34 / 50
第二章 秋人の場合
絶望編 1-11 圧倒
しおりを挟む明らかに焦りを見せるテトラ。
秋人の能力がわからないこともあり、安易に仕掛けれずにいる。
そんなテトラに、秋人は無機質な視線を送る。先ほどからのやり取りで、一見、冷静そうに見える秋人だが、心の中ではドス黒い感情が、ぐるぐると駆け回っている。
そして、その感情こそが、魔氣をコントロールし、能力を発現させている根源であった。
ただし、全ての力を使いきれていないことも含め、その事を秋人はまだ知らない。
ただただ、テトラに対する憎悪に身を任せているだけにすぎない。
(一気に無力化してやる。)
心の中でそう考え、すぐに秋人は行動に移る。格闘技のノウハウを、持たない秋人にとって、考えたり予測したりすることは、無意味なのだ。
(この力は、原理はわからないが、頭でイメージした通りになるらしい。)
先ほどの2発の右ストレートも、顔面をぶん殴ると思って振るっただけだ。
今回は"無力化"だ。
まずは動けないようにして、それからゆっくりと時間をかけて、同じ苦しみ、絶望を与えてやるのだ。そう考えながら、秋人はテトラに真っ直ぐ突進していく。
一方、自分へと突進してくる秋人に対し、テトラは思考が鈍り、焦っていた。
こんなことは今までなかったからだ。あの元四賢聖のレイ・クラージュと拳を交えた時でさえ、結果は敗れたが、勝つ自信を持って挑んでいた。
今まさに、こちらに向かってくる青年に、どう対応していいかわからない。
受けるのか反るのか。
挑むのか逃げるのか。
そんな単純な判断ですら下せぬまま、秋人から目が離せないでいる。秋人がほぼ目の前にきた瞬間、反射的に手が前に出た。体は挑む事を選んだようだ。
しかし、その判断も虚しく、秋人が目の前から消え、出した右手は空を切った。
「なっ…?」
テトラの顔に、焦りの色が濃くなっていく。
(どこだ?!どこへ行った!)
秋人を探すテトラの後ろで、地面を蹴る音が聞こえると、次の瞬間、テトラは背中きら胸にかけ、温かいものを感じた。
◆
秋人は、自分がした事に驚きを隠せない。
("無力化"が目的だったはず、しかしこれでは!)
目の前にはテトラの背中と、そこにめり込んだ自分の右手があり、秋人の肘からはテトラから伝う血が滴り落ちている。
ズボッと音を立てて、テトラの背中から右手を引き出す。ドバッと音を立てながら、血が流れ落ち、テトラは前方へよろめいた。
そして、振り向く事なく、その場に顔から倒れ込んだ。
「なんだよ、これ!どう考えてもやり過ぎだろ!死んじまったら、何もできないじゃんか!」
額に手を当てて、秋人は悔しがる。
そして、テトラに近づいて、様子を伺うが、ピクリとも動かないことに、再び悔しがる。
「俺の馬鹿野郎!」
そう言いながら、テトラの体を足で仰向けになるよう蹴飛ばした。すると、顔が秋人へと向いて、光を失いかけている瞳と視線が合った。
おそらく心臓の他に、肺も潰れたのだろう。パクパクと動かす口からは、声ではなく、時折血と泡が溢れ出ている。
何かを言いたそうに、テトラは右手を秋人に向ける。それに対して、秋人は悔しがりつつも、嘲笑を浮かべて、テトラに吐き捨てるように声をかけた。
「人の事を散々弄んだ結果がこれじゃあ、ざまぁないね。」
テトラは秋人を見ながら、なおも口をパクパクさせている。秋人はそんなテトラを嘲笑と憎悪が混じった顔で、じっと見据える。
そのまま、テトラの目からは光が失われ、上げていた手も、重力に従って地面におちていく。
その様子を見終えると、秋人は溜息を吐き出して、テトラに背を向けた。
心が満たされてことに、秋人は疑問を感じない。
(殺ってやった…)
(殺した…殺したんだ…俺が…)
両手で顔を覆いながら、その場に膝をつく。
「く…くく…くくく」
肩を震わせて笑う声には、快楽と愉悦にみちている。
「ざまぁみやがれ!ざまぁみやがれ!ハッ、ハハハ!」
秋人はそう言うと、空を仰いで、両手を広げながら、大きく笑い始める。
「ハハハ!ハハハハッ!ハァーッハハハハハハハハハハハハ!」
その声は、崩れかけた建物や、薄暗い森の中に響き渡るのであった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
夕陽が、誰もいなくなった崩れかけた建物を、オレンジに染めていく。森からは、夜の訪れを告げるように、獣の遠吠えが聞こえている。
建物の横にできた、大きな窪みの中心には、黒いドレスの少女が倒れたまま、ピクリとも動かない。
窪みの淵には、足をパタパタさせながら座り込み、頬杖をついて、横たわる少女を見つめる一つの影がある。
冷たい風が、辺りを駆け抜けていく。その風に何かを感じたのか、森から鳥たちが一気に飛び立っていった。
「まさか、あなたがやられるなんて。皮肉を通り越して、もはや笑い話ね。」
フードを深々と被り、口元だけしか見えないが、声からして女性のようだ。
「見誤ったわね…」
そう言って、女は立ち上がる。一瞬姿が消えたかと思えば、テトラの横に現れて、
「私に隠さなければ、こんな事にならず、計画も進んだのにね。」
テトラを見下ろしながら、そう告げる。
「あなたの役割は、クロスに引き継ぐわ。なんか私の思惑どおりで、ごめんなさいね。それと…」
女が指をパチンと鳴らすと、近くの影から真っ黒い頭と、赤く光る双眸が現れた。
「グラード、報告感謝するわ。」
「いえ、私にできる事をしたまでです。」
「日の元に出られないのも不便ね。」
「いえ…」
グラードと呼ばれた者は、それ以上は口を開かなかった。
女は大きく溜息をつく。
「行った先はわかるの?」
そう問うと、グラードは答える。
「西へ」
「と言うことは、大樹の方角ね。」
「そのようで。」
「大樹に惹かれたか…」
女はそう言って、しばらく何かを考える。
そして、何かを思いついたように、
「あなたはこれからどうするの?」
グラードへと再び問いかける。
しかし、グラードは口を開かない。
「私に遠慮してるなら、気にしないで。」
女はそう言って口元でニコリと笑う。
女の様子に、グラードは少し躊躇いながら、
「恐れながら…奴を殺します…」
グラードの無機質な言葉に、女は笑顔のまま告げる。
「では、競争しましょう。あなたが殺すか、私が手に入れるか…ね?」
「…よろしいので?」
「構いません。私の興味はアルフレイムの異世界人だけ。"春樹"だったかしらね。今この国にいる異世界人は、殺さないけど、研究対象にするの。魔氣のコントロールの研究のね。」
女は最後に「死んだところで困りません。」と小さく付け加えると、空を見上げる。
すでに、オレンジから紺青に変わりつつある空には、星々が小さく顔を出し始めている。
「楽しみが増えたわねぇ。」
そうこぼして、女は再びグラードへと向き直る。
「でわ、私が"用意ドン"と言ったら、始めましょう。」
そう言った瞬間、グラードはスッと地面の中へと消えてしまった。女はグラードが顔を出していた場所を、少しの間見つめ、
「私の性格をよくわかってるわね…フフ」
そう言い残し、現れた黒い靄のなかへと消えていった。
後に残されたのは、横たわる少女だけ。
魔物の遠吠えが、少し近くに感じられた。
日が落ちて、暗闇が世界を支配し始める。
待ってましたと言わんばかりに、魔物たちが窪みの淵へ、死肉を漁りに集まってきた。
そのうちの1匹が斜面を降り、テトラに近づいて、様子を探るように臭いを嗅いでいく。全身を隈なく、死の匂いを嗅ぎ取るように。
しかし、その1匹が急にビクッと反応する。そして、何かに恐れるように猛ダッシュでテトラから離れて、森の方へと駆けて行く。
他の魔物たちも、何かを感じとり、同様に逃げて行く。そして、再び辺りに静かさが訪れた。
ピクッ
テトラの左手の小指が動く。
そして、テトラの体を撫でるように、冷たい風が駆け抜けて行った。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
侍女と愛しの魔法使い【旧題:幼馴染の最強魔法使いは、「運命の番」を見つけたようです。邪魔者の私は消え去るとしましょう。】
きなこもち
ファンタジー
田舎町に住む少女、ナタリーと、幼馴染みの少年、アッシュは孤児で幼馴染み。
アッシュは幼少期から、魔法の才能を開花させ、国家最強魔法使いへと上り詰めた。
一方、ナタリーはアッシュの世話係兼補佐役として、常にアッシュを隣で支えてきた。
ある時、国を災いから救う聖女が現れ、アッシュにこう言うのだった。
「あなたをずっと探していました。。。」
聖女はなんと、アッシュの運命の番だったのだ。
居場所がなくなったナタリーはアッシュの元から去ることを決意する。
ちっちゃくなった俺の異世界攻略
鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた!
精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【完結】いわゆる婚約破棄だったが、見ているだけではない。
夜空のかけら
ファンタジー
公爵令嬢が断罪を受け、男爵令嬢が婚約を奪ったが…
断罪劇直後に同じ世界、同じ時間軸に転生した者たちと得体の知れない者たちと接触した時、予想外のことが起こり始めた。
視点変化が激しいので、サブタイトルで確認を!
全87話 完結しました。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる