23 / 68
第二章 始まった結婚生活
22.怒りの矛先
しおりを挟む
違う、私が伝えたかったのは、そこじゃない。
だがなにか期待するような眼差しを向けられ、正直に答えられなかった。
私は空気を読んだのだ。
「一人で……食べる食事は味気ないから」
先ほどまでの強気な物言いじゃなく、自然と声のトーンが下がる。
話し相手が欲しいのは本当だ。
今日一日の出来事や、美味しい食事について語れる相手がいた方がいい。
その時、私とグレンのやり取りを見守っていたジールが、端でうんうんとうなずいているのが視界に入る。その隣でシルビアもうなずいていた。
「わかった」
はっきりと返答が聞こえた。
「では、今から夕食を取ろう」
グレンはそう言うと同時に、サッと階下に向かう。
えっ、でもあなた、先にいただいたって……。
「今日はもう食べたって……」
「いや、まだだ」
きっぱり言い切ったグレン。でも確かにさっき、言っていたじゃない。
ジールに戸惑う視線を投げた。
「いや、えっ……まだ、はい、まだ召し上がられていません!! ご用意いたします」
ジールは動揺を見せつつも厨房にすっ飛んでいく。
でもまあ、本人が否定するのなら、あまり深く聞くのは止めておこう。
思わず二人で夕食を取ることになった。特に会話が弾むということもなかったが、少しだけ気恥しい空気が流れた。
そして湯あみをし、部屋の鏡台の前に座り、髪をとかしていた。
与えられた部屋は隣がグレンの寝室だ。扉で繋がってはいるが、あの扉が開いたことはない。
ふとそこから、ノックする音が聞こえた。
空耳かしら?
その時鏡越しに、扉のノブがゆっくりと回った。
ジッと見ていると、奥から姿を現したのはグレンだった。彼も湯あみをしたのだろう。髪が濡れて、首筋に張り付いている。
そこになんとも言えない色気を感じてしまい、胸がドキッとした。部屋に入ってきたが、無言で私を見ている。手にしていたクシを鏡台に置くと、振り返った。
「今日、街でベン・ボンドと会ったそうだな」
えっ、どうして知っているの?
だがすぐにピンときた。護衛が報告したのだろう。余計なことを……。
内心そう思ったが、冷静に答えた。
「ええ。買い物をしていたら、ばったり会いました」
「待ち合わせをしていたわけじゃないのか?」
そんなわけないじゃない。なぜそこで私がベンと約束しているのだ。
「いえ、偶然です」
「だが、親しげに話していたと報告を受けている」
護衛……あなたの目はどこについているの? あれのどこが楽しそうに見えて?
笑顔を取り繕うのに必死だったわよ。
グレンは大きなため息をついた。まるで、心底呆れたとでも言いたげに。
「他の男と二人になるなど……結婚した自覚があるのか?」
なぜ、こんなに責められなきゃいけないの。偶然会って挨拶を交わして別れただけだわ。やましいことなど、何一つないのに。
まるで決めつけのように言われ、怒りが込み上げる。
唇を噛み、ギュッと両手を握りしめた。
私だって、言われっぱなしではいられない。
あなただって――!!
椅子から立ち上がるとグレンに近づき、スッと息を吸い込んだ。
「私も異性と二人で出かけるのは感心しないわ。――いくら私の妹でも」
「なぜそれを……?」
相手はあきらかに動揺し、言葉に詰まる。
ほらね、後ろめたいから、そんな態度なんでしょう。
みんなマリアンヌを好きになる。そして私はまた、選ばれない。家族からも婚約者からも。
不意にさまざまな感情が交差して、胸が苦しくなった。胸を抑えて顔を伏せていると、両肩をグイッと掴まれる。顎に手を添えられ、強引に上を向かされた。
「どうした? どこか痛むのか!?」
焦っているグレンの顔を見て、ムカムカと怒りがわきあがる。
いったい、誰のせいだと思っているの!!
私を心配して、顔をのぞき込んでいるグレンの胸を精いっぱいの力で押した。
だが彼の厚い胸板はビクともしなかった。それが余計に私をいらだたせる。
「確かにマリアンヌは可愛いわ。華やかで、地味な私とは大違い」
「誰がそんなことを言ったんだ!?」
途端にグレンの表情から怒りの色が見えた。さきほどまでは必死に怒りを押し隠している様子だったが、ここにきて爆発した、そんな印象を受けた。
「そんなことはどうだっていいの!」
私が地味だろうが目立たない存在だろうが、自覚しているから。
さんざんマリアンヌから言われていたわ、冴えない姉だって。
「あの子は私のものを、なんでも欲しがるクセがあるの!!」
昔からそうだと、あきらめていた。
義母も父でさえも『妹に譲ってやりなさい』が口癖で、いつも我慢させられていたのは私のほう。
毎晩一緒に抱きしめて寝ていたぬいぐるみ、母の形見のネックレス、私が大事にしていると知ると、マリアンヌは手に入れたがった。だけど手に入れた途端、興味を失うのが常だった。『やっぱりいらない』と言い、無造作にポイッと投げて返す妹は、まるで私の反応を見たいがためだけに、やっているようだった。
いつしか彼女の前では大事な物を語られないようにするのが、当たり前になった。
でもここにきてまた、私の生活を壊そうとするのね。せっかく慣れてやっていこうと思っていた矢先、こうやってかき乱すんだ。
幼い頃からの行き場のない感情を、たまらずグレンにぶつけた。
だがなにか期待するような眼差しを向けられ、正直に答えられなかった。
私は空気を読んだのだ。
「一人で……食べる食事は味気ないから」
先ほどまでの強気な物言いじゃなく、自然と声のトーンが下がる。
話し相手が欲しいのは本当だ。
今日一日の出来事や、美味しい食事について語れる相手がいた方がいい。
その時、私とグレンのやり取りを見守っていたジールが、端でうんうんとうなずいているのが視界に入る。その隣でシルビアもうなずいていた。
「わかった」
はっきりと返答が聞こえた。
「では、今から夕食を取ろう」
グレンはそう言うと同時に、サッと階下に向かう。
えっ、でもあなた、先にいただいたって……。
「今日はもう食べたって……」
「いや、まだだ」
きっぱり言い切ったグレン。でも確かにさっき、言っていたじゃない。
ジールに戸惑う視線を投げた。
「いや、えっ……まだ、はい、まだ召し上がられていません!! ご用意いたします」
ジールは動揺を見せつつも厨房にすっ飛んでいく。
でもまあ、本人が否定するのなら、あまり深く聞くのは止めておこう。
思わず二人で夕食を取ることになった。特に会話が弾むということもなかったが、少しだけ気恥しい空気が流れた。
そして湯あみをし、部屋の鏡台の前に座り、髪をとかしていた。
与えられた部屋は隣がグレンの寝室だ。扉で繋がってはいるが、あの扉が開いたことはない。
ふとそこから、ノックする音が聞こえた。
空耳かしら?
その時鏡越しに、扉のノブがゆっくりと回った。
ジッと見ていると、奥から姿を現したのはグレンだった。彼も湯あみをしたのだろう。髪が濡れて、首筋に張り付いている。
そこになんとも言えない色気を感じてしまい、胸がドキッとした。部屋に入ってきたが、無言で私を見ている。手にしていたクシを鏡台に置くと、振り返った。
「今日、街でベン・ボンドと会ったそうだな」
えっ、どうして知っているの?
だがすぐにピンときた。護衛が報告したのだろう。余計なことを……。
内心そう思ったが、冷静に答えた。
「ええ。買い物をしていたら、ばったり会いました」
「待ち合わせをしていたわけじゃないのか?」
そんなわけないじゃない。なぜそこで私がベンと約束しているのだ。
「いえ、偶然です」
「だが、親しげに話していたと報告を受けている」
護衛……あなたの目はどこについているの? あれのどこが楽しそうに見えて?
笑顔を取り繕うのに必死だったわよ。
グレンは大きなため息をついた。まるで、心底呆れたとでも言いたげに。
「他の男と二人になるなど……結婚した自覚があるのか?」
なぜ、こんなに責められなきゃいけないの。偶然会って挨拶を交わして別れただけだわ。やましいことなど、何一つないのに。
まるで決めつけのように言われ、怒りが込み上げる。
唇を噛み、ギュッと両手を握りしめた。
私だって、言われっぱなしではいられない。
あなただって――!!
椅子から立ち上がるとグレンに近づき、スッと息を吸い込んだ。
「私も異性と二人で出かけるのは感心しないわ。――いくら私の妹でも」
「なぜそれを……?」
相手はあきらかに動揺し、言葉に詰まる。
ほらね、後ろめたいから、そんな態度なんでしょう。
みんなマリアンヌを好きになる。そして私はまた、選ばれない。家族からも婚約者からも。
不意にさまざまな感情が交差して、胸が苦しくなった。胸を抑えて顔を伏せていると、両肩をグイッと掴まれる。顎に手を添えられ、強引に上を向かされた。
「どうした? どこか痛むのか!?」
焦っているグレンの顔を見て、ムカムカと怒りがわきあがる。
いったい、誰のせいだと思っているの!!
私を心配して、顔をのぞき込んでいるグレンの胸を精いっぱいの力で押した。
だが彼の厚い胸板はビクともしなかった。それが余計に私をいらだたせる。
「確かにマリアンヌは可愛いわ。華やかで、地味な私とは大違い」
「誰がそんなことを言ったんだ!?」
途端にグレンの表情から怒りの色が見えた。さきほどまでは必死に怒りを押し隠している様子だったが、ここにきて爆発した、そんな印象を受けた。
「そんなことはどうだっていいの!」
私が地味だろうが目立たない存在だろうが、自覚しているから。
さんざんマリアンヌから言われていたわ、冴えない姉だって。
「あの子は私のものを、なんでも欲しがるクセがあるの!!」
昔からそうだと、あきらめていた。
義母も父でさえも『妹に譲ってやりなさい』が口癖で、いつも我慢させられていたのは私のほう。
毎晩一緒に抱きしめて寝ていたぬいぐるみ、母の形見のネックレス、私が大事にしていると知ると、マリアンヌは手に入れたがった。だけど手に入れた途端、興味を失うのが常だった。『やっぱりいらない』と言い、無造作にポイッと投げて返す妹は、まるで私の反応を見たいがためだけに、やっているようだった。
いつしか彼女の前では大事な物を語られないようにするのが、当たり前になった。
でもここにきてまた、私の生活を壊そうとするのね。せっかく慣れてやっていこうと思っていた矢先、こうやってかき乱すんだ。
幼い頃からの行き場のない感情を、たまらずグレンにぶつけた。
1,951
お気に入りに追加
4,854
あなたにおすすめの小説
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり(苦手な方はご注意下さい)。ハピエン🩷
※稚拙ながらも投稿初日からHOTランキング(2024.11.21)に入れて頂き、ありがとうございます🙂 今回初めて最高ランキング5位(11/23)✨ まさに感無量です🥲
地味で器量の悪い公爵令嬢は政略結婚を拒んでいたのだが
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
心優しいエヴァンズ公爵家の長女アマーリエは自ら王太子との婚約を辞退した。幼馴染でもある王太子の「ブスの癖に図々しく何時までも婚約者の座にいるんじゃない、絶世の美女である妹に婚約者の座を譲れ」という雄弁な視線に耐えられなかったのだ。それにアマーリエにも自覚があった。自分が社交界で悪口陰口を言われるほどブスであることを。だから王太子との婚約を辞退してからは、壁の花に徹していた。エヴァンズ公爵家てもつながりが欲しい貴族家からの政略結婚の申し込みも断り続けていた。このまま静かに領地に籠って暮らしていこうと思っていた。それなのに、常勝無敗、騎士の中の騎士と称えられる王弟で大将軍でもあるアラステアから結婚を申し込まれたのだ。


私の頑張りは、とんだ無駄骨だったようです
風見ゆうみ
恋愛
私、リディア・トゥーラル男爵令嬢にはジッシー・アンダーソンという婚約者がいた。ある日、学園の中庭で彼が女子生徒に告白され、その生徒と抱き合っているシーンを大勢の生徒と一緒に見てしまった上に、その場で婚約破棄を要求されてしまう。
婚約破棄を要求されてすぐに、ミラン・ミーグス公爵令息から求婚され、ひそかに彼に思いを寄せていた私は、彼の申し出を受けるか迷ったけれど、彼の両親から身を引く様にお願いされ、ミランを諦める事に決める。
そんな私は、学園を辞めて遠くの街に引っ越し、平民として新しい生活を始めてみたんだけど、ん? 誰かからストーカーされてる? それだけじゃなく、ミランが私を見つけ出してしまい…!?
え、これじゃあ、私、何のために引っ越したの!?
※恋愛メインで書くつもりですが、ざまぁ必要のご意見があれば、微々たるものになりますが、ざまぁを入れるつもりです。
※ざまぁ希望をいただきましたので、タグを「ざまぁ」に変更いたしました。
※史実とは関係ない異世界の世界観であり、設定も緩くご都合主義です。魔法も存在します。作者の都合の良い世界観や設定であるとご了承いただいた上でお読み下さいませ。
私はどうしようもない凡才なので、天才の妹に婚約者の王太子を譲ることにしました
克全
恋愛
「アルファポリス」「カクヨム」「小説家になろう」に同時投稿しています。
フレイザー公爵家の長女フローラは、自ら婚約者のウィリアム王太子に婚約解消を申し入れた。幼馴染でもあるウィリアム王太子は自分の事を嫌い、妹のエレノアの方が婚約者に相応しいと社交界で言いふらしていたからだ。寝食を忘れ、血の滲むほどの努力を重ねても、天才の妹に何一つ敵わないフローラは絶望していたのだ。一日でも早く他国に逃げ出したかったのだ。
変態婚約者を無事妹に奪わせて婚約破棄されたので気ままな城下町ライフを送っていたらなぜだか王太子に溺愛されることになってしまいました?!
utsugi
恋愛
私、こんなにも婚約者として貴方に尽くしてまいりましたのにひどすぎますわ!(笑)
妹に婚約者を奪われ婚約破棄された令嬢マリアベルは悲しみのあまり(?)生家を抜け出し城下町で庶民として気ままな生活を送ることになった。身分を隠して自由に生きようと思っていたのにひょんなことから光魔法の能力が開花し半強制的に魔法学校に入学させられることに。そのうちなぜか王太子から溺愛されるようになったけれど王太子にはなにやら秘密がありそうで……?!
※適宜内容を修正する場合があります
[完結]いらない子と思われていた令嬢は・・・・・・
青空一夏
恋愛
私は両親の目には映らない。それは妹が生まれてから、ずっとだ。弟が生まれてからは、もう私は存在しない。
婚約者は妹を選び、両親は当然のようにそれを喜ぶ。
「取られる方が悪いんじゃないの? 魅力がないほうが負け」
妹の言葉を肯定する家族達。
そうですか・・・・・・私は邪魔者ですよね、だから私はいなくなります。
※以前投稿していたものを引き下げ、大幅に改稿したものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる