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第一章 イクシードの女の子

3ストライク 青雲色の瞳は強き心の証

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『親善ベスボル大会の会場はこちら』

 そう大きく書かれた看板の横を通り、アル、ジーナ、ソフィアの三人は目的の会場に到着した。
 広場には、大会に参加する者や応援に来た者など、すでに多くの人が集まっており、チームメンバーと打ち合わせをしたり、笑い合ったりと、皆思い思いの時間を過ごしているようだ。

 空は晴天。
 雲一つない青空が広がっていて、体を動かすにはもってこいの日和だろう。

 ここ、辺境都市サウスはクレス帝国の都市の一つであり、都市の発展と新しい一年の豊穣、そして、市民の健康への祈りを込め、年に一度、市民によるスポーツ大会が行われている。
 今日、ここに集まった人々の目的が、まさに"それ"なのだ。


「ダンカンさんはどこかな…」


 ソフィアを背負ったアルとその横を歩くジーナは、主催者であるダンカンという男を探し、会場を歩いていく。

 途中、知り合いに何人か会ったので、挨拶がてらダンカンの居場所を聞いてみると、運営の控え室にいるという情報を得ることができた。

 しばらく歩いていくと、『運営控え室』と書かれた大きなテントを見つけ、三人は中へと入っていく。
 入ったところで立ち止まり、アルは中を見渡した。テント内は思った以上に広く感じられ、奥の方にはパーテーションで区切られた小部屋のようなものも、いくつかあるようだ。


「こんにちは!ダンカンさん、居ますか?」


 アルが元気よくそう告げると、奥の方から「こっちだ。」と聞き覚えのある声が飛んできた。アルはジーナとソフィアを引き連れて、声が聞こえた方へと進んでいく。
 区切られた部屋の前を3つほど進んだところで、目的の人物の巨躯を見つけた。椅子からはみ出すほど大きな体の持ち主は、何やら書類に目を通しているようだ。
 その男こそ、アルたちが探していたダンカンその人である。

 アルたちが来たことに気づくと、ダンカンは書類から目を離し、ニカッと豪快な笑みを浮かべた。椅子を軋ませながら立ち上がり、アルたちに目の前のソファに座るように促すと、自分もその反対側のソファへと腰掛ける。その振動で、ジーナとソフィアが飛び上がった。


「アル、よく来たな!父上や母上はご健在かな?」

「えぇ、お陰様で…ダンカンさんの計らいで家族元気に過ごせてます。」


 アルの言葉にダンカンは「そうかそうか。」と満足げにうなずいた。


「ジーナも大きくなって…生まれた時はこんな豆粒みたいだったのに…」

「そ…そんなに小さくないもん…」


 人差し指と親指で小ささを表現するダンカンに対し、ジーナは少し怯えているようだ。その様子を見たアルは、無理もないかとクスリと笑った。
 ダンカンも、ジーナの様子を気にすることなく、ガハハハッと豪快に笑っているから問題はない。


「あれからもう3年ですからね。ソフィアもこの通り、大きくなりましたよ。ほら、ソフィア。ご挨拶して。」


 アルがそう言って、自分の後ろに隠れているソフィアを紹介すると、ダンカンは目を輝かせて喜んだ。


「君がソフィアかい?!あ~生まれた時はあんなに小さかったのに…いくつになった?」

「み…3つ…」


 ソフィアも少し怯えているが、アルの背の後ろから手を伸ばして3本の指を立てる。その様子に、ダンカンは再び大きく笑った。


「ガッハッハッ!ジーナもソフィアもお母さんに似て美人だな!度胸もある!!アルもしっかりしているし、これなら、イクシードも安泰だな!!」


 大声で笑うダンカンの豪快さに、ジーナとソフィアは気圧されている。それを見ながら、アルが一緒になって笑っていると、ダンカンの使用人が淹れたお茶を運んできて、皆に配ってくれた。もちろん、ジーナとソフィアには果物を搾ったジュースだ。
 好物を前にして、態度を一変させた妹たちを見て小さく笑うと、アルはダンカンへと向き直る。


