椅子から立ち上がるとグレンに近づき、スッと息を吸い込んだ。

「私も異性と二人で出かけるのは感心しないわ。――いくら私の妹でも」
「なぜそれを……?」

 相手はあきらかに動揺し、言葉に詰まる。

 ほらね、後ろめたいから、そんな態度なんでしょう。
 みんなマリアンヌを好きになる。そして私はまた、選ばれない。家族からも婚約者からも。

 不意にさまざまな感情が交差して、胸が苦しくなった。胸を抑えて顔を伏せていると、両肩をグイッと掴まれる。顎に手を添えられ、強引に上を向かされた。

「どうした? どこか痛むのか!?」

 焦っているグレンの顔を見て、ムカムカと怒りがわきあがる。

 いったい、誰のせいだと思っているの!!

 私を心配して、顔をのぞき込んでいるグレンの胸を精いっぱいの力で押した。
 だが彼の厚い胸板はビクともしなかった。それが余計に私をいらだたせる。

「確かにマリアンヌは可愛いわ。華やかで、地味な私とは大違い」
「誰がそんなことを言ったんだ!?」

 途端にグレンの表情から怒りの色が見えた。さきほどまでは必死に怒りを押し隠している様子だったが、ここにきて爆発した、そんな印象を受けた。

「そんなことはどうだっていいの!」

 私が地味だろうが目立たない存在だろうが、自覚しているから。
 さんざんマリアンヌから言われていたわ、冴えない姉だって。

「あの子は私のものを、なんでも欲しがるクセがあるの!!」

 昔からそうだと、あきらめていた。
 義母も父でさえも『妹に譲ってやりなさい』が口癖で、いつも我慢させられていたのは私のほう。

 毎晩一緒に抱きしめて寝ていたぬいぐるみ、母の形見のネックレス、私が大事にしていると知ると、マリアンヌは手に入れたがった。だけど手に入れた途端、興味を失うのが常だった。『やっぱりいらない』と言い、無造作にポイッと投げて返す妹は、まるで私の反応を見たいがためだけに、やっているようだった。

 いつしか彼女の前では大事な物を語られないようにするのが、当たり前になった。

 でもここにきてまた、私の生活を壊そうとするのね。せっかく慣れてやっていこうと思っていた矢先、こうやってかき乱すんだ。

 幼い頃からの行き場のない感情を、たまらずグレンにぶつけた。
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