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第一章 これは政略結婚

3.求婚者

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「さて、どこから話そうか――」

 行儀が悪いと思いつつも父の話を遮った。

「それでこの縁談の条件はなんですの? アルベール家の借金を肩代わり、でしょうか」
「察しが良くてありがたいよ、ルシナ。そうだ、この縁談を受ければ、アルベール家は金策に走らなくて済むのだ」
 
 やはりお金か。

「それにこの話を持ってきた時、縁談の支度金としてお金を包んでくださったのだよ」
「それはどこにありますの?」
「いや、ちょうど借金取りが来たから、利息分として払った。これで当分は借金取りに怯える必要もない」

 なんてことを……!!

 胸を張る父に、頭が痛くなった。
 話を持ってきた時点でお金を包んでくるなど、お金に貧窮している人間から見たら、手をつけるに決まっている。それを見越していたのだろう。 

 そう、縁談を断ることなどできないよう、根回しだ。
 なんとも頭の回る相手だ。どうあっても結婚し、貴族社会に進出したいに違いない。

「お金のない我が家とぴったりのお相手ですわね」

 皮肉を込めて自嘲すると、父は困った顔を見せた。

「いや、ルシナが乗り気でないと言うのなら、断ってもいいのだが……」

 ごにょごにょと尻すぼみの父は言葉を濁す。
 私に選択権はないでしょうに。
 没落か政略結婚か。二つに一つ。
 しばらく沈黙が続いたが、それを先に破ったのは私だった。

「……わかりました」
「承諾してくれるのか!?」

 父の顔が目に見えてパッと明るくなる。この返答を期待していたのでしょう?

「その代わり、条件があります!」

 立ち上がり、ビシッと指を突き付けた。

「もう新規の事業に手を出さないでください!! 成功したことがないのですから!!」

 ここまで借金を重ねたのも、父の考えなしの事業計画のせいだろう。

「あともう一つ!!」

 ここぞとばかりに声を張り上げた。

「マリアンヌをあまり甘やかさないでください」
「ああ、わかったよ」

 何度も父に言ってはいるが、いつも口だけだ。

「あの子は考えが甘いです。借金がなくなったら、少し厳しめの家庭教師をつけてあげてください。それがあの子のためです」

 以前、家庭教師をつけていたが、少し注意されるだけで不貞腐れていた。しまいに仮病を使って欠席することが続いたので、家庭教師も匙を投げた。

「それで相手のことなのだが……」

 父がおずおずと口を開く。
 その後の父の話を、どこか他人事のように聞いていた。自分の縁談の相手だというのに。

 やり手の事業家だということ。
 父も直接会ったことはなく、父の友人のサウル家が仲介となり、連絡を寄こしてきたらしい。

「最初からお金を包んでくるなんて、よほど我が家の事情に詳しいみたいですね」

 聞いた時から覚悟できていた。

「相手はどんな方かわからないが、やり手の事業家というなら素晴らしい方だろう」

 父は会ってもいない相手を褒めるが、だったらお父さまが彼に弟子入りすればいいんだわ。事業について詳しく教えてもらえばいい。
 皮肉が喉まで出かかったが、止めておいた。
 これで調子に乗り、また変な事業を始める気になったら困るからだ。

「三日後にお相手から迎えがくる。準備しておくように」
「わかりました」

 三日後に結婚相手と会うというが、なんだか実感がわかない。

 深くため息をついた。

 書斎から退室し、自室に戻ろうとしたところで、義母と妹の姿を見かけた。
 わざわざ父と話し終えるのを待っていたらしい。

「それでお姉さま、どうだった? お相手はどんな人!?」

 興味しんしんで瞳を輝かせたマリアンヌが駆け寄ってくる。

「よくわからないけれど、三日後に会ってくるわ」
「じゃあ、どんな方かちっともわからないというの?」
「ええ、そう言うことになるわね」
「まあ」

 マリアンヌは口に手を当て、コロコロと笑う。

「ブクブクに太っていたり、ギトギトに脂の乗った方かもしれないわね。お年を召しているかもしれないし、髪も薄いかも!!」

 妹は完全に面白がっている。本当、いい性格をしている。

「ルシナ、いい縁談じゃない。くれぐれも粗相のないように!! 話をうまくまとめてくるのよ。相手の気が変わらないうちに」

 義母が私の両肩をガシッと掴み、圧をかけてくる。

「でも、まだお会いしたこともないのに……」
「いいからさっさと決めてくるのよ! 相手はお金持ちなのは間違いがないのだから」

 強い口調で言いたいことだけ言うと、義母は踵を返した。
 義母はお金に目がくらみ、妹は面白がっている。
 誰も私を心配してくれる人はいないのだろう。

「うふふ。お姉さま、上手くいくといいわね。ベンみたいなことにならないといいわね」
 
 その名を聞くと、優しく静かに微笑んでいた彼の顔が脳裏に浮かぶ。
 
 私の耳がピクリと動いたのを、マリアンヌは見逃さなかったようだ。

「あら、ごめんなさいね。私は彼のことなんて、どうでも良かったのだけど、お姉さまよりも私のことが好きだと言うのだから、仕方がないじゃない」

 クスクスと笑いながらマリアンヌは話題にする。私の反応を探っているのだろう。

「……その件はもう終わったことだから」

 肩をすくませ、にっこりと微笑んで見せる。
 大丈夫、私は傷ついてなどいない。そう自分に言い聞かせた。

「さぁ、私も三日後にお会いする準備をしなくちゃね」

 まだなにか言いたげなマリアンヌに別れを告げ、自室に戻った。
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