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第二章 秋人の場合
絶望編 1-7 真っ黒
しおりを挟む監禁され、実験の道具となって、どれほどの時が過ぎただろうか。
台の上に繋がれたまま、秋人はぼーっと、吊るされたランプを見つめていた。
ここ数日は目が覚めれば、作業中のテトラが目の前にいるか、今のように誰もいないこの部屋に、一人取り残されているかだった。
彼女の凶行を思い出すと、震えが止まらなくなる。内臓を触られる感触が、お腹の中に残っていて、未だに腹の中で、何かが蠢いているように感じる。
ガチガチと歯を鳴らしながら、体を縮めようとするが、鎖がそれを拒み続ける。何度も何度も鎖を引き続けるが、思い通りにいかず、その怒りと恐怖に、「うわぁぁぁ」と叫び声を上げる。
その声は誰にも届くことなく、部屋中にこだましながら消えていく。
怒りはすぐに消えるが、恐怖は消えることはない。心に染み付いたトラウマは、秋人を何度も何度も苦しめた。
吐き気、嗚咽、恐怖は様々な現象として秋人の体に現れ、体力を奪っていった。
殺してほしいとさえ考えていた思考も、もはや、何も感じなくなりつつある。
心が、無意味な怒りに打たれ、恐怖に飲み込まれていく。何度も何度も繰り返していくうちに、秋人の心は、ヤスリで削られるような苦痛に苛まれながら、すり減っていった。
時折、執事の片割れが食事を運んできた。秋人に死なれては困るというのも、あながち嘘ではないらしい。
栄養が考えられ、食べやすく小さくしたものが、口に運ばれる。もちろん手足の鎖は外されない為、仰向けのままだ。
うまく喉に入らず、むせることがしばしばあったが、執事はお構いなしに口へと食事を運んできた。
食事が終わると、テトラがやって来る。
秋人の状態などお構いなしに、執事達と共に準備をすると、秋人が見ている前で、秋人の腹を捌いていく。
恐怖に絶望する秋人の表情を楽しみながら、内臓を一つずつ丁寧に取り出していく。
秋人には一切目もくれず、作業に没頭しているテトラは、悪魔にしか見えなかった。
笑いながら、自分の腑を舐め回すように見る姿は、まるで生贄を捧げられ、それを楽しそうに吟味している悪魔そのものだ。
もはや、秋人には逃れる術はなく、黙ってテトラの好きなようにさせる他ない。
いつ解けるかわからない呪縛に、心を、感情を殺して、ただただ耐え続けることしかできなかった。
それから、1ヶ月が過ぎた頃、秋人の心に変化が起き始めた。
いつもと同じように食事を終えると、テトラがやって来た。その日のテトラは少し苛立っていたようだが、秋人はどうでもよかった。
むしろ、3人の悪魔への憎悪が、ゆっくりと芽生えていく。
(まただ…)
(なぜこんな目に合うんだ…)
(それもこれも…皆こいつらのせい…だ)
(気に入らない…)
透き通った水に、黒いインクが落ちたように、それは秋人の心に闇を落とした。
一雫、また一雫と、秋人の奥底へと落ち続けるそれは、少しずつ秋人の綺麗だったものを黒く染め上げていく。
(道具のように…見やがって)
(執事の…あの見下すような視線…)
(気に入らない…気に入らない…)
さらに1週間が過ぎた。
(気に入らない気に入らない気に入らない…)
(気に入らない気に入らない気に入らない…)
(気に入らない気に入らない気に入らない…)
真っ黒な瞳で、自分を見据える秋人に、テトラは笑みをこぼして話しかける。
「良いですわ。真っ黒な深淵。心に宿したのね…フフフ。」
そう言って秋人の臓物を一つ取り上げる。
「これは、あなたの心の臓です。ハート、心がある場所とも言いますね。綺麗なピンクです…でも、あなたの心は憎悪で真っ黒。不思議だと思わない?」
フフフっとさらに笑い、持っていた秋人の心臓を戻すと、手袋を外し、秋人の頭を撫で始める。
そんなテトラの声は、ほとんど秋人には届いていない。
(気に入らない気に入らない…)
(気に入らない気に入らない気に入らない…)
(気に入らないなら…)
(気に入らないのなら…)
(殺してやる。)
そして、秋人がこの世界に来て、2ヶ月が過ぎたある日のこと。
その日も、テトラ達が熱心に作業をしていると、老婆の執事がピクリと耳を動かす。そして、テトラに何かを伝える。
「また…ですか。めんどくさいですね。邪魔ばかりして…」
明らかに苛立った様子で、秋人の体を元に戻していく。そのまま、2人の執事に秋人のことを任せると、テトラは素早く着替えて、部屋を後にする。
2人の執事も、秋人の体を修復すると、そそくさと片付けを行い、部屋から出ていく。
1人、部屋に取り残された秋人は、どす黒く染まり上がった思考を回転させる。
(殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す)
(どうすればいい…)
(何が足りない…)
(力だ…力が足りないんだ…)
(奴らを圧倒する力…)
(奴らを…殺す力…)
(力が欲しい…)
秋人は、そのまま力尽きたように、静かに眠りについた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
テトラは螺旋階段を登り、応接の間へと足を急がせる。その道中、訪問者に対して思案する。
(前回の訪問から、そんなに時間は経っていないのに、なぜこのタイミングで…)
前回は、アルフレイムでの襲撃の件について、報告を聞くためにそいつは訪れてきた。失敗に終わったことを伝えると、嫌味をダラダラと言われて、気分を害したのだが。
(…まさか、秋人のことがばれたか?)
そう考えたが、テトラは頭を横に振る。
(有り得ない。門番の失踪については、うまく揉み消したはずだ。バレるはずはない。)
テトラは「様子見だな…」と小さく呟き、訪問者の待つ部屋へと到着した。
コンコンとノックをして、返事を待つ。
「どうぞ」と声がしたのを聞いて、ドアを開けて部屋に入ると、ソファーに座って、紅茶を啜りながら寛いでいる男がいた。
「…あなたでしたか。」
そう告げて、テトラはフゥッとため息をついた。
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