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第二章 始まった結婚生活
18.気遣いは不要
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朝食後、休んでいるとジールが私を呼びにきた。
「奥様、来客です」
ジッと顔を見られ、そこでようやっと気づく。
奥様って私のことなのね。呼ばれ慣れていないので、遅れて返事をした。
「どなたかしら?」
誰とも約束などしていないはず。首を傾げているとジールが説明する。
「旦那様より、奥様のドレスの採寸をするように言われております」
「えっ……」
「あと装飾品なども選んでいただけますでしょうか?」
必死に考えを張り巡らせる。
「舞踏会などあるのかしら?」
「いえ、そういうわけではなく、普段着として準備するためにお呼びしました」
ちょっと待って欲しい。
アルベール家にいた時、散々ドレスやら装飾品などいただいた。これ以上、なにが必要だというの。
「今は必要ないわ」
きっぱりと言い切る。ジールは困惑した表情を浮かべる。
「ですが……」
「もうたくさんいただいているの。ちょっと彼と話をしてみるから、今日のところは帰っていただけるかしら?」
あの人、私にどれだけ贈り物をしたのか、忘れたのかしら? 人任せにしていて、覚えていないだけじゃないの。だったら無駄遣いをする必要はないと、彼に直接伝えよう。
そして夕食時に伝えようと思っていたが、彼はなかなか帰ってこなかった。
「きっとお仕事が忙しいのですよ。一日でも式を早めたくて、がむしゃらに仕事をしていたとお聞きしておりますので」
ジールはグレンの肩を持つが、きっと私と顔を合わせたくないだけではないか。
それとも、彼女……のところへ顔を出しているのかしら。アンナ・ブッセンの顔が浮かぶ。
そこで私の愚痴を言っていたりして。
だが、そこまで頭に浮かび、考えるのを止めた。彼がどこでなにをして過ごそうと、私には関係ないからだ。
与えられた寝室のベッドで横になっていると、馬の蹄の音が聞こえた。帰ってきたみたいだ。
ガバッと身を起こし、ガウンを羽織った。
階下にいくと出迎えているジールの姿があった。グレンは彼に上着を手渡していた。
エントランスフロアに続く階段を下りていると、グレンがふと顔を上げる。私を視界に入れると目を見開き、小さく口を開けた。
なによ、なぜそんなに驚いているのかしら。
ジッと見られていることに居心地の悪さを感じつつ、ゆっくりと彼に近づく。
「お帰りなさい」
声をかけると彼は瞬きをした。言葉を発しない。
「あの――」
弾かれたようにサッと視線を逸らす彼。
そんなに私との会話が嫌で面倒なのかしら。地味に傷つく。だが心の内を隠し、微笑んだ。
「お話がありますの。お部屋で待っていますね」
そう告げると彼の寝室へ足を向けた。
ベッドに腰かけ、彼を待っているとドアノブの回る音が部屋に響く。
シャツ一枚のラフな格好になったグレンが姿を現す。どこか気だるげな彼の姿だが、それすらも魅力的で目を惹く。なんだか見てはいけない気がして、サッと視線を逸らす。
きっと疲れているだろう。早く話を終わらせよう。
「今日、ドレスの採寸がありましたが、帰っていただきました」
「なぜだ」
途端に目つきが鋭くなるのは、どうしてだろう。
「私、もう十分にドレスはいただいたわ。それに装飾品も。まだ袖を通してないドレスもあるし……」
クローゼットに溢れているドレスを見てもらえば、一番手っ取り早い気がしてくる。
もっとも、彼が私にそこまで興味はないか。自分自身で納得する。
「私の事は心配しないで。気遣いは不要です」
相手に上手く伝えたつもりだった。だがグレンの眉間に深く皺が刻まれた。
「妻がみすぼらしい格好では困るだろう」
あっ、そうね。お飾りの妻ですものね。
「あなたに恥をかかせないぐらいは持っているから」
フワッと微笑む。
「ご厚意をありがとう。でも、私には十分すぎるぐらいだから」
グレンはなにかを言いたげに口を動かしたが、遮った。
「それじゃあ、おやすみなさい」
まずは言いたいことは伝えたので、満足して彼に背を向けた。
******
それから数日、グレンの姿は見かけなかった。仕事が忙しいとジールは言い訳していたが、もしかしたら別宅があるのかもしれない。
その説が濃厚かしら、今のところ。
それともこっちの方が別宅だったりして。
ありえなくもない可能性にクスリと笑う。
しかし毎日、広い屋敷でグレンの帰りだけを待っている日々。正直、新妻ってこんなに時間を持て余すのかしら?
アルベール家にいた時は賃金の関係で使用人が一人、また一人と辞めていっていたので人手が足りなく、私自身、屋敷内で動きまわることがあった。時には料理をしたり、掃除や洗濯も。大変ではあったが、毎日があっという間に過ぎていた気がする。
グレンは仕事だというし、その間、私も好きに過ごしていいかしら。少しは体を動かしたいし。
よし、決めたわ。
意を決して、椅子から立ち上がった。
「奥様、来客です」
ジッと顔を見られ、そこでようやっと気づく。
奥様って私のことなのね。呼ばれ慣れていないので、遅れて返事をした。
「どなたかしら?」
誰とも約束などしていないはず。首を傾げているとジールが説明する。
「旦那様より、奥様のドレスの採寸をするように言われております」
「えっ……」
「あと装飾品なども選んでいただけますでしょうか?」
必死に考えを張り巡らせる。
「舞踏会などあるのかしら?」
「いえ、そういうわけではなく、普段着として準備するためにお呼びしました」
ちょっと待って欲しい。
アルベール家にいた時、散々ドレスやら装飾品などいただいた。これ以上、なにが必要だというの。
「今は必要ないわ」
きっぱりと言い切る。ジールは困惑した表情を浮かべる。
「ですが……」
「もうたくさんいただいているの。ちょっと彼と話をしてみるから、今日のところは帰っていただけるかしら?」
あの人、私にどれだけ贈り物をしたのか、忘れたのかしら? 人任せにしていて、覚えていないだけじゃないの。だったら無駄遣いをする必要はないと、彼に直接伝えよう。
そして夕食時に伝えようと思っていたが、彼はなかなか帰ってこなかった。
「きっとお仕事が忙しいのですよ。一日でも式を早めたくて、がむしゃらに仕事をしていたとお聞きしておりますので」
ジールはグレンの肩を持つが、きっと私と顔を合わせたくないだけではないか。
それとも、彼女……のところへ顔を出しているのかしら。アンナ・ブッセンの顔が浮かぶ。
そこで私の愚痴を言っていたりして。
だが、そこまで頭に浮かび、考えるのを止めた。彼がどこでなにをして過ごそうと、私には関係ないからだ。
与えられた寝室のベッドで横になっていると、馬の蹄の音が聞こえた。帰ってきたみたいだ。
ガバッと身を起こし、ガウンを羽織った。
階下にいくと出迎えているジールの姿があった。グレンは彼に上着を手渡していた。
エントランスフロアに続く階段を下りていると、グレンがふと顔を上げる。私を視界に入れると目を見開き、小さく口を開けた。
なによ、なぜそんなに驚いているのかしら。
ジッと見られていることに居心地の悪さを感じつつ、ゆっくりと彼に近づく。
「お帰りなさい」
声をかけると彼は瞬きをした。言葉を発しない。
「あの――」
弾かれたようにサッと視線を逸らす彼。
そんなに私との会話が嫌で面倒なのかしら。地味に傷つく。だが心の内を隠し、微笑んだ。
「お話がありますの。お部屋で待っていますね」
そう告げると彼の寝室へ足を向けた。
ベッドに腰かけ、彼を待っているとドアノブの回る音が部屋に響く。
シャツ一枚のラフな格好になったグレンが姿を現す。どこか気だるげな彼の姿だが、それすらも魅力的で目を惹く。なんだか見てはいけない気がして、サッと視線を逸らす。
きっと疲れているだろう。早く話を終わらせよう。
「今日、ドレスの採寸がありましたが、帰っていただきました」
「なぜだ」
途端に目つきが鋭くなるのは、どうしてだろう。
「私、もう十分にドレスはいただいたわ。それに装飾品も。まだ袖を通してないドレスもあるし……」
クローゼットに溢れているドレスを見てもらえば、一番手っ取り早い気がしてくる。
もっとも、彼が私にそこまで興味はないか。自分自身で納得する。
「私の事は心配しないで。気遣いは不要です」
相手に上手く伝えたつもりだった。だがグレンの眉間に深く皺が刻まれた。
「妻がみすぼらしい格好では困るだろう」
あっ、そうね。お飾りの妻ですものね。
「あなたに恥をかかせないぐらいは持っているから」
フワッと微笑む。
「ご厚意をありがとう。でも、私には十分すぎるぐらいだから」
グレンはなにかを言いたげに口を動かしたが、遮った。
「それじゃあ、おやすみなさい」
まずは言いたいことは伝えたので、満足して彼に背を向けた。
******
それから数日、グレンの姿は見かけなかった。仕事が忙しいとジールは言い訳していたが、もしかしたら別宅があるのかもしれない。
その説が濃厚かしら、今のところ。
それともこっちの方が別宅だったりして。
ありえなくもない可能性にクスリと笑う。
しかし毎日、広い屋敷でグレンの帰りだけを待っている日々。正直、新妻ってこんなに時間を持て余すのかしら?
アルベール家にいた時は賃金の関係で使用人が一人、また一人と辞めていっていたので人手が足りなく、私自身、屋敷内で動きまわることがあった。時には料理をしたり、掃除や洗濯も。大変ではあったが、毎日があっという間に過ぎていた気がする。
グレンは仕事だというし、その間、私も好きに過ごしていいかしら。少しは体を動かしたいし。
よし、決めたわ。
意を決して、椅子から立ち上がった。
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