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「異世界からの落ち人をお連れしました」

 周囲に通る声を発したのは、私をここまで連れてきたヒルデバルド。
 彼は一歩足を踏み入れた。

 輝くシャンデリアはまぶしすぎるぐらいだ。光を反射させている床は大理石だろう。赤い絨毯が真っすぐに敷かれている。そしてその先は王座へと向かう。貴族なのか神殿の関係者なのかわからないが、人々が集まっている。

 視線を感じ、身震いがする。

 前を歩く彼の背中だけを見つめ、足を進めた。わざと周囲は見ない。緊張して吐きそうになるから。
 やがて彼が足を止めたので、私もそれにならう。
 そして礼をすると、一歩横にずれた。
 その途端、それまで彼の背中だけを見つめていた私の視界が急にはれた。
 顔を上げると視界に入ってきたのが、輝く金の髪。そして深い青い瞳を持つ、端正な顔立ちの男性。
 全身から発するのは王者の風格だ。とても威圧感があり、その視界に絡めとられて、身がすくんだ。
 一見細身だが背が高く、筋肉質だろう。目つきは鋭い。

 ――この男性こそ、インぺリア国を統べるディオリュクス王。

 王座に堂々と腰かけ長い足を組み、頬杖をついている。

 ――彼と目が合った。

 その瞬間、相手は眉をひそめた。どこか値踏みするように私を見るが、私もまた彼から視線をそらさない。
 いや、恐怖と緊張ですくみ上がっていたといっていい。

「ディオリュクス王、異世界からの落ち人をお連れしました」

 紹介された瞬間、相手は鼻で笑った。緊張感あふれる雰囲気の中、背中を嫌な汗が流れる。

田中凛音タナカリンネです」

 この世界の住人にとって、私の名前は発音がしにくいらしい。
 だが皆に呼ばれていた愛称、リーネではなく、本名を告げる。まあ、呼ばれることはもちろんのこと、私の名前など覚える価値もないと思っているだろう。壇上の方にとって。

「――異世界からの落ち人か。神殿の神託などという戯言を信じ、わざわざ迎えにまで行くとは。お前の頭もめでたいな、ヒルデバルド」

 不機嫌さを隠さない物言いに、周囲は静まり返った。

「ディオリュクス様、それは――」

 側に仕えていた初老の男性、身なりからして身分は高そうだ。その男性が軽くたしなめるが、視線を投げられると、萎縮して肩を縮めた。
 ディオリュクスと呼ばれた王は私を顎で指す。

「それでお前はなにをしにきた? ここに」

 発せられた言葉に衝撃を受けた。
 私がここに来たのは、すべて私の意志ではない。逃げられないように周囲を囲ったのは、あなた達じゃない。
 私がどんな想いでここに立っているのかも、この男には理解できないんだ。
 悔しさと怒りで頭がおかしくなりそうだ。その感情を隠すことができず、キッとねめつけた。

 ディオリュクスは私の表情を見て、ピクリとこめかみ部分が動いた。私の憤る感情を見逃さなかったのだろう。
 王座よりスッと立ち上がると目を細めた。そこから私を見下ろす視線は震えあがるほど鋭い。絶対的、強者だ。
 このまま私の命が散ってしまうんじゃないのか。
 そんな予感がした。

 一瞬、それなら最後に嚙みついてやろうかとも思った。どうせここで終わりなら、せめて――。

 だが、サーラの顔が脳裏に浮かび、思いとどまった。
 そうだ、私は絶対またサーラに会うんだ。助けてもらった恩も、まだ返せていない。
 瞼を閉じ、スッと息を吸うと、静かに頭を下げた。

 本当は相手に屈服するような真似などしたくない。だけど、ことを荒げるわけにはいかない。
 自分の感情とは反対の行動を取り、悔しさで唇をギリリと噛みしめた。涙がこぼれそうだ。
 だが、耐えるんだ。この場を切り抜けたら、好きに泣いてもいいから。
 やがて、床を踏みならす足音が響く。徐々に音が大きくなり、近づいてきているのだと察した。
 目を見開き、汗ばむ手をギュッと握りしめた。
 
 頭を下げていた私の視界に、黒いブーツのつま先が見えた。
 そして頭上から、じっと見つめる殺気にも似た気配。

 もしや側にいるの……!?

