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第二章 始まった結婚生活
19.時間を持て余す
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「お、奥様、なにをなさっておられるのですか」
庭園にいると若い庭師が血相を変えて駆け寄ってきた。
「えっ、なにって。ちょっと掃き掃除でもしようかと思って」
「や、止めてください!! 旦那様に叱られてしまいます!!」
彼は私の手からパッとほうきを取り上げた。その必死の表情を見て、庭仕事はあきらめた。
次に向かったのは屋敷の中だ。廊下を水拭きしようと思いしゃがみ込むと、小さな悲鳴が聞こえた。
「お、奥様、どうなされたのでしょうか?」
若いメイドの顔は青ざめていた。
「ちょっとお掃除をさせてくれないかしら? 体を動かしたくて」
メイドは深く頭を下げた。
「申し訳ありません、奥様。それはできません!!」
「いえ、そんなかしこまらなくても……」
メイドは恐る恐る顔を上げる。
「なにか私共の不手際がございましたでしょうか? ホコリやゴミなど気になる部分があったのでしょうか?」
「そんなことはなくてね……」
「すみません!! 今まで以上に必死にお掃除をするようにいたしますので、どうかお手にしている雑巾を離していただけないでしょうか」
こうもお願いされては、強硬突破するわけにもいかない。手を伸ばし深々と頭を下げ続けるメイドに、そっと雑巾を手渡した。
******
「ああ、これからどうしましょう。ほうきも雑巾も取り上げられてしまったわ」
部屋に戻り、ソファに腰かけつぶやいた。花を飾るため、花瓶を手にしていたシルビアが笑う。
「アルベール家とは勝手が違いますからね。彼らの仕事を奪ってはいけない、ってことでしょうね」
シルビアの言うことは、もっともだと理解している。
「それよりも見てください、お嬢さま。今朝、庭師が選定した花の中にフランシスが一輪ありますよ、綺麗ですよね」
「本当、素敵ね」
フランシスは白い花弁を持ち、甘い香りを放つ花だ。亡くなった母も好きな花だったと父から聞いている。だから私もこの花がとても好きだった。だが温度調整が難しく、栽培は容易でないと聞く。
「フランシスは癒される香りだわ。ここの庭師は腕がいいのね。じゃあ、その仕事を邪魔するわけにはいかないわね」
愚痴をこぼすとシルビアが笑う。
「暇なのも考えものよね」
クッションをムギュッと抱きしめた。
「それこそ、旦那様に相談なさってはいかがですか?」
「――彼に?」
「ええ、そうです」
シルビアは強くうなずいた。
「時間があるから、なにをすればいいか聞いてみてはどうです?」
「……そうね」
実を言うと式以来、彼とはあまり顔を合わせていない。朝は早いし帰宅は深夜が多い。
だが、以前と変わらないもの。
それは――。
「贈り物だけは続いているのよね……。会っていないけど」
毎日、なにかしら私宛に届けられる。ドレスの採寸を断ったのにもかかわらず、だ!!
式の翌日から、装飾品やら高級な家具、一流のものばかりが届けられる。
ちゃんと顔を見て断ったつもりだったのに、聞いてなかったのかしら。耳はついているのか。もしくはあの耳は飾りか。
こっちの意見を無視した行為に、ため息も出る。だがこれにめげずに、次に会ったらまた、いらないって言わないと。いつまでも続きそうな気がするわ。
「まあ、いいわ。次に会った時に聞いてみるわ」
フウッと息を吐き出した。
*****
「次、旦那さまはいつお帰りになられるの?」
階下にいたジールに何気なくたずねた。
「旦那さまですか? 本日の帰宅は深夜になると伺っております」
「そう……」
参ったな、話をしようにも時間が読めないのは困る。
私の表情に出ていたのだろう、なにかを察したジールの顔がパアッと明るくなった。
「ですが奥様がお会いしたがっていたと、旦那様にお伝えします!!」
ジールは胸をドンと張る。
「え……いえ、そこまででは……」
「お任せください!! 必ずやお伝えしましょう!!」
そこまで急ぐ話ではないのだけど……。
張り切る彼に、もうなにも言えなかった。
******
そして翌日。
「あら……」
グレンが朝食の席についていた。珍しい、今日はいらっしゃったのね。
意外だったので思わず声に出てしまう。彼は私に視線を投げた。
「おはようございます」
挨拶をするとグレンは小さくうなずいた。
そこから朝食が運ばれてくる。
半熟でトロトロのオムレツ、カリカリに焼かれたベーコン。紅茶の香り。すべてに食欲がそそられる。
朝食を堪能していると視線を感じた。顔を向けるとグレンが私を見ている。
「俺に話があると聞いたのだが」
ああ、そうだった。ジールは昨夜、早速伝えてくれたのだろう。だから今朝はここにいてくれたのだ。
フォークをテーブルに置き、彼と向き合う。
「私、このお屋敷でなにをして過ごそうか相談しようと思いましたの」
「やりたいことでもあるのか?」
「特に見つからなかったので、お掃除を手伝おうとしたら叱られてしまったので」
苦笑いをする私を、グレンはジッと見つめている。
「なにか好きなことでもしているといい。この屋敷の中でも外でも」
「では外に出てもよろしくて?」
「ああ。気晴らしにはいいだろう」
外に出る条件は、護衛をつけることだった。それならばシルビアを連れて、街へ出かけてみようか。
「あと、以前も伝えたけど、贈り物はもう十分です」
小さく首を振った。
「ドレスも装飾品も家具も。すべて揃っているので」
グレンの表情が一瞬、曇った。
「そうか……」
だがすぐに顔をパッと上げる。
「では、なにをやれば喜ぶんだ?」
真剣な表情にこっちの方が驚いてしまう。
「特に。なにも」
これ以上は贅沢だ。今持っているもので十分事足りている。即答するとグレンは目を伏せた。その仕草がなんだか落胆したように見えて、こっちが悪いことを言ったような気になった。
「……考えておきます」
とっさに口から出てしまった。
変な人。私に贈り物をすることが、まるで義務だとでも思っているのかしら。気にしなくてもいいのに。
それでなくてもアルベール家の借金を払ってくれた恩を感じているのだから。
それだけで十分だった。
庭園にいると若い庭師が血相を変えて駆け寄ってきた。
「えっ、なにって。ちょっと掃き掃除でもしようかと思って」
「や、止めてください!! 旦那様に叱られてしまいます!!」
彼は私の手からパッとほうきを取り上げた。その必死の表情を見て、庭仕事はあきらめた。
次に向かったのは屋敷の中だ。廊下を水拭きしようと思いしゃがみ込むと、小さな悲鳴が聞こえた。
「お、奥様、どうなされたのでしょうか?」
若いメイドの顔は青ざめていた。
「ちょっとお掃除をさせてくれないかしら? 体を動かしたくて」
メイドは深く頭を下げた。
「申し訳ありません、奥様。それはできません!!」
「いえ、そんなかしこまらなくても……」
メイドは恐る恐る顔を上げる。
「なにか私共の不手際がございましたでしょうか? ホコリやゴミなど気になる部分があったのでしょうか?」
「そんなことはなくてね……」
「すみません!! 今まで以上に必死にお掃除をするようにいたしますので、どうかお手にしている雑巾を離していただけないでしょうか」
こうもお願いされては、強硬突破するわけにもいかない。手を伸ばし深々と頭を下げ続けるメイドに、そっと雑巾を手渡した。
******
「ああ、これからどうしましょう。ほうきも雑巾も取り上げられてしまったわ」
部屋に戻り、ソファに腰かけつぶやいた。花を飾るため、花瓶を手にしていたシルビアが笑う。
「アルベール家とは勝手が違いますからね。彼らの仕事を奪ってはいけない、ってことでしょうね」
シルビアの言うことは、もっともだと理解している。
「それよりも見てください、お嬢さま。今朝、庭師が選定した花の中にフランシスが一輪ありますよ、綺麗ですよね」
「本当、素敵ね」
フランシスは白い花弁を持ち、甘い香りを放つ花だ。亡くなった母も好きな花だったと父から聞いている。だから私もこの花がとても好きだった。だが温度調整が難しく、栽培は容易でないと聞く。
「フランシスは癒される香りだわ。ここの庭師は腕がいいのね。じゃあ、その仕事を邪魔するわけにはいかないわね」
愚痴をこぼすとシルビアが笑う。
「暇なのも考えものよね」
クッションをムギュッと抱きしめた。
「それこそ、旦那様に相談なさってはいかがですか?」
「――彼に?」
「ええ、そうです」
シルビアは強くうなずいた。
「時間があるから、なにをすればいいか聞いてみてはどうです?」
「……そうね」
実を言うと式以来、彼とはあまり顔を合わせていない。朝は早いし帰宅は深夜が多い。
だが、以前と変わらないもの。
それは――。
「贈り物だけは続いているのよね……。会っていないけど」
毎日、なにかしら私宛に届けられる。ドレスの採寸を断ったのにもかかわらず、だ!!