「ところでダンカンさん、今日のベスボル大会のことなんだけど…」

「あぁ…そうだったな。ジルベルトからは聞いてるよ。お前が、今日の大会に出たがっているってことをな…」


 ダンカンは真面目な顔に戻り、お茶のカップをテーブルへと置いた。しかし、アルはそんなダンカンの雰囲気に怖気付くことなく、はっきりとこう告げる。


「確かに俺はまだ9歳だけど…大人に負けるとは思ってません!毎日、父さんと山で鍛えているんだ!だからお願いです。今日の大会への参加を、認めていただけませんか?一度でいいから、ベスボルをやってみたいんです!」


 真っ直ぐで純粋な青雲色の瞳が、こちらを見据えている。それを見て、ダンカンは彼の母親のニーナのことを思い出していた。



 ニーナはクレス帝国の公爵令嬢であったが、なんの因果かジルベルトに嫁ぎ、この地にやってきた。
 ジルベルトがニーナと共に挨拶に来たいと言うので、どんなに甘やかされたお嬢さまが来るのかと小馬鹿にしていたのだが、彼女と会い、その瞳を見て息を飲んだことを覚えている。

 ダンカン家はこの地を治める男爵家だが、この辺境の地を任されているのは、ダンカンが単に権力の弱い貴族だからではなく、あくまでも彼がこの地を良くしたいと思い、願い出たからだ。
 ダンカン自身、爵位の違いに物怖じしない精神力を持ち合わせており、これまでも位の高い貴族たちと対等に渡り合ってきた。だからこそ、騎士の身分でありながら、男爵まで昇り詰めることができたという自負が、ダンカンにはあった。
 そんな彼が、公爵令嬢がこの地に嫁ぐと聞いて黙っているわけがない。

ーーー公爵令嬢がこの地に嫁ぐだと?何か帝国の意図が…?

 だが、今思えばそう考えていた自分が恥ずかしく思える。初めて会ったニーナは、真っ直ぐな青雲色の瞳で自分を見据えてこう告げた。


『ダンカン様、お初にお目にかかります。ニーナ=ジャスティスと申します。そして、ここからはただのニーナです。よろしくお願いします。』


 にっこりと笑うその表情には、嘘も画策もない…
 ただ純粋に一人の男を愛し、嫁いできたという気概を持った一人の女性が、そこに居たのだ。


(母親の気概まで受け継いだか…その純粋さには感服するな。)


 ダンカンはそう感じながらも、アルに対して睨むような厳しい視線を向けた。
 だが、アルは負けずに目を逸らすことはない。それに、ジーナとソフィアは雰囲気に少し怯えているようだが、兄を応援したいのか、グッとその場で歯を食いしばり、堪えている。
 その様子を見たダンカンは、「イクシードには勝てないな」と小さく呟いて息を吐く。そして、大きく笑ってアルにこう告げた。


「良かろう!お前さんの参加を許可する!まぁ、この街の住人なら、お前の強さはよぉく知っているし、反対意見は出るまい。チームを紹介してやるから、そこに入るといい。それと、ジーナとソフィアは、ちゃんと危なくないようにすること。いいね?」

「あっ…ありがとうございます!」


 ダンカンの言葉に、アルはホッとして嬉しそうに笑った。それにつられて、ジーナもソフィアも大きく喜びの声を上げる。


「アル兄、やったね!!」

「アウ兄!しゅごい!だいしゅきぃ~♪」


 思いっきり抱きついてくる妹たちに、苦笑いを浮かべるアル。ダンカンは三人の様子を微笑ましく思いながら、その口を開いた。


「もうまもなく開会式だ。それまでに、チームに合流しておきなさい。」


 その言葉に、アルは大きく返事をするのであった。
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