 心臓がドクドクと音を出し、背中を嫌な汗が流れる。
 その時、グッと右腕を取られた。いきなり捻り上げられ、反射的に顔を上げる。
 驚いて目を見開いた私の視界に入ってきたのは、端正な顔立ちの蒼い瞳を不機嫌そうに細め、私をにらむディオリュクス。
 腕の痛みに顔をしかめると、彼は手を離した。ホッとしたのもつかの間、すぐに顎を掴まれた。
 私の顔を至近距離でまじまじとのぞき込む。

 まるで私のことなど、人だと思っていないような扱い。
 耐えろ、耐えるんだ。涙が出そうなほどの屈辱。
 やがてディオリュクスはパッと手を離した。

「異世界出身だというが、特に違いはないな」

 そう吐き捨てた。

「ですが、ディオリュクス王、異世界からの落ち人は王族のもの、つまりディオリュクス王の保護が必要です」
「――くだらん」

 まるで興味もなさげに吐いた台詞。周囲が固唾を呑んで見守る中、私も衝撃を受けた。
 ディオリュクスは私にまるで興味がない。それは喜ばしいことだ。でも周囲は、彼の保護のもとに私を置くべきだと主張する。
 だったら彼がここで一言、私のことなど不要だと切り捨てたら、オウルの森に帰ることも許されるのではないのか。どんなに周囲は反論しても、この場で一番権力を持つのは他ならぬ、ディオリュクスだろう。
 
 帰れる――かもしれない。
 わずかな期待に胸がふくらんだ。
 そうだ、ここでお願いしてみようか。このチャンスを逃したら、二度と自分の意見は伝えられないかもしれない。
 恐る恐る顔を上げ、ディオリュクスを見つめた。私に冷たい眼差しを向ける相手は目を細めた。
 恐怖で息苦しい。だが勇気を振りしぼった。

「でしたらお願いです。私をオウルの森へ帰していただけないでしょうか」

 口を開いたと同時にディオリュクスは鋭い視線を投げてきた。完全に私という存在を警戒し、嫌悪感を露わにしている。隠そうともしてない。
 真正面から敵意をぶつけられ後半は声が震えてしまったが、ちゃんと伝わったはずだ。
 ディオリュクスは吐き捨てた。

「好きにしろ。俺はお前などに興味はない」

 ああ、その言葉を聞き、心底安堵すると共に希望が見えた。
 ここまで来たのは無駄足になるが、帰れるのなら文句は言わない。ディオリュクスの気の変わらぬうちに帰り支度をしたい。
 そう思った時、壁側に立つ初老の男性が、スッと前に出た。

「それはなりません!! 異世界からの落ち人は聖女と認定し、王族の側に仕えさせるべきです」

 厳格な声を張り上げる男性は全身白い神官服を身にまとう。
 余計なことを口にしないで欲しい。存在を忌々しく感じる。

 この場で私と同じ考えなのはディオリュクスだ。――今は、まだ。

 ひょんなことから気持ちが変わってしまう前に、早く事を進めてしまいたい。
 ディオリュクスは舌打ちをすると、面倒くさそうに男性をにらみつけた。
 周囲の空気は殺伐とし、この場にいるのがいたたまれない。
 なんだって私がこんな目に合うのだろう。
 その時、ヒルデバルドがスッと腰を折る。

「では、私と彼女はいったん、この場から下がります」

 深く礼をすると私を視界に入れたヒルデバルド。彼がうなずいたのを合図に、広間から退室した。
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