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第一章 これは政略結婚
14.距離を作る
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ため息をつくと、投げやりになって吐き捨てた。
「だったら、あなたが婚約してもいいのよ、グレン様と」
「えっ……」
マリアンヌは呆気にとられて、目を瞬かせた。
「アルベール家には年頃の娘が二人。私とあなたがいるのだから、どちらと結婚しても問題ないはずよ」
そう、身分が欲しいのなら、マリアンヌでもいいはずだ。グレンにとって。
「元々は父と義母、あなたたちの浪費から借金がかさんだのよ。それを私が結婚して返済するのだから、身売りみたいなものだわ」
自棄になって、もう止まらない。口から毒を吐く。
「私だって望んで結婚するわけじゃないから」
はっきりと言い切る。マリアンヌは目を見開き、気まずそうに小声になった。
「お姉さま……」
ゴクリと息を飲むマリアンヌに首を傾げる。
その時、マリアンヌが私の背後に視線を向けているのに気づいた。
「どうしたの?」
パッと振り返ると、すぐ側で立っている人物と目が合った。
スッと目を細め、無言で私を見ていたのはグレンだった。
「……」
いつからそこにいたのだろうか。反射的に視線をサッと逸らす。
聞かれてしまったかしら?
気まずくなるが、すぐに考え直した。
相手も同じように思っているはずだから、別にいいんじゃないかしら。
先ほどの仲間たちとの会話が彼の本心だと知ってしまったのだから。
「どうなされたのですか?」
にっこり微笑んで首を傾げる。相手は無言で私をジッと見下ろしている。
なにか言いたいことでもあるのだろうか。
でも、お互いさまじゃない。これでおあいこ。
政略結婚、せめて表面上は仲良く過ごしましょうよ。腹の内は見せあわないで。
「なかなか帰ってこないから探しにきたんだ」
「あら、ありがとうございます」
友人たちと会話をするうちに、私の存在を思い出した、ってことかしら。
「それなのですが、そろそろ失礼しようと思います。ちょっと疲れてしまったのか、頭痛がするのです」
こんな時なら仮病も許されるだろう。こめかみを抑えると彼が手をスッと出した。
「では送っていく」
「いいえ、大丈夫ですわ」
静かに首を振り、断った。
「いや、行こう」
だがグッと強引に腕を掴まれたと思ったら、視線が反転する。
あっ、と思った時にはもう彼に抱きかかえられていた。
「いえ、あの……」
動揺してしどろもどろになった。
「具合が悪いのだろう。寄りかかってくれ」
「ここまでしなくとも大丈夫ですから」
こんな目立つことはしたくない。
「おろしてください」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
主張すると彼はそっと床に下ろした。
「すぐ馬車を呼ぶ」
その後は送りはいらないと言ったのに、強引に屋敷にまでついてくると言って聞かなかった。
馬車の中は会話も弾まず、空気は暗かった。だが、今の私にはちょうどいい。
楽しく会話する気分ではないのだから。
相手も同じ気持ちだったのだろう。無言だった。お互いが窓に視線を投げたまま、視線は交じり合わない。そのまま帰路についた。
******
そして翌日、また贈り物が届けられた。
もう何度目になるのだろうか。深いため息をついた。
『お嬢さまはお嬢さまらしく、綺麗な鳥かごにいるのがお似合いだ。せめて大事にしてやるさ』
昨夜の彼の台詞を思い出すと表情がゆがむ。私のことは装飾品の一つだとでも思っているのだろう。
装飾品らしく、綺麗に着飾っておけ、という意味かしら。そして鳥かごに閉じ込めておくとでもいいたいの? まるで観賞用ね。
きらびやかな宝石やドレスを贈られても、心がときめかない。それどころが気分は沈んだままだ。
「お嬢さま、どうされました?」
私の表情が暗いのに目ざとく気づいたシルビアが、心配そうに声をかけてきた。
「ううん、なんでもないの」
あいまいに笑ってごまかす私に、シルビアは贈り物の中から小さな袋を引っ張りだした。
「お嬢さま、これは頭痛に効果のあるお薬ですわ。きっと心配なさっているのですよ、優しいお方ですね!!」
どうやら薬も一緒に贈ってくださったようだ。
「優しい……ねぇ」
含みのある言い方をした自分に、鼻で笑ってしまう。
「お嬢さま、昨日からどうなさったのですか?」
シルビアが首を傾げる。
「そうね、政略結婚の現実に気づいたのよ」
そう、勝手に傷ついているのは私なのだ。
「贈り物はすべてクローゼットにしまってちょうだい。薬も飲まなくていいわ」
シルビアはそれ以上追及せずに、片づけ始めた。薬を贈ってくるとか、やめて欲しい。どうせ仮病なのだから。
その時、良心がチクリと痛んだ。
「だったら、あなたが婚約してもいいのよ、グレン様と」
「えっ……」
マリアンヌは呆気にとられて、目を瞬かせた。
「アルベール家には年頃の娘が二人。私とあなたがいるのだから、どちらと結婚しても問題ないはずよ」
そう、身分が欲しいのなら、マリアンヌでもいいはずだ。グレンにとって。
「元々は父と義母、あなたたちの浪費から借金がかさんだのよ。それを私が結婚して返済するのだから、身売りみたいなものだわ」
自棄になって、もう止まらない。口から毒を吐く。
「私だって望んで結婚するわけじゃないから」
はっきりと言い切る。マリアンヌは目を見開き、気まずそうに小声になった。
「お姉さま……」
ゴクリと息を飲むマリアンヌに首を傾げる。
その時、マリアンヌが私の背後に視線を向けているのに気づいた。
「どうしたの?」
パッと振り返ると、すぐ側で立っている人物と目が合った。
スッと目を細め、無言で私を見ていたのはグレンだった。
「……」
いつからそこにいたのだろうか。反射的に視線をサッと逸らす。
聞かれてしまったかしら?
気まずくなるが、すぐに考え直した。
相手も同じように思っているはずだから、別にいいんじゃないかしら。
先ほどの仲間たちとの会話が彼の本心だと知ってしまったのだから。
「どうなされたのですか?」
にっこり微笑んで首を傾げる。相手は無言で私をジッと見下ろしている。
なにか言いたいことでもあるのだろうか。
でも、お互いさまじゃない。これでおあいこ。
政略結婚、せめて表面上は仲良く過ごしましょうよ。腹の内は見せあわないで。
「なかなか帰ってこないから探しにきたんだ」
「あら、ありがとうございます」
友人たちと会話をするうちに、私の存在を思い出した、ってことかしら。
「それなのですが、そろそろ失礼しようと思います。ちょっと疲れてしまったのか、頭痛がするのです」
こんな時なら仮病も許されるだろう。こめかみを抑えると彼が手をスッと出した。
「では送っていく」
「いいえ、大丈夫ですわ」
静かに首を振り、断った。
「いや、行こう」
だがグッと強引に腕を掴まれたと思ったら、視線が反転する。
あっ、と思った時にはもう彼に抱きかかえられていた。
「いえ、あの……」
動揺してしどろもどろになった。
「具合が悪いのだろう。寄りかかってくれ」
「ここまでしなくとも大丈夫ですから」
こんな目立つことはしたくない。
「おろしてください」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
主張すると彼はそっと床に下ろした。
「すぐ馬車を呼ぶ」
その後は送りはいらないと言ったのに、強引に屋敷にまでついてくると言って聞かなかった。
馬車の中は会話も弾まず、空気は暗かった。だが、今の私にはちょうどいい。
楽しく会話する気分ではないのだから。
相手も同じ気持ちだったのだろう。無言だった。お互いが窓に視線を投げたまま、視線は交じり合わない。そのまま帰路についた。
******
そして翌日、また贈り物が届けられた。
もう何度目になるのだろうか。深いため息をついた。
『お嬢さまはお嬢さまらしく、綺麗な鳥かごにいるのがお似合いだ。せめて大事にしてやるさ』
昨夜の彼の台詞を思い出すと表情がゆがむ。私のことは装飾品の一つだとでも思っているのだろう。
装飾品らしく、綺麗に着飾っておけ、という意味かしら。そして鳥かごに閉じ込めておくとでもいいたいの? まるで観賞用ね。
きらびやかな宝石やドレスを贈られても、心がときめかない。それどころが気分は沈んだままだ。
「お嬢さま、どうされました?」
私の表情が暗いのに目ざとく気づいたシルビアが、心配そうに声をかけてきた。
「ううん、なんでもないの」
あいまいに笑ってごまかす私に、シルビアは贈り物の中から小さな袋を引っ張りだした。
「お嬢さま、これは頭痛に効果のあるお薬ですわ。きっと心配なさっているのですよ、優しいお方ですね!!」
どうやら薬も一緒に贈ってくださったようだ。
「優しい……ねぇ」
含みのある言い方をした自分に、鼻で笑ってしまう。
「お嬢さま、昨日からどうなさったのですか?」
シルビアが首を傾げる。
「そうね、政略結婚の現実に気づいたのよ」
そう、勝手に傷ついているのは私なのだ。
「贈り物はすべてクローゼットにしまってちょうだい。薬も飲まなくていいわ」
シルビアはそれ以上追及せずに、片づけ始めた。薬を贈ってくるとか、やめて欲しい。どうせ仮病なのだから。
その時、良心がチクリと痛んだ。
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