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 すごく気分が暗く、足取りも重くなりながら、ヒルデバルドと歩いた。
 やがて重厚な扉の前でヒルデバルドは立ち止まった。

「こちらになります」

 ヒルデバルドが目で合図すると、脇に立つ騎士たちが扉を開けた。

「失礼いたします。リーン様をお連れしました」

 よく通る声を聞き、心臓がドクドクと脈打ち始める。足は震え、緊張から吐き出しそうだ。
 開かれた部屋には長いテーブルが設置されている。深紅のテーブルクロスが敷かれ、一番奥に腰かける人物がいた。

 ――ディオリュクスだ。

 彼はただ無言でじっとこちらを見つめている。
 彼の瞳に射抜かれていると思うと、足がすくんだ。

 テーブルの上に飾られた金の燭台、天井からつるされたシャンデリア、壁には絵画が飾られ、贅沢の限りを尽くした部屋。
 自分が場違いな気がして硬直していると、ヒルデバルドがそっと手を伸ばし腰を押した。

「さあ、リーン様」

 挨拶せよと促されたので、静かに頭を下げた。
 私はグッと唇を噛みしめるとヒルデバルドの誘導の元、席まで歩いた。
 王座に座るディオリュクスから見て、左側の席に案内された。ヒルデバルドがスッと椅子を引いてくれたので静かに腰かけた。

 すごい威圧感だ。

 直視はしていないが、存在感をヒシヒシと感じ、圧迫される。圧倒的な王者の雰囲気に呑まれそうだ。彼はワイングラスを片手に持ち、グルッと回していた。私の存在など気にも留めない。
 その態度を見ていると、彼にとってもこの食事会は不毛だと感じていることがわかった。気に食わない相手だが、同意見なようだ。
 だったら早くこの食事会とやらも終わらせるべきだ。
 私は彼を視界に入れず前を向き、料理が運ばれるのを待った。
 やがてメイドたちが手に皿を持ち、部屋に入ってきた。
 目の前に置かれたのは新鮮な野菜のサラダだった。
 とりあえず食べることにしよう。
 この状況では食欲などないが、料理を作った人の気持ちを考えると、残すことも気がひけた。
 小声で「いただきます」と言い、そっと手を合わせたあと、フォークを持った。
 野菜もみずみずしく、ドレッシングも美味しい。
 サラダを食べている間も、次々と料理が運ばれてくる。カリカリのクルトンが入ったスープ、メインの肉料理にかけられたソースもまた、絶品だった。
 まるでフルコースみたいだ。それ以上に豪華かもしれない。
 でも私がこうやって豪華な料理を口にしている間も、サーラはなにを食べているのかな。ちゃんとご飯、食べているのかしら。野菜とキノコを煮込んだスープ、サーラは好きだったよな。
 サーラのことを思い出すと、フォークが止まった。
 自分ばかりが豪華な食事をしていると思うと、気が引ける。

「――よく食べるな」

 その時、王座から声がかかりハッとした。
 ディオリュクスはワインを口にしているが、並べられた料理にはほぼ手をつけていない。
 この人は、飲むことがメインなのだろうか。

「ええ。とても美味しいです」

 抑揚のない声だと自分でも思う。
 ちゃんと食べているか見ているだなんて、嫌な感じだ。
 気にせずに続けようと思い、ナイフで切った肉を口に運ぶ。

「毒が入っている――」

 ディオリュクスが突然言い出したので、胸につかえ、グッときた。
 毒? この食事に!?
 飲み込んだばかりなので、どうにかしようともがき胸を叩くが、出てくる気配はない。
 どうしよう、吐き出さないと!!
 焦って涙目になった時、突如笑い声が聞こえた。ディオリュクスだ。

「入っているとは断言していない。毒が入っていたらどうするつもりだと聞こうとしただけだ。早とちりだな」

 フッと鼻で笑うのは、私のことをバカにしているのだろう。
 あ、焦らせやがって……!!
 憎たらしく思って思わずにらみつけた。
 するとディオリュクスはすぐさま目を細めた。
 しまった、気づかれた。私はサッと顔を逸らした。

 前回といい、今回といい、ディオリュクスは自分に向けられた悪意に敏感だと思う。気をつけなければ。

「お前は警戒心がない上に、感情がすぐ顔に出る。そんなんでよく今まで生きてこれたな」

 悪かったわね、単純で。
 ディオリュクスは足を組み、頬杖をついて私を見ている。
 感情をすぐに表に出していたら、なかなか生きにくい世界だということなのだろうか。少なくてもディオリュクスを取り囲む世界ではそうなのだろう。
 だからといってやりすぎだ。悪趣味な嫌がらせ。
 グラスを片手に持つと、水を一気に飲み干した。

「お前はこの料理に毒が入っているとは疑わず、警戒もしないのだな」
「……入っているのですか」

 思い切って質問してみた。ディオリュクスは静かに私の顔を見つめた。

「さあな」

 納得しない返答をされるが、いったい彼はなにを言いたいのだろうか。
 うだるげにワングラスを回す端正な顔立ち、なにを考えているのか読めない。最初は食事会なんて気が重いだけだった。でも、逆にチャンスじゃないか? 私を解放してくれと願うべきだ。
 勇気を振りしぼって口にした。

「あの、私をオウルの森に返して下さい」

 膝の上で握った両手は緊張から震えが止まらない。だがここで伝えなければ、状況は一生変わらない。

「……なぜだ」

 ディオリュクスは、少しでも耳を傾ける気があるのだろうか。私は一気にたたみかけた。

「むしろ、私のことをどうしたいのですか? 保護の元と言いますが行動範囲も限られているし、特にるべきこともない。意味のない飼い殺しをするのなら、自由にしてください。私は保護などなくても、オウルの森でひっそりと暮らしていくので大丈夫です」

 するとディオリュクスは肩を上げた。

「お前ごとき、どうでもいい。森に帰ろうが城でのいざこざに巻き込まれ、命を落とそうが興味もないことだ」

 ゆっくりと足を組み換えながら、ディオリュクスはワインを口に流した。

「俺としても面倒だと思っている。いっそ、俺がオウルの森へ行くべきだったな」

 淡々と口にするディオリュクスの冷たい視線が、私をとらえた。

「俺が先に会っていたら、そのうるさい口を封じてやっただろうに」

 冷酷なオーラを放つディオリュクスは私のことをなんだと思っているのだろう。口を封じるってことは、口がきけないようにする、つまり命を奪うということか。

「……勝手すぎるわ」

 ぼそっとつぶやいたら、涙が一筋流れた。それを皮切りに、ぼたぼたと流れて止まらなくなった。

「なんにも知らないのに連れてこられて、あげくには命を脅かされて!! あなたは私をどうしたいの!! 私はあなたになにも望んでいないわ」

 一気にまくしたてた。
 ひっくひっくと嗚咽が止まらなくなっているが、ディオリュクスは私を見ても眉の一つも動かさない。

「……うるさい女だ」

 ため息をつき、あきれたような声をだす。けだるそうに髪をかきあげた。
 もうここまで来たら、想いをすべてぶつけよう。

「では、ここから出してください!!」

 涙を流しながら、ディオリュクスの目を見つめ懇願する。最高権力者の彼が決めたことなら、他の誰も逆らうことはできないだろう。

「私に興味がないなら、ほっといて!!」

 ひとめもはばからず、声をあげて泣いた。ディオリュクスから多少のいらだちを含んだ雰囲気を感じるが、構うものか。むしろ私を面倒だと思って捨てて欲しいと願った。
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