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第一章 これは政略結婚
15.式の前
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なんだかんだと話が進み、結婚式が二か月後に行われることになった。
理由をつけて彼と会う回数をできるだけ減らした。必要最低限に顔を合わせ、ドレスを選ぶ際も、彼が寄こしたデザイナーに『はいはい』と返事をしていただけ。大々的な式にはせず、こじんまりとした式にしたいと告げた。もとより彼には親類が少ないので、それで構わないとのことだった。
そういえば、彼のご両親は? 一瞬脳裏をよぎったが、すぐに考え直す。
やめよう、彼が言ってこないのなら、触れてはいけない部分かもしれない。
******
そして当日、純白のドレスに身を包み、控室で待機していた。
「お嬢さま、本当にお綺麗です~!!」
「シルビアが着飾ってくれたおかげよ。ほら、そんなに泣かないで」
涙でぐしゃぐしゃになった彼女に、そっとハンカチを渡す。
「そんなに感動していては、どちらが花嫁なのかわからないじゃない」
素直な彼女が可愛いと思い、クスッと笑う。
その時、扉がノックされた。シルビアがいそいそと出迎えに行く。私は鏡台に座り直し、自分を見つめる。
ハーフアップにして白い花とパール、ゴールドリーフを散りばめたアクセサリで髪を飾る。エレガントなヘッドドレスも純白のドレスも、すべてグレンから贈られたものだ。
耳と首を飾る装飾品は輝く宝石で、それがずっしりと重く感じられる。
いったい、彼は私にいくら使ったのだろう。アルベール家の借金精算も含めて。もうこれ以上、私に気を遣う必要はないのに。
鏡にうつる自分を見ていると、鏡越しに視界に入った人物がいた。
グレンだ。
彼は一瞬、弾かれたように肩を揺らす。口元に手を当て、視線をサッと逸らした。私は鏡越しで彼をジッと見つめる。
もうすぐ式が始まる。迎えに来たのだろう。
やがて鏡台からゆっくりと立ち上がり、彼と向き合う。彼も今日はより一段と服装に気合が入っている。
「とても綺麗だ」
熱っぽい視線を向けられ、戸惑ってしまう。
「――触れてもいいか?」
彼はゴクリと息を飲むと、切り出した。
「……式の前ですので」
どこに触れる気なのかしら? 髪も化粧も整えたばかりなので崩れたら困る。
私はサッと視線を逸らす。拒否すると相手は目を見開いた。
「少し話がしたいのだが、いいか?」
「手短にお願いします」
式がせまっているのだ。自分でも冷たい物言いになったと思う。
「……怒っているのか?」
グレンは真剣な表情を向けている。
そう、私が怒っているのは自分自身。
勝手に期待して裏切られた気になっていた、うぬぼれていた自分。
彼にとって私は政略結婚の相手。だから好きになってはダメなのだ。ちゃんと立場をわきまえないといけない。そのためには線引きが大事だ。距離を取らなければいけない。
「なにをですか?」
とぼけたふりして首を傾げる。
「先日の舞踏会から態度がおかしい。教えてくれないか? 不機嫌な理由を」
「……」
「俺が悪いことをしたのなら、直すから言って欲しい」
グッと唇を噛みしめる彼は、勇気を振り絞って口にしたのだろう。
自分から頭を下げることができる人なのだ。プライドだけは高い貴族の男性ばかりを多く見ていたので、意外に感じてしまう。
だったら、自分の気持ちを話してみようか。素直にそう思えた。
「お話は夜に……二人になった時にでも」
そうだ、今は時間がない。それに式の前に深刻な話もしたくなかった。彼の目を見つめ、決意を告げる。
そうよ、これからの生活の為、彼と話し合うのは大事なこと。政略結婚だといってもお互い円満に過ごすには、ちゃんと取り決めをしなくては。
彼の目をジッと見つめていると不意に顔がグシャリとゆがんだ。
気づいた時には腰と背中にグッと腕が回され、彼に抱きしめられていた。
えっ……。
突然のことだったので思考が停止する。力強く回された腕、驚きで呼吸が止まる。フワッと爽やかなグリーンノートの香りがした。魅惑的な深い官能性を感じ、喉をごくりと鳴らす。これは香水なのだろうか。
ギュッとかき抱かれ、彼に包まれている。息苦しいほどに――。
「やっと、やっとこの日がきた……!!」
頭上でつぶやかれた言葉が耳に入る。
いったい、どういう意味?
ドクドクと脈拍数が上がり、顔が真っ赤に火照る。こんなに力強く抱きしめられたことは初めてだった。
硬直した私を、さらにギュッと抱きしめるグレン。逃さないといわんばかりの力強さ。全身で彼の熱を感じた。
その時、扉がノックされた。
扉の外から、そろそろ時間だと連絡を受けた。すると彼はゆっくりと手を離す。まるで、名残惜しいとでもいいたげに。
「――行こう」
はにかんだ笑顔で手を差し出す彼を見て、おずおずとその手を取った。
理由をつけて彼と会う回数をできるだけ減らした。必要最低限に顔を合わせ、ドレスを選ぶ際も、彼が寄こしたデザイナーに『はいはい』と返事をしていただけ。大々的な式にはせず、こじんまりとした式にしたいと告げた。もとより彼には親類が少ないので、それで構わないとのことだった。
そういえば、彼のご両親は? 一瞬脳裏をよぎったが、すぐに考え直す。
やめよう、彼が言ってこないのなら、触れてはいけない部分かもしれない。
******
そして当日、純白のドレスに身を包み、控室で待機していた。
「お嬢さま、本当にお綺麗です~!!」
「シルビアが着飾ってくれたおかげよ。ほら、そんなに泣かないで」
涙でぐしゃぐしゃになった彼女に、そっとハンカチを渡す。
「そんなに感動していては、どちらが花嫁なのかわからないじゃない」
素直な彼女が可愛いと思い、クスッと笑う。
その時、扉がノックされた。シルビアがいそいそと出迎えに行く。私は鏡台に座り直し、自分を見つめる。
ハーフアップにして白い花とパール、ゴールドリーフを散りばめたアクセサリで髪を飾る。エレガントなヘッドドレスも純白のドレスも、すべてグレンから贈られたものだ。
耳と首を飾る装飾品は輝く宝石で、それがずっしりと重く感じられる。
いったい、彼は私にいくら使ったのだろう。アルベール家の借金精算も含めて。もうこれ以上、私に気を遣う必要はないのに。
鏡にうつる自分を見ていると、鏡越しに視界に入った人物がいた。
グレンだ。
彼は一瞬、弾かれたように肩を揺らす。口元に手を当て、視線をサッと逸らした。私は鏡越しで彼をジッと見つめる。
もうすぐ式が始まる。迎えに来たのだろう。
やがて鏡台からゆっくりと立ち上がり、彼と向き合う。彼も今日はより一段と服装に気合が入っている。
「とても綺麗だ」
熱っぽい視線を向けられ、戸惑ってしまう。
「――触れてもいいか?」
彼はゴクリと息を飲むと、切り出した。
「……式の前ですので」
どこに触れる気なのかしら? 髪も化粧も整えたばかりなので崩れたら困る。
私はサッと視線を逸らす。拒否すると相手は目を見開いた。
「少し話がしたいのだが、いいか?」
「手短にお願いします」
式がせまっているのだ。自分でも冷たい物言いになったと思う。
「……怒っているのか?」
グレンは真剣な表情を向けている。
そう、私が怒っているのは自分自身。
勝手に期待して裏切られた気になっていた、うぬぼれていた自分。
彼にとって私は政略結婚の相手。だから好きになってはダメなのだ。ちゃんと立場をわきまえないといけない。そのためには線引きが大事だ。距離を取らなければいけない。
「なにをですか?」
とぼけたふりして首を傾げる。
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「……」
「俺が悪いことをしたのなら、直すから言って欲しい」
グッと唇を噛みしめる彼は、勇気を振り絞って口にしたのだろう。
自分から頭を下げることができる人なのだ。プライドだけは高い貴族の男性ばかりを多く見ていたので、意外に感じてしまう。
だったら、自分の気持ちを話してみようか。素直にそう思えた。
「お話は夜に……二人になった時にでも」
そうだ、今は時間がない。それに式の前に深刻な話もしたくなかった。彼の目を見つめ、決意を告げる。
そうよ、これからの生活の為、彼と話し合うのは大事なこと。政略結婚だといってもお互い円満に過ごすには、ちゃんと取り決めをしなくては。
彼の目をジッと見つめていると不意に顔がグシャリとゆがんだ。
気づいた時には腰と背中にグッと腕が回され、彼に抱きしめられていた。
えっ……。
突然のことだったので思考が停止する。力強く回された腕、驚きで呼吸が止まる。フワッと爽やかなグリーンノートの香りがした。魅惑的な深い官能性を感じ、喉をごくりと鳴らす。これは香水なのだろうか。
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いったい、どういう意味?
ドクドクと脈拍数が上がり、顔が真っ赤に火照る。こんなに力強く抱きしめられたことは初めてだった。
硬直した私を、さらにギュッと抱きしめるグレン。逃さないといわんばかりの力強さ。全身で彼の熱を感じた。
その時、扉がノックされた。
扉の外から、そろそろ時間だと連絡を受けた。すると彼はゆっくりと手を離す。まるで、名残惜しいとでもいいたげに。
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