式の翌日から、装飾品やら高級な家具、一流のものばかりが届けられる。
ちゃんと顔を見て断ったつもりだったのに、聞いてなかったのかしら。耳はついているのか。もしくはあの耳は飾りか。
こっちの意見を無視した行為に、ため息も出る。だがこれにめげずに、次に会ったらまた、いらないって言わないと。いつまでも続きそうな気がするわ。
「まあ、いいわ。次に会った時に聞いてみるわ」
フウッと息を吐き出した。
*****
「次、旦那さまはいつお帰りになられるの?」
階下にいたジールに何気なくたずねた。
「旦那さまですか? 本日の帰宅は深夜になると伺っております」
「そう……」
参ったな、話をしようにも時間が読めないのは困る。
私の表情に出ていたのだろう、なにかを察したジールの顔がパアッと明るくなった。
「ですが奥様がお会いしたがっていたと、旦那様にお伝えします!!」
ジールは胸をドンと張る。
「え……いえ、そこまででは……」
「お任せください!! 必ずやお伝えしましょう!!」
そこまで急ぐ話ではないのだけど……。
張り切る彼に、もうなにも言えなかった。
******
そして翌日。
「あら……」
グレンが朝食の席についていた。珍しい、今日はいらっしゃったのね。
意外だったので思わず声に出てしまう。彼は私に視線を投げた。
「おはようございます」
挨拶をするとグレンは小さくうなずいた。
そこから朝食が運ばれてくる。
半熟でトロトロのオムレツ、カリカリに焼かれたベーコン。紅茶の香り。すべてに食欲がそそられる。
朝食を堪能していると視線を感じた。顔を向けるとグレンが私を見ている。
「俺に話があると聞いたのだが」
ああ、そうだった。ジールは昨夜、早速伝えてくれたのだろう。だから今朝はここにいてくれたのだ。
フォークをテーブルに置き、彼と向き合う。
「私、このお屋敷でなにをして過ごそうか相談しようと思いましたの」
「やりたいことでもあるのか?」
「特に見つからなかったので、お掃除を手伝おうとしたら叱られてしまったので」
苦笑いをする私を、グレンはジッと見つめている。
「なにか好きなことでもしているといい。この屋敷の中でも外でも」
「では外に出てもよろしくて?」
「ああ。気晴らしにはいいだろう」
外に出る条件は、護衛をつけることだった。それならばシルビアを連れて、街へ出かけてみようか。
「あと、以前も伝えたけど、贈り物はもう十分です」
小さく首を振った。
「ドレスも装飾品も家具も。すべて揃っているので」
グレンの表情が一瞬、曇った。
「そうか……」
だがすぐに顔をパッと上げる。
「では、なにをやれば喜ぶんだ?」
真剣な表情にこっちの方が驚いてしまう。
「特に。なにも」
これ以上は贅沢だ。今持っているもので十分事足りている。即答するとグレンは目を伏せた。その仕草がなんだか落胆したように見えて、こっちが悪いことを言ったような気になった。
「……考えておきます」
とっさに口から出てしまった。
変な人。私に贈り物をすることが、まるで義務だとでも思っているのかしら。気にしなくてもいいのに。
それでなくてもアルベール家の借金を払ってくれた恩を感じているのだから。
それだけで十分だった。